キーンコーンカーンコーン 石環小学校から放課後を告げる鐘が鳴り響く。タクヤはミチル先生への挨拶もそこそこに校庭に飛び出した。 「おーい、カズキ、ダイ! 早く来いよ〜〜〜〜〜!!」 秘密を打ち明ける高揚感を抑えきれないタクヤが、立ち止まるのも惜しいと、その場で軽快な足踏みをしている。 「はりきりすぎだぜ」 「でも、タクヤ君の気持ち、わかるよ。僕だってワクワクしているもん」 カズキとダイはタクヤの後を微笑ましいといった感じでゆっくりとついてきている。 「さあ、早く早く! レッツらゴー!」 「ああ、待ってよ〜」 「しょうがねーな!」 待ちきれずに駆け出したタクヤを追って、ダイとカズキも笑いながら走り出した。 「でも、不思議だよね」 「って何が?」 「だって、帰ってみたら、あの大きい石の柱はなくなってるし、街の中でロボットが大暴れしたのに、新聞もTVも何も言ってなかったよ?」 「そーいやそうだよな」 ふと立ち止まって石環山を見上げる。工事の話はお流れになったらしく、キノコ岩が変わらず町を見下ろしていた。 「なんでだろう?」 ワルザック共和帝国・日本大使館。本日の昼食会は立食形式のパーティーだ。ホスト役を務める大使、ワルター・ワルザック皇太子殿下は、グラスを片手に幾人もの要人と歓談していた。 「では、本国へお越しの際は是非に」 「ええ、楽しみにしておりますわ」 タイミングを見計らって、執事のカーネルがワルターの背後から声をかけた。 「ワルター様」 ワルターは軽く頷くと先方に挨拶をする。 「ちょっと失礼」 ワルターは大広間から退出し、人気のない小部屋に移動した。 「あの町の人間は、誰もゴルドランを目撃しておらんだと?!」 「はあ。たまたまワールドカップの決勝、日本対ブタジルをTV中継しておりましたので・・・・」 歯切れの悪いカーネルの言葉に、こちらは全く腑に落ちないワルターが首を傾げた。 「しかし、あれほどの戦闘を誰も気づかんとは・・・・」 戦闘時には周囲にバレて困るとかは考えなしだったのだが、後になってエライことだと顔色を変え、すぐに隠蔽工作にかからせたのだが。 「おそらく、レジェンドラの超パワーのせいでは」 「ん?」 「レジェンドラの秘密を守るため、人々の注意を反らすようなパワーが働いているのです」 これはカーネルの推察ではない。石版に『秘されし眼』として記されていたのだ。 「レジェンドラの力・・・・それほどのものだと言うのか・・・・」 これでは、あの目立つ金色の車の目撃情報が得られない。 「しかしご安心あれ。我々は既に情報を掴んでおります」 タクヤたちが向かったのは学校からも見える海岸だ。ゆるやかに湾曲している石環海岸は東側に砂浜、西側に港と別れている。港の奥は崖になっており、既に廃船となったタンカーが鎮座していた。このタンカーは、大体タクヤたちが生まれた頃と前後して石環海岸の沖に座礁した。それを乗組員の救助や積荷下ろしなども含めて港に引っ張ってきたのだが、格別オイル漏れなどの汚染もなかったのと予算の関係で、それ以上の撤去作業はされないまま長いこと放置されてきた。一応、堤防が船体を支えるように組まれてはいるが、町の大人は危ないから近寄らないようにと、常々子供に言い聞かせている。何時沈むかわからないし、幽霊が出るとの噂も高い。 カズキとダイがタクヤに案内されて向かったのはそのタンカーの中だった。傾いた船体の外側にある梯子を上り、甲板からうらぶれた船室を通って船倉に下りて行く。船倉を上から見下ろすキャットワークから梯子を降りていくと、そこには行儀良く主を待っていたSLがライトを瞬かせて挨拶をした。 『主!』 