理想の家族
- Ideal Family -



「しっかしコイツよく寝るなあ」
カズキはロックの背中ですやすやと寝ているタクヤを見上げてぼやいた。
「昨日の今日でありますから、仕方がないであります」
タクヤにベタベタに甘いロックが、主を背負って嬉しそうに言った。
「主もおんぶして欲しいのか?」
ハヤタが言うと、カズキは「ガキじゃあるまいし」と、渋い顔をする。
「だが、そろそろ休む場所を探さねばならんな。もうじき陽が暮れる」
レオンが軽く空を見上げると、空影が音もなくパーティーから離脱した。

空影の見つけてきた泉の側でパチパチと薪の爆ぜる音がする。起きてすぐ簡素な食事にがっつくタクヤ
に再びカズキが呆れる。
「おまえ、寝るか食うかしかしないのかよ?」
「仕方ねーだろ、腹減ってんだから。寝ちゃうのはロックの所為!」
「じ、自分の所為でありますか?!」
いきなり責任転嫁されてロックは目を白黒させる。
「だっておまえが勝手にオイラをおんぶしかたからだろ?テキトーに揺れてて気持ち良かったしさ」
「そ、そうでありますか!」
ぱっと表情を一変させるロックに、なんとなくドランは面白くなかった。理由はよくわからない。先日
タクヤに抱きつかれた時の柔らかさだけがやけに思い起こされる。
「でも、アドベンジャーは相変わらずでっかいよなー」
早々に食べ終わったタクヤは、地面に座ってまだ食事をしているアドベンジャーの背中によじ登り始め
た。
「あ、主・・・!」
「いいからいいから」
困ったような表情をしながらも、食器を持つ手は僅かに揺れることもない。2メートル前後のレオンや
ゴルゴンよりも更に15センチ程高いアドベンジャーの肩車は、立ったままの焔と同じぐらいになる。
「んじゃ俺も」
「僕も!」
残りの食事をかきこんだカズキとダイもアドベンジャーに寄ってきたので、アドベンジャーは急いで料
理を食べ終えた。
「主・・・・」
「カイザーも乗る〜〜〜〜!」
ダイがアドベンジャーの側に行ってしまったので、カイザーまでもがアドベンジャーにひっつく。
「重たい?」
タクヤが実に楽しそうに頭の上から話し掛けた。
「これぐらいで重たいとは思いませんが・・・・」
「んじゃ立てるか?」
やせ我慢の化けの皮を剥いでやろうと意地悪く言うと、あっさりとアドベンジャーは4人にしがみつか
れたまま立ち上がった。
「すっげーーー!」
「腕伸ばしてみて!」
ダイがおねだりすると、アドベンジャーは黙って両腕を水平に伸ばす。しがみついていた肩から腕に移
動してぶら下がっても、まるで太い鉄棒に掴まっているようで、微動だにしなかった。カズキが反対側
の腕に、カイザーが背中でタクヤが肩車。それでもアドベンジャーは黙って微笑しながら立っているだ
けだ。この屈強さにはドランやロック達も羨望の眼差しを送るしかない。
「大したものですね」
「何、主を護るためだ。昔のようにとはいかないが、せめてそれに近い力を得たいからな」
ずっと勇者であった記憶を持っていたアドベンジャーとしては、昔のSLの姿が懐かしいのかもしれな
い。元から目指していた強さが違うのだと思うと、ドランたちは己が非力に見えて仕方が無い。明日か
らは鍛錬の時間を増やさなくてはならないだろう。
「すっげえじゃん、アドベンジャー!」
「あとどれだけ持ち上げられる?」
「さあ、どうでしょう?あまり試したことはありませんが」
いつも持ち歩いている複数の携帯用ランチャーは、これでも旅用に数を減らしたらしい。山を護ってい
る間は、更に多くの兵器を抱えてパトロールをしていたそうだ。
「明日っからはちょっと街道から外れるんだよね〜?」
仲間の落ちこんだ雰囲気に気を利かせた焔がレオンに別の話題を振る。
「あ、ああ。そうだ」
「なんで?」
「この街道を真っ直ぐ行けば街があるんだろ?補給とかしなくていいのか?」
「ふつーの飯食いてえよぉ」
口々に不満を訴える主たちに、翼が諭すように説明した。
「この街道は、ハルキリアスからマリーナ行きの船の出ている港町へ最短で延びているから使っただけ
で、本来は『地下鉄』の交易路なんですよ。だから途中にある街も全て『地下鉄』の息がかかっている
んです。そんなところに立ち寄るわけには行かないでしょう?」
