この星が見える距離で
- Im Abstand kann dieser Planet gesehen werden -



「畜生、あのくそガキ!どこ行きやがった!!」
奴隷商人の汚い罵声が遠ざかっていくのを待ってから、トラックの影に隠れていたタクヤは張り詰めていた緊張を解く。
「へっ、毎度毎度トロイんだっつーの」
もう一度人影がないことを確かめてから、タクヤは素早く次の行動を開始した。

政府にさえ知られていない、裏ルートで星を脱出できる唯一の宇宙船ポート。そこで月に一度行われる 奴隷市場の、タクヤもその商品の一つだった。
倫理も秩序も無い世界で半ば公然と売買される奴隷たち。だがたとえ鎖を切っても逃げ出す術はありえない。 シェルターを一歩外に出れば砂漠と磁気嵐の支配する死んだ大地が待構えているのだ。 もしそれを無事に乗り越えられたとしても、タクヤが帰るべき住処はもうどこにもない。 幼くして孤児となったタクヤを受け入れてくれた孤児院は強盗団に襲撃され、シスターと子供たちは散り散りに奴隷商人に売られてしまった。 もう今では、あの頃の仲間の消息は誰1人としてわからない。
小柄な体が発育不良と見られて一番の売れ残りとなっていたタクヤだが、一度としてその身に甘んじたことはない。 それこそ何百回というほど脱走しては捉えられ、虐待される日々を過ごしていたが、 それでもタクヤは生まれついての不幸を不幸と思わず、その瞳は明日に希望を見出す輝きを持っていた。
けれど、今日でそれも終わるかもしれない。

宇宙船港の奴隷市場には他所の星からも富豪や奴隷商人たちが集まってくる。欲の皮の厚いあの商人は、
今日こそそこでタクヤを売り捌いてしまおうとしていた。
だが、タクヤはどうしても売られるわけにはいかなかった。売られても、買われてもいけない。
奴隷商人たちは売り物をさばき、仕入れるためにあちこちの星を移動する。他所の星の富豪に買われれば自分の星に連れて行かれる。 タクヤにとっては初めての渡航となるが、絶対にこの星だけは出ちゃいけないと、タクヤはなぜか強く心に思い込んでいた。
倉庫の影に隠れ潜んでいたタクヤの背後で、突如ゴトン、と大きな音がする。 思わずびくっ、と身を竦めたタクヤだが、しばらくしてあきれたように振り返った。
「またかよ・・・いい加減まともに動けよな、このポンコツ」
視線の先には、錆付いた機械人形が申し分けなさそうにうずくまっている。
HUMAN-TYPE-ANDRID 505<GOL-GON>というのが正式名称。タクヤはそのまま「ゴルゴン」と呼んでいる。 廃棄物処理場でスクラップ同然となっていたのをタクヤが拾ってきたのだ。もちろん、タクヤに修理できる技術や知識があるわけでもなく、 たまたま蹴つまづいた拍子に予備バッテリーの電源が入ったのだ。
どうやら一度電源さえ入れば後は自家発電できるタイプらしく、以来タクヤの行く所向かう所ぴったりとくっつくように行動している。 ただし、スクラップなだけあって時折白い煙を噴き上げたり、いきなり動かなくなったりとおかしな行動も多い。 フリーズした時などはその都度毎にタクヤが蹴って起こしていたりする。
おまけに音声系統が壊れているらしく、口を開いて出るのはガー、ピーというような機械音ばかり。 ボリューム調節できないその音量のせいで何度も奴隷商人に見つかって捕まってしまっていた。 実の所、タクヤの連続脱走失敗記録の大半はゴルゴンが原因である。
だが、タクヤはそんなゴルゴンを何故か手放そうとはしなかった。
「お前みたいな金ピカでポンコツみたいな奴、前にもどっかで会ったような気がするんだよな」
幼い頃からよく見る、なつかしい夢。
目が覚めても忘れないその記憶があるからこそ、タクヤはゴルゴンをどこか憎めないでいた。

ポートを抜けるには幾つかのゲートを通る必要があり、当然監視や護衛が付いている。 奴隷身分の通行は許可されていない。管理局も余計なトラブルに関わりたくないのだ。
警備の穴をついてゲートを抜けようとしたタクヤだが、結局監視員に捕まって連れ戻されてしまった。
「この野郎!奴隷の分際でさんざん手間かけさせやがって!!」
バシッと殴られたタクヤを見て、怒ったゴルゴンが奴隷商人の前に立ちふさがった。 しかし、三原則によりロボットは人間を殴ることはできない。結局、タクヤは宇宙船に乗せられて星を離れることになってしまった。
船倉の窓から、自分が生まれ育った星がわずかに見える。 遠ざかる星の姿を眺めながら、タクヤは自分と何かの距離も離れていってしまうような気がして、ふいに胸がせつなくなった。
けれど、首をぶんぶん振ってタクヤは寂しさを追い出した。離れたなら、戻ってくればいい。 いつか、奴隷商人の手を離れてここに戻ってくるんだ。そうすれば、きっとまた逢える。
「待ってろよ」
遠ざかる星に向かって、タクヤは不敵に、笑みを見せた。



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