「へへへ・・・・グッドアイディアだろ? アドベンジャーの隠し場所!」 「うわ〜〜! こりゃ凄いや!」 「ま、おまえにしちゃ上出来だな!」 「だろ?」 タクヤはアジプトから帰ってくると、真っ先にドランとアドベンジャーをこのタンカーに隠したのだ。船底全てを利用した広い船倉は、あと六体のロボットを入れても尚余るだけのスペースと、アドベンジャーが立てるだけの高さが確保されている。湿度が高いのは船の沈む理由となった破れ目が塞がれずにあるからで、それはアドベンジャーを中に入れるのに使った出入り口でもある。必要なら、あとで廃材でも拾ってきて塞げばいい。 「アドベンジャー、中に入れてくれよ」 『了解!』 アドベンジャーのハッチが開く。タクヤは真っ先に飛び込んだ。中はテーブルとソファの置かれたリビングスペースになっており、その後ろにはドランが大人しくしていた。 『主! 遅いから心配したぞ』 ワルザック共和帝国日本大使館の地下には、広大な軍事スペースがあった。ザゾリガン、カスタムギアをはじめ、各種の大型兵器が本国から分解されて運び込まれ、整備、補給を受けている。多くの起動兵器は滑走路のいらないVTOL型で、ザゾリガン以上の大きさの空母が発着できるだけのスペースも用意されている。もちろん、日本には秘密だ。各種レーダー妨害、かく乱機能も充実している。皇太子が着任しているだけあり、ハード、ソフト共に本国から離れた辺境に置くには最強の軍備だった。 昼食会を早々に終わらせたワルターを乗せて、ザゾリガンが石環町に向かって出撃していく。ブリッジでは、ソファに座るワルターの横に控え立つカーネルが、先ほど掴んだ情報を解説していた。 「情報その1。ゴルドランたちは現在、石環町の海岸に隠れております」 スクリーンには石環海岸の衛星中継が映った。アドベンジャーの行く先を、上空の人工衛星はしっかりと捉えていたのだ。 「そして、これが情報その2」 画面が切り替わり、タクヤ、カズキ、ダイの三人の顔写真が映し出される。 「ゴルドランの主となった少年たちめのデータでございます」 住所、氏名、年齢、電話番号、血液型、生年月日、家族構成etc・・・・今週のテストの点数までもが調べられている。ワルザック共和帝国の情報収集能力をもってすれば、学校の給食で誰が何を残したのかまでがわかってしまう。 「若君、これで材料はそろいました」 「と、いうと?」 のんびり構えるワルターにカーネルが詰め寄る。 「彼奴らが油断している今こそ正にビッグチャンス! 秘密工作部隊を組織し、ゴルドランとアドベンジャーを奪回し、少年どもは殺してしまいましょう」 「ならぬ」 「は? 何故でございますか?」 勢いを削がれてカーネルは気の抜けた顔をした。 「私は気づいたのだよ。パワーストーン探しは、いわばゲームであるとな」 「ゲーム?」 「そう。パワーストーン探しは知恵を絞り、破壊と殺戮を楽しみながら駒を進めるゲームなのだ。ゲームを楽しむにはルールが必要であろう」 「ルール、と申しますと?」 既に立ち直ったカーネルは衿を正してワルターの言葉を待つ。 「今後は奴らが動き出してからこちらも動く。それが私の決めたルールだ」 「では、奴らの監視を続けます」 「そうしてくれ」 スクリーンには変わらず石環海岸のタンカーが映っていた。 ゴルドスコープに新しいヒントの形が浮き上がった。☆印だ。 「これが、次のパワーストーンの隠し場所のヒントか・・・・。星ったって、まさか宇宙じゃねーだろ?」 『うむ。パワーストーンは、あくまでこの惑星にある。それだけは間違いない』 「ねえ、アドベンジャー。他に何か知らないの?」 