「特に主は指名手配されちゃってるしね〜」
が、いくら掴まった前科があるとはいえ、反対されれば返って行きたくなるのがタクヤの気性だった。
「いーじゃん、そんぐらい!ほら、アドベンジャーだっているしさ!」
再び座ったアドベンジャーの頭をぽんぽんと叩く。
「そんな外見では尚更目立つでござろうが」
おまえが言うなよ。と、全員が空影を見た。覆面が目立つ。着物が目立つ。ついでに眼帯も素顔も目立
つ男が言うと説得力がカケラもない。
「つーかさ、俺らよりおまえらが目立つんだよ。しかも相当」
カズキはアドベンジャーから降りて下僕どもを見渡した。
「レオンもガタイがいいし、態度がでかいし。翼はどっかの街に行く度にオカマと女に声かけられて、
ゴルゴンはガシャガシャうるさいし、空影は1キロ先からでも目立つし。カイザーはダイがいないと騒
ぐし、焔の赤毛も人種としちゃ少数派だろ。ま、染めてるやつはいるだろうけど」
逆に言えば、ドランとハヤタとロックは外見的には目立たない。主の言葉のナイフは、仕える者たちの
心を遠慮なくざくざく抉った。
「そうだな。人数も多いし、ちょっと別行動を取ろう」
「別行動?!」
思わず前のめりに主に詰め寄ろうとしたドランは、あやうく焚き火の中に両手をつっこんでしまうとこ
ろだった。
「そ。二人か三人ぐらいに分かれて街に入るんだ。もちろん部屋も別々。他人のフリしろよ」
「ちょっと金はかかるけど、その方が目立たないだろ」
「たまにはいいよね?」
この物騒なご時世に、何を好き好んでそんなことをするのか。特にタクヤなど危険な目にあったばかり
だというのに。あるいは危機に見舞われ過ぎて、感覚がマヒしてしまっているのかもしれない。
「んじゃオイラはアドベンジャーといっしょな」
「何ー?!俺がいくんだよ!」
「僕だって一緒がいい!」
体が大きいのがすっかりお気に入りになってしまったらしい。あーだこーだとアドベンジャーの取り合
いを始めてしまった。
「そんなことをしなくても。全員一緒にいればいいでしょう」
当のアドベンジャーがあっさりと3人を許諾する。
「えー!」
「独り占めはダメだよ」
何かあったら身をひいてしまうダイがさりげなく主張する。
「ちぇっ、しょーがねーな」
タクヤが渋々認めると、ダイがレオンを振り返った。
「じゃレオン。カイザーをお願いね」
「え?!あ、主・・・・?!」
まるでいきなり子供を押し付けて買い物に出かける女房のような申し出に、流石のレオンも目を白黒さ
せる。
「まったく主たちは・・・・」
「やーだ!カイザー、ダイと一緒がいい!」
「ごめん。カイザー!後でちゃんと埋め合わせするから!」
「やだやだやだやだ・・・・!!」
駄々をこね始め、今にも獣化しそうなカイザーの首筋を、トンとレオンが長刀の柄で叩いた。
「・・・・・わかった」
渋い返事と共に、倒れたカイザーを改めて寝かしつける。
「ごめんね、レオン」
「では、拙者は単独で主たちを見守ろう」
「それでは私と焔、ロックとハヤタで別れますね」
「そうなると、我々はそれぞれの相棒と一緒ということになるな」
無事に済めばいいのだが・・・・と、ドランはかつてのような気苦労が増える気がした。


一晩泉の側で休み、一行は街に向かってタイミングをずらして歩き出した。後ろから尾行している限り
だと、3人の主はアドベンジャーにまとわりついて離れない。旅装と装備の上からも疲れた主全員を担
げるアドベンジャーに、一つ一つの武器の名前を尋ねたり、鳥の巣を見つけたと立ち止まったり、和気
藹々とのんびり歩いていく。街に入れば当然のことながらアドベンジャーとお子達の組み合わせは目立
った。彼らの後をつけて遅れて街に入ると、色々視線が突き刺さっているようだったが、アドベンジャ
ーの体格と装備に恐れをなしているようにも見えた。ゴルゴンと一緒のドランも当然のことながら目立
つのだが、本人はそれに気づいていなかった。宿に荷物を預けずに、そのまま酒場に食事に行く。タク
ヤ達はすぐに逃げられるように陣取った窓際の席で、アドベンジャーと楽しそうに話をしていた。隣の
席には誰だか知らないが男が一人で食事をしている。カウンター席で料理を待っていると、一つ隣を空
