午後の珈琲
- Afternoon Coffee -



「おや、眠れないのですか?」
 寝る前のコーヒーを淹れていた翼は、匂いに誘われてきたようなタクヤに声をかけた。
「うん・・・まあ。なーんか目が冴えちゃってさー」
「良かったら主もどうぞ」
「コーヒーなんか飲んだら、もっと冴えちゃうじゃん」
 言いながらもタクヤは席につき、足をぶらぶらさせた。キチネットでは翼が、浅く炒った豆を粗めに
挽き、銀色のポットにお湯と一緒に入れて、コーヒーフィルターを通して黒い宝石のような液体を注い
だ。
「カフェインの少ないタイプですよ。砂糖もたくさんいれました」
「なんか、クッキーみたいな匂いがする・・・・」
 ミルクと砂糖のたっぷり入ったコーヒーから甘い香りがする。いつもの紙のように薄い陶器のカップ
ではなく、全体的に厚いマグカップだったのでタクヤは安心して掌で包んだ。
「ヘーゼルナッツコーヒーです。ヘーゼルナッツはお菓子にもよく使われていますからね」
「ふーん・・・・ちょっと、シスターみたいな匂いがする・・・・・」
「え?」
「あ、ああ・・・ううん。なんでもない」
 慌ててタクヤはコーヒーを啜った。酸味も苦味もなく、木の実の甘い香りが鼻腔をくすぐる。そのく
せ味はちゃんとコーヒーで、砂糖とミルクが気持ちいい。
「みんな、どうしてんだろ・・・・」
「地球にいる知り合いの方ですか?」
「うん・・・・・」
 強盗団に襲われた夜のことを、タクヤは恐ろしいほど覚えている。泣いて懇願するシスターを殴りつ
け、別々の奴隷商人のところに売り飛ばした奴等は今でも激しい憎悪を憶えるほどだ。ドラン達ほど力
があれば、今でも探し出して復讐したかもしれない。せめてあの時の仲間の無事だけでも知りたかった。
 勇者たちにあんまり大事にされていると、時々恐くなる時がある。自分が主でなかったら、レオンは
あの時自分を買ってくれただろうか。あんな不確かな夢ただ一つの為に、何もかも捨ててこんな所にま
でみんなきてくれただろうか。自力で自由を勝ち取ったわけではないが故に、ときどきそんなコンプレ
ックスに見舞われる。今のタクヤは復活の呪文を唱えた主でもなければ、特別彼らに何かをしてやれる
ような能力を持っているわけでもない、ただの役立たずの子供だった。だから何かあったときに真っ先
にゴルゴンに寄りかかってしまうのは、タクヤがゴルゴンの電源を入れたからだった。
「きっと元気にしていますよ。私の兄弟もね」
 正面に座った翼が優しく笑いかける。街を歩けば女性の視線が否応なく集中する美貌に、こんなモノ
の複製がいるのかと、思わずタクヤは目を見張らせた。
「兄弟、いるんだ・・・」
「ええ。片親も生きてはいますが、どちらとも仲が悪くてしょうがなかったんですけどね」
「・・・・いいのか?」
 湯気で顔を隠すようにキャラメル色の波間をじっと見つめて訊ねるタクヤは、必死に涙を堪えている
ように見えた。
「本当を言うと、私は主を探すのはただの口実だったんです」
「?」
 からかうような口調に、少しだけタクヤが顔をあげる。
「ずっと家出したかったんですよ。家族なんて血の繋がりがあっても、居心地のいい場所ではなかった。
だから主を探すのを自分に対する言い訳にして、家出したんです」
 タクヤは目をぱちくりさせた。
「本当ですよ?理由にされた主には悪いとは思います。でも、今がとても幸せです。こっちの方がずっ
とずっと『家族』だと思っています」
「・・・『夢』じゃなくても?」
「『夢』じゃなくても」
 また翼が笑う。
 理由にされた方が気がラクになる。不確かな夢に一途に忠義を尽くされるよりもずっと。
「そっか。でも、やっぱり育ててくれた人って、大事だと思うぜ・・・・たまに、会いたくなるよ」
「レジェンドラに行ったらお願いしましょう?主に望みがたくさんあるのなら、私が言っても構いませ
ん。人の想いは人によってしか変えられないけど、それでも何かに頼ってみるのも、一つの方法だと思
いますよ」
「うん。ありがと」
 飲み干したカップをテーブルに置き、タクヤは席を立った。
「じゃ、ごっそさん。美味かったぜ。おやすみ」
「おやすみなさい、主。いい夢を」
 
 翼の淹れたヘーゼルナッツコーヒーには魔法がかかっている。
 その晩タクヤは、優しい夢を見た。 



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