ダイがヒントを出したアドベンジャーに訊ねる。 『自分が知っているのは、これだけです』 今度はタクヤが振り向いた。 「ドランは?」 『私も同じだ。他に手がかりは持っていない』 「ったく、使えねー連中!」 ふと、ゴルドスコープとにらめっこをしていたカズキが顔を上げた。 「そうだ! アドベンジャー、世界地図を出せ」 『了解』 ソファの正面は一面がスクリーンになっている。そこに世界地図が映し出された。 「えっと・・・・そこを拡大」 カズキは日本から真南の、赤道付近の諸島を指す。 『了解』 ピッピ・・・・と電子音が響き、それまで点にしか見えていなかった島の形が明らかになる。 「あーーっ!」 「これって、ヒントと同じ形の島じゃん!」 本当に☆の形をした島があったのだ。 「学校で、地図帳を見てた時、ちょっと気になってな。前から憶えてたんだ」 「何て島だ?」 「トコナッツ島だ」 「この島にパワーストーンが?」 ダイが期待のこもった眼差しでカズキを見た。 「あるかどうかは知らないが、調べて見る価値は充分にありそうだぜ」 「そのと〜り!」 タクヤが勢いをつけた立ち上がり、真っ直ぐ指指した。 「アドベンジャー、トコナッツ島に向かってぇ、出発進行〜〜〜〜!」 『了解!』 アドベンジャーが汽笛を鳴らして蒸気を吐き出す。ゆっくり回りだした車輪は、そのままひたひたと船底に押し寄せる海水に入り、銀の魚の群れの横を通って一気に海から空へと飛び立った。 「うひょ〜〜〜!」 海から空へ抜けると、弾けた水飛沫は陽光を反射して、タクヤたちは歓声をあげた。 「すげえ〜〜〜〜っ!」 「うわ〜〜〜〜!!」 「きれーい!」 そのままアドベンジャーはトコナッツ島に向かって空を走った。 「アドベンジャー、動き出しました」 「よし、すぐに行き先を解析しろ」 「はっ」 ピッピッと電子音が響き、アドベンジャーの行く直線距離を割り出す。航空条件は無視して移動できる彼ら勇者の行き先を解析するのは容易かった。 「南太平洋に浮かぶ、トコナッツ島です」 「トコナッツ島か」 「若君」 「うん。私たちも出撃だ」 カーネルが促し、ワルターは立ち上がった。ギアハンガーでは新たに製造された新型ギアが鎮座している。カスタムギアよりも少しシャープな青い機体だ。右腕はマニュピレーターではなく、銃口になっており、肘の辺りから伸びたチューブが背中を通って足に繋がっている。デザートロンといい、ワルターのパワーストーン探索の為に作られた一品である。新技術を盛り込んでハンドメイドカスタムされるギアの数々は、学者や技術者のこの上ない喜びでもあった。 「これが新型メカ『マリンダー』でございます。右腕には海水をジェット噴流として発射し、敵を切断する『アクアカッターガン』を装備しております」 「うん、準備は完了した。 いざ、トコナッツ島へ!!」 トコナッツ島は、島の中央に少し突き出た形のトンガリ山がある、小さな島だった。多くはジャングルに覆われ、人口も百人に満たない小さな村が一つあるだけだ。日本との時差はない。アドベンジャーはできるだけ人里から離れた砂浜に着陸すると、ハッチを開けて主たちを下ろした。 「おまえたちは連絡があるまでここで待機だ」 『了解』 アドベンジャーはバックで海の中に入り、身を潜めた。色鮮やかな魚たちが、不思議そうに近寄ったり離れたりしていた。 「さてと・・・・ここがトコナッツ島か・・・・」 多分、ハワイとかもこんな感じだろう。少ない海外知識を総動員し、辺りを見回す。遠浅の海も空も本当に蒼く、浜はきらきらとした白い砂で覆われていた。 