けた席にレオンが座る。
「主は無事のようだな」
「ああ」
「ダイ〜!」
大声を出しそうになるカイザーの髪を、レオンは遠慮なく引っ張った。
「レオン、きらい!」
目に涙を浮かべてカイザーが頬を膨らませる。
「ダイが大事ならば静かにしておれ。近くにも行くな」
ダイの名前を出されて、渋々カイザーは大人しくなった。
「きゃ・・・・」
「ねえ、あの人誰?」
続いてざわざわと騒ぐ女の声と、
「けっ、気取りやがって」
「ついてないんじゃねえか?」
と、嫉妬混じりの男の声がする。言うまでもなく翼が入ってきたのだ。
「いいね〜。人気者で」
「あんまり嬉しくないですがね」
この二人はドランとレオンの座っているカウンター席の後ろのテーブルについた。すぐにウエイトレス
が注文を取りにくる。サービスで出される一杯は、多分一番良い酒ではないだろうか。お相伴に預かる
焔が一番役得なのかもしれない。
続いて入ってきたハヤタとロックの二人は誰に注目されることもなく、翼と焔の隣のテーブルについた。
どのテーブルでも会話をすることなく、怪しく主たちの挙動を見守っている。
「とーちゃん、それ取って」
「あ、俺が先だったろ!オヤジ、聞いてたよな?」
「「「ぶッ!!」」」
いきなり聞こえてきた会話に、全員、思わず飲みかけの酒を吹き出した。
「と、とーちゃん・・・・?!」
「オヤジ・・・って・・・・」
事情の飲み込めないまま再び耳をそばだてるが、何分距離が離れているので聞き取れない。
アドベンジャーは慌てず騒がず、二人の所望した料理の入った皿を中央に移動させる。テーブル越しに
袖をひっぱって気をひいたり、食べ終わったら髭をひっぱたりと、実に仲が良さそうだ。ちょこんとア
ドベンジャーの膝の上でデザートを食べ始めたタクヤとダイにカイザーが出て行きそうになったので、
レオンは再び握力で押さえつけた。
「ガ・・・・」
ゴルゴンがあんまりドランの服をひっぱるので嫌々視線を向けると、荷物の中から取り出した鏡が向け
られて、目が釣りあがっている自分がいた。
「・・・・?」
隣のレオンを見ると、大分落ち着いて温かく見守るという感じなのに、どうして彼と違うのだろう。
(・・・・嫌なのか?主たちが幸せそうにしているのに、あの光景が嫌なのか・・・?何故?)
4人が荷物を持って席を立つと、慌ててドランたちも残りの料理を詰め込んで後を追った。周りからは
指名手配犯を追っている警官に見えるかもしれない。
翼が店で働いている女性にひきとめられていたおかげで、焔が出遅れてしまった。酒場や食堂とは一本
違う通りに入ると、それぞれの宿が客引きをしている。反対側一本は娼館の立ち並ぶ、主を連れては行
けない領域だった。そのうちの派手な外見の宿に入っていくタクヤたちに(どうみても3人でアドベン
ジャーを引っ張り込んだ)、間髪入れずにドランは後を追う。間に別の人間が入ったら、隣の部屋にな
れる可能性が一段と低くなってしまう。先に宿に入ったのはハヤタ、ロック組みだった。フロントの青
年は人当たりの良い感じだった。
「いいですね。家族で旅行ですか?」
「そーでーっす!」
「初めての旅行だよな!」
「楽しみにしてたんだよ!」
「そうですか。はい、お父さんに鍵を渡しておきますね」
『お父さん』と言われて、若干アドベンジャーの肩が下がった気がする。まだ結婚もしてないのに・・
・・と思っているのか、それとも「お父さん」と言われて嬉しいのか。続いてチェックインしたハヤタ
とロックは、無事に主たちの部屋の隣を確保した。列を作ってチェックインする一団に、フロントの青
年は変な客もいたもんだと首を傾げた。
ドランたちはすぐにハヤタとロックの部屋に駆け込んだ。ロックがコップを壁にくっつけて、隣の様子
を伺っている。多分、タクヤにでも教わったのだろう。ドランもそれに倣って隣の部屋の様子に聞き耳
を立てていると、相変わらず楽しそうな主たちの声がした。
「でも、ようやく主たちらしくなってきましたね」
同じく壁に耳をつけている翼が莞爾と微笑む。
「そーだな。なーんか気ィ使ってるようなところが取れたみてーだ」
「ダイ、カイザーのこときらい?」
ダイのはしゃぎ声に気落ちしたカイザーがレオンに寄りかかる。壁から耳を離したレオンは、優しく頭