「なかなかゴキゲンな所だな」 「南の島に来たって感じだね」 緑の吐き出す濃厚な酸素に、大きく伸びをする。 「しっかし、あっちーよ、ココ・・・・」 熱帯のムッとした空気に、強烈な太陽光線が眩しい。タクヤもカズキも手を団扇代わりに扇ぐ。 「確かに。不快指数120%じぇねーの?」 今は春の日本から、その格好のままで熱帯にきたのだ。暑くて当然である。 「僕、頭クラクラしてきた・・・・」 「おおっと!」 熱射病だか日射病だか知らないが、急激に眩暈を感じたダイが倒れる。それを慌てて支え、タクヤとカズキはジャングルの日陰に避難した。 「とにかく、さっさとパワーストーンを手に入れて帰ろーぜ」 「先ずは情報収集だな」 日陰で少し休んでいると、果物を採りにジャングルに入ってきた現地の人が声をかけてくれた。まだ近所の島から電気も通っていないので、昼間にやる仕事は多い。 「あんたたち見かけない顔だけど、こんなところで何をやっているの?」 聞こえたのは何故か日本語。タクヤは渡りに船とばかりに逆に頼んだ。 「ちょうどいいや。人がいっぱい集まる場所ってない? ちょーっと知りたいことがあるんだけど」 「あー、だったら村にくるかね?」 そして話し掛けた日本語も無事に通じた。これは決して向こうの人が日本語に堪能だとか、タクヤが現地の言葉を知っていたわけではない。カズキもダイも気づいていないが、アジプトでもそうだった。復活の呪文を唱えたその時から、彼らにはレジェンドラの超パワーが働いており、見知らぬ土地でも容易に意思疎通ができるのだ。 「ねえみんな、オイラの話を聞いて、何か思い当たることはないか?」 村に案内されると、タクヤは更に村中の人を集めて来てくれと頼んだ。小さな島では外から客が来たと、あっという間に人が集まった。そんな中、三人でなんとかパワーストーンの形状を説明し、反応を見る。何しろ実物がないので上手く説明できない。案の定、村人は不思議そうに首を傾げるばかりだ。 「ちぇっ、収穫ゼロか」 「そのパワーストーンとやら」 人垣を割って一人の老婆がタクヤたちの前に進み出てきた。腰が少し曲がっているが、しゃんとした印象を与える人だった。 「知ってるの? ばーちゃん」 「もう一度、どんなものか話しておくれでないか」 「だからさ、ほら・・・・」 タクヤがしゃがんで地面に絵を描いた。 「宝石みたいにキラキラした石だってば!」 「こんな形してるんだよ」 老婆はしばらくじっとその絵を見つめ、おもむろに顔をあげた。 「この石は透きとおっておるな?」 「うん」 「表面はピカピカしておるな?」 「ああ」 「そこらに転がっているものではないな?」 「あったりまえじゃん!」 老婆は孫のような歳頃のタクヤたちに向かって、うん、と優しく頷いた。 「ならば知っておる」 「本当?!」 表情を輝かせるタクヤたちの前で、老婆は昔を懐かしむように空を見上げた。 「わしの死んだじいさんが言っておった。子供の頃、おまえさんたちが言ったような不思議な石を見たのじゃ。ピカピカキラキラと輝くその美しさに、子供じゃったじいさんは恐くなってすぐ逃げ出したんじゃそうだ」 「その場所、ばーちゃんは知ってるの?!」 タクヤが勢いこんで訊ねると、老婆はトンガリ山の急斜面側を指差した。 「島の入り江にある『入らずの洞窟』だったそうじゃ」 「『入らずの洞窟』?」 「それだ、間違いない! 早速行って見ようぜ!」 「おう!」 タクヤたちは老婆と村人にお礼を言って、早速入り江に向かった。 「うひょ〜?! 何だこの崖は!」 島の入り江はちょうど☆印のへこんだ箇所である。トンガリ山の段々に切り取られた斜面は断崖絶壁に見えた。 「おばあさんの話だと、確かこの辺のはずだけど・・・・」 崖の側面を隅から隅まで見渡すと、一箇所、洞窟が丸く口を開いていた。下から上るには少々困難な場所だ。一旦森を通ってゆるやかな斜面から崖の上に周る。ついでに森の中でツタを切り取ってロープ代わりにし、それを伝って洞窟へ下りていった。 トコナッツ島の上空で待機しているザゾリガンのメインスクリーンには、洞窟に入ろうとしているタクヤたちの姿が映し出された。 「あのお子達め。どうやらパワーストーンの在り処をつかんだようだな」 「如何なさいます、若君?」 「ここで戦いを仕掛けても、前回と同じ失敗を繰り返す。ここは直接私が討って出よう」 ザゾリガンの底部の着陸時ハッチが開く。ワルターの背後には、大勢の親衛隊員が装備を整え、彼の命令を待って控えていた。 「さあ、この私に続け! とう!!」 「ああ、若君! お忘れものです」 勢いをつけて飛行中のザゾリガンから飛び出したワルターに、上からカーネルがハンドジェットを差し出した。 「え?」 何も身につけずに飛び出したワルターは、ドップラー効果と共に落下していった。 「なあ〜〜〜〜〜〜〜っ!」 じたばたと空中で手をばたつかせていると、下から弾かれたように、ワルターの体が二,三度バウンドする。 「ワルター様、ご無事で?」 急降下した親衛隊員たちが、下でネットを張って待ち構えていた。 「はは・・・・助かった・・・・」 そのまま彼らはワルターを持って地上に向かった。 中で繋がっているのか、崖にはぽっかりと二つの穴が口を開いていた。『入らずの洞窟』という名に相応しく、熱帯にいるというのに洞窟の入り口からは、時折冷たい空気が不気味なヒョオという音と共に吹き上げて、来るものを拒んでいるかのようだった。 「なんか、不気味な感じ・・・・」 「またダイの臆病が始まったか」 「カズキ君だって、声、震えてない・・・・?」 「そんなことねえよ・・・・」 また首筋を冷たい空気が通り過ぎる。 「ガタガタ言ってんじゃねーよ!」 タクヤが威勢良く声をあげ、右の洞窟の中に入った。空気の湿り気を感じるが、先日のピラミッドと大差ない。 「ああ、待ってよ!」 「タクヤ!」 慌てて二人はタクヤを追った。半ズボンのダイの足元を、また風が吹き抜けていく。 「うう・・・・」 「だらしねーな! まだビビってんのかよ、ダイ!」 「そうじゃないよ・・・・急に空気が冷たくなったから・・・・」 奥から吹き寄せる風は、確かに一層冷たさを増している。 「そうやって言い訳ばっかしてると、ロクな大人になれない・・・・ぎゃ〜〜〜〜!!」 いきなり絶叫をあげるタクヤに触発され、カズキとダイも悲鳴をあげる。 「うわ〜〜〜〜?!」 「脅かすなよ! 自分こそビビってんじゃねーか!」 「そんな事言ったって・・・・うう、ダイの言う通り、本当に寒くなってきたなー・・・・」 上から滴る地下水が、ぽたりと首筋に落ちたのだ。 「洞窟の中だからな」 実際、ピラミッドの地下も寒かったし。だが、ここは赤道直下のしかもそれほど深くない場所だ。それにしては少し寒すぎるぐらいだと思う。 「もうちょっと先に行って見るか」 ゴルドライトの光が、徐々に下り坂を下りていく。その後を多くの人工の光が追った。 悪意に満ちたトラップはなく、代わりに天然の要塞めいた造りが、タクヤたちの行く手を阻んだ。一人がやっと通れるほどの、細く濡れた石灰石の橋。下を見れば奈落の底まで続いているかのような深い闇が顔を覗かせていた。地下水脈の対岸を辛うじてつないでいるような飛び石。さして深くもなく、幾度となく落ちて服を絞って苦笑いした。 一方のワルターはそんなお子達の苦労も知らず、悠々と洞窟を潜っていった。