を撫でてやった。
「・・・・・お主ら、何をやっているのでござる」
声の方を振り返ると、何時入ってきたのか空影が素顔のまま袖に手を突っ込んで腕組みをし、呆れてド
ランたちを見下ろしていた。その隣ではゴルゴンも真似をしている。
「空影・・・・」
「一体今まで何処にいたのでありますか?」
「ずっと主の側にいて見守っていたが。さっきの店では隣のテーブルにいたし、宿でもこの反対隣の部
屋を取ってある」
なんとも侮れない。これだけ目立つ外見をしているくせに、誰も気づかなかったのだ。変装していたの
だろう。そうでなければ納得いかない。
「ん、静かになったぜ。寝ちまったのか?」
再び壁に耳をつけたハヤタが言うので、ドランたちはぞろぞろと主たちのいる隣の部屋に入った。
そんな行動はとっくにお見通しなのか、中に入るとアドベンジャーがしーっと人差し指を口にあてる。
腕の中では、3人の子供が仲良く寝ていた。
「・・・・懐かしい光景だ」
「そうだな」
ドランの腕では一人が精一杯だろう。出会って直ぐの短い時間を埋めるように寄り添う主たちの姿は、
なんとも勇者たちの心を和ませた。そう。昔、アドベンジャーの中で一緒に寝ていた頃のように。
「こんな時勢だからな。主たちも親がいないそうだ。ささやかな遊びをしていたのだが・・・・」
起こさないようにそーっと立ち上がる。子供に慣れた焔が手伝い、主たちをベッドに寝かせた。
「我々は、主に過酷なことを強いているのかもしれぬ」
「それを言うなら君もでしょ〜?両親も妹さんも残してきちゃって〜」
焔がレオンの頬をつつく。命知らずなヤツだ。
「私はまだ勇者のつもりだ。主が全て」
「そうです。ですが、臣下のままでは主の望むものを与えてあげることはできません」
翼が少し沈んだ声を出す。それを振り払うように、ハヤタが明るく答える。
「でもよ、親代わりにはなれねーけど、兄代わりぐらいだったらできるよな?」
「そうだ。それに・・・・」
「それに?」
空影が続きを促したが、ドランは何を言いたかったのかわからなかったので、適当に誤魔化した。
「もっと昔のことを主たちと話したいであります」
ロックは深く膝をついて主たちの寝顔を覗き込んだ。


シャーク号の中はいつも退屈だ。カイザーと神経衰弱に興じていたロックとハヤタは、一緒にトランプ
をめくっていた主がもぞもぞと動き出すと、犠牲者の為に軽く首をすくめた。
「アードベンージャー!」
タクヤたちはこぞって、空影と碁を打っていたアドベンジャーによじ登る。隣で将棋を打っていたドラ
ンとレオンが、チェスをしていたワルターと翼が顔をあげる。
「あ、主・・・!」
三人の主に乗っかられ、アドベンジャーは少し迷惑そうな、それでいて嬉しそうな表情をした。
「キャプテン、ちょっとこっちこいよ!」
アドベンジャーにぶら下がったままのタクヤがキャプテンを呼ぶ。アドベンジャーは3人の主をセミか
猿のように掴まらせて、新たな犠牲者に苦笑した。
「おう、なんでい?」
「何をやっておる」
航路の話をしていたワルターも面白がって顔を出す。シリアスは相変わらず遊んでばかりのお子達に渋
面を作った。
「そこに立って、アドベンジャーみたいに腕伸ばして」
「こうか?」
言われた通りに腕を水平に突き出すと、タクヤは小猿のようにアドベンジャーの腕からキャプテンの腕
に伝ってぶら下がった。
「主・・・」
ドランが頭を抱える。
「おー、凄いではないか!」
「サルですね」
「面白いぜ〜。シリアスもやってみろよ」
「ばっ・・・何を言っているんです!」
回れ右をしたシリアスを、ワルターがひょいと抱き上げた。
「良いではないか。キャプテン、肩車でもしてやってくれ」
「アイアイサー!」
「ちょ・・・兄上まで!」
「子供は遊ぶのが仕事だぞ?」
「わかってんじゃん、悪太!」
「さっすが、脳みそ子供!」
「そう、私は常に少年の心を忘れぬ、永遠のヒーロー!!なーっはっはっはははは・・・・!」
「幸せなヤツ・・・・・」
「あなたもね」
シリアスは下でぶら下がって揺れるタクヤをつついた。



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