橋を渡るのは親衛隊員で、カーネルのこぐ人力飛行機で谷間を抜け、不規則な川の飛び石は親衛隊員の組み体操によってできた橋を渡り、カーネルが飛沫のかからぬよう傘を差す。 やがてタクヤたちは、何も障害のなさそうな広間に出た。広い天然のドームのような場所で、中央には台座のように年月によって溶かされた石灰石の柱があった。 「おい、あれを見ろよ!」 「え?」 台座の上が、ライトの光に反射して冷たい輝きを放っている。天井のつららのような石灰石からは、地下水が滴っていたが、それを受け止めている物は、確かに宝石の形を成していた。 「パワーストーンだ!」 「やった!」 「いやっほう〜!」 喜び勇んで駆け寄ろうとすると、いきなり足元に火花が散った。 「わあああ?!」 強烈な音を伴った火花が収まると、火薬の匂いがする。今まで注意を向けていなかった背後を振り返ると、武装をした兵士に囲まれた、見知った顔があった。しかも、洞窟の中だというのに、非常識にもそいつの足元には真っ赤なロール絨毯が引かれている。言うまでもなくワルターだ。 「ふっふっふっふ・・・・愚かなお子達よ。ご苦労であったな」 「おまえはっ・・・・誰だっけ?」 「だあっ!」 タクヤの実は正しい反応に、ワルターは見事にすっ転んだ。 「若!」 怒り心頭のワルターは勢いをつけて立ち上がった。 「人をバカにしおって! 私の名はワルター・ワル・・・・」 「若君!」 カーネルが慌ててワルターの口を塞ぎ、羽交い絞めにした。 「我々は社会的地位のある身。おいそれと名前を明かしてはなりませぬ!」 「?」 少し身構えながらも、不思議そうにするタクヤたちに、ワルターは余裕を取り戻して向き直った。 「そうであったな。あやうく名を知られるところだった」 「バーカ! しっかり聞こえちゃったもんねー! 聞いただろ? あいつの名前! 悪太だってよ、わ・る・た! きっと漢字で書くとこうだぜ?」 タクヤは掌に『悪太』と書いてみせた。 「ヘンな名前」 「漫画に出てくるヤツみたいだぜ」 「世が世なら特ダネ投稿の珍名コーナーに出てきてさ、金田さんに「エライ!」とか言われてそーじゃん!」 「あはははは・・・・!」 呑気に笑っているのがお気に召さなかったのか、再び足元にマシンガンが打ち込まれた。 「うわ?!」 「笑いたいのは私の方だよ。やっとパワーストーンが手に入るのだから・・・。そうだ、地獄への旅立ちの前に良いことを教えてやろう」 「地獄って・・・オイラたち殺されちゃうの?」 タクヤの問いには答えず、ワルターは自慢そうに『良いこと』を口にした。 「おまえたちはゴルドランとアドベンジャーは永遠に自分の僕(しもべ)だと思っているだろう。だが、それは違う」 「どういうことだ!」 カズキがキっとワルターたちを睨みつける。 「勇者は破壊しても死にはしない。ただ、元のパワーストーンに戻るだけなのだ」 「それがどうした!」 ワルターは食って掛かるタクヤを気の毒そうに、大仰に見やった。 「つまり、彼らを倒し、再び私が復活の呪文を唱えれば、ゴルドランたちは私の僕となるのだ」 「なんだって〜〜〜〜?!」 「やっと理解できたようだな。では、パワーストーンをいただくとするか」 「うっ・・・ううっ・・・・」 銃口を向けられ、動けないタクヤたちの目の前を、ワルターは堂々とパワーストーンに向かって歩いていく。タクヤたちの手まで振る始末だ。あと僅かで手の届く距離、というところで、耐えられずにタクヤが飛び出した。 「やめろーーーーー!!」 タクヤの体の輪郭を、銃弾がなぞる。 「ひえっ・・・・!」 「動いてはなりませんぞ」 カーネルの声が硝煙に紛れた。 「くっそ〜〜〜〜〜!」 「ふっふっふっふ・・・・はっははははは・・・・貰ったーーーーー!!」 遂にワルターがパワーストーンを手に取った。それはワルターが思っていたよりもずっとずっと冷たかった。まるで氷のように。 「ああ!」 「黄金の力護りし勇者よ!」 キンと冷たさが指先から染み渡る。角が持ち上げた時よりも少し丸くなった気がしたが、構わずワルターは呪文を続けた。 「やめろーーーー!」 「今こそ甦り、我が前に・・・・あぁ、ちべてーーー!」 冷たいのに耐えるのも限界だった。ワルターはとうとうパワーストーンを放り投げた。 「ああ、若君!」 放り投げられたパワーストーンをタクヤが見事にキャッチする。 「もーらいっと! ? これは・・・・」 ワルターよりも高い体温を持つタクヤの手の中で、パワーストーンは水を吐き出し、小さくなっていった。 「パワーストーンが溶けてる・・・・」 「いや、これは氷だ」 どこから見ても。 「氷? こんな南の島なのに?」 だが、先ほどから触れている異様に冷たい空気の説明にはなった。カズキが台座に視線を向けると、上からは相変わらず地下水が滴り落ちている。 「そうか、この洞窟は天然の冷凍庫だったんだ。これは滴り落ちる地下水が凍ったものなんだよ」 「えー! そんなあ・・・・」 「じゃあ、あのおばあさんの話は?」 「ここは南の島だからな。きっと爺さんは島に冷蔵庫もない昔にこいつを見たんだろう。だから、こいつが氷だってことを知らなかったんだ」 「ってことは、ここにいる全員が骨折り損のくたびれもうけってわけか」 不意に冷気とは違う冷たさを感じ、背後を振り返った。どうみても怒っているワルター以下が、こっちを睨んでいる。 「ぬくくく・・・・も、元はといえば、おまえたちが間違えたのがいけないんじゃないか! やってしまえーーーーー!!」 「逃げろーーーーー!!」 理不尽なワルターの怒りに、タクヤたちは全力疾走で逃げ出した。来た道はワルターたちによって囲まれている。背後から迫る銃声に、反対側の適当な穴道に飛び込んだ。 「何処に繋がってるのかわかってんのかよっ?!」 「ンなこと知るか!」 キンキンと銃弾の当たった岩が削れて火花が散る。上り坂らしき場所を選んで目くら滅法走り続けていると、運良くそれは地上に続いていた。眩しい光と視界が広がり、むわっと生暖かい空気がタクヤたちを包んだ。もっと走ろうとして、慌てて足を止める。足元は崖だったのだ。しかも、ちょうど『入らずの洞窟』の出入り口だ。さっきとは逆の左の穴から出てきたのである。 「タクヤ君・・・・」 「大丈夫、ここまでくれば・・・・」 「でもなさそうだぜ」 「へ?」 背後からはまだ足音や銃声がする。だが、正面からも海上を行くカスタムギアの群れが見えた。そのまま引き返して、タクヤたちより先に外に出ていたらしい。 「ひえっ・・・・」 タクヤたちは急いでツタのロープを伝って崖の上に逃げ延びた。その間に胸のゴルドシーバーに向かって叫ぶ。 「ドラン、来てくれ!」 『心得た!』 ドランが返事をすると、水中でアドベンジャーの貨物室が切り離され、乗客車両の後ろのハッチが開く。水中に出たドランは、勢いをつけて海上に飛び出した。 必死にカスタムギアから逃げるタクヤたちの目の前で、隠れようとした岩が爆発した。 「ひえっ!」 爆発の衝撃で弾き飛ばされたタクヤたちが顔をあげると、海上で迫り来るマリンダーの右腕から海水が滴っていた。 「お子どもめ、殺してくれるわ!」 ワルターの指が再びアクアカッターガンのトリガーにかかる。 「うわ〜〜〜〜〜〜!!」 『とあ!』 変形したドランが真横からマリンダーにタックルをかけた。 「どわっ?!」 不意をつかれてマリンダーが沈む。砂浜に立ったドランは、タクヤたちの背後から迫るカスタムギアを斬り捨てた。 『大丈夫か、主よ』 「ああ、なんとかな」 『ここは私に任せて、主たちは安全なところへ』 「いよっしゃ! 頼むぞ、ドラン!」 タクヤたちが離れるのを見守っていると、いきなり背後から強烈な衝撃が襲った。 『うわ!』 「ドラン!」 体勢を立て直したマリンダーが、再び海上に立っていたのだ。 「はっはっは・・・・」 水圧に突き飛ばされたドランは、立ち上がる間もなくアクアカッターガンの猛攻を、砂浜を転がって避ける。移動しているうちに見えてきた岩陰が、一瞬ドランの姿を隠してくれた。岩がアクアカッターガンに砕かれる隙に立ち上がる。破片に紛れて距離を詰めようとした時だった。 『おお!』 強烈な水圧で打ち抜かれ、ドランの左足にヒビが入る。 「隙あり!」 『おわっ!』 マリンダーの腹の一部が飛び出した。ワイヤーフックになっていたそれは、三つの爪でドランを捕らえ、海に引きずり込んだ。 「捕まえたぞ、ドラン!」 「ああ、ドランがやられちゃう!」 「もしやられたら、ドランは敵になっちゃうんだぜ!」 『ぬうう・・・・』 波が体を切る。竜牙剣でワイヤーを切断しようとするが、水で威力が殺がれた。 「ふっはははは・・・・おまえを再教育してやる!」 アクアカッターガンが再びドランに向けられた。 『ゴルゴーン!』 裂けた大地に白砂が飲み込まれた。ゴルゴンは口から火炎放射を吐くと、高熱でワイヤーフックを切断した。 「どわ〜〜〜〜?!」 「すげえや、ゴルゴン!」 『ゴルゴン、黄金合体だ!』 ゴルゴンが体を展開させ、ドランが胸に組み込まれる。 『黄金合体 ゴルドラン!』 砂浜の上で、胸のパワーストーンが眩しく太陽光を反射した。 「合体したとてこのマリンダーには勝てぬ!」 ゴルドランはワルターの言葉に耳を貸さず、刀を抜いた。そのまま一刀両断斬りの構えでマリンダーに向かって突っ込む。 「くらえっ!」 高水圧がゴルドランに向かって放たれる。それは正眼に構えた刀によって、左右に切り裂かれた。 「何〜〜〜〜〜〜っ?!」 『一刀両断斬りーーーーーっ!』 勢いを殺さず、一気にゴルドランはマリンダーを斬った。爆煙の中から脱出ポッドが飛び出す。 「二度ならず三度までも! 憶えておれ〜〜〜〜〜!」 すっかり夕方。海上を走るアドベンジャーの上からは、村人たちから感謝の言葉と共に見送られたタクヤたちが手を振っていた。 「さよーならー」 「さよならー」 「気が向いたらまた来るぜー!」 「歯ぁ、磨けよー! 宿題やれよー! なんちゃってー」 やがて島が見えなくなると、振り疲れた手を下ろす。 「あの洞窟、島の人たちの共有財産にするって」 「食料の貯蔵とか、色々使えるぜ、あの洞窟は」 タクヤたちが感謝されていたのは、まだ電気も通っていないこの島に、天然の冷蔵庫の場所を教えたからだ。 「パワーストーンはなかったけど、人の役に立って良かったってか?」 濃いピンクとオレンジと、そして紫の空を見上げると、日本よりも綺麗な空にきらりと宝石が光った。 「あ、見てよ」 ダイにつられてタクヤとカズキも空を見上げた。 「一番星か。星型の手がかりも、もっと研究しようかな・・・・」 「次の休みまでにな」 「それじゃ、来週もパワーストーン探しだね」 「あったりまえじゃん!」 したり顔のタクヤに、三人は弾けるように笑った。 |
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