The Brave of Gold GOLDRAN






 ワルザック共和帝国日本大使館。朝の涼気も和らいでくると、ワルターはいつもの皇太子略装を兼ねた軍服から、いそいそと私服に着替えた。これからワルターの楽しみにしている散歩の時間だ。
「では爺、散歩に行ってくるぞ」
 青いジャケットの襟を直しながらそう告げると、玄関の前で畏まるカーネルが、何時ものように決まって渋い表情で注意する。
「ワルター様、この東京という街、危険きわまりない街でございます。くれぐれもお気をつけくださいませ」
「わかっておる」
 これも何時ものように聞き流し、ワルターは大使館の領地から外へと出た。
「いってらっしゃいませ」
 深々と下げた頭を上げると、私服に着替えた親衛隊員が何時の間にか背後に控えていた。
 ちなみにワルター親衛隊員は全員、カツラとサングラスの着用を義務付けられており、一見しただけでは誰が誰だか区別がつかない。実はカツラから体全体にかけて出されたポリマーが覆い、顔や体型、声まで均一にしてしまうのだ。
「ワルター様をお守りしろ!」
「はっ!」


 ワルターは東京タワーの見える大通りを歩いていた。各国の大使館が軒を連ねるこの辺りは、東京の他の街と比べると、もとより見栄えが良くて静かだ。雑居ビルや商店街が立ち並んでいるが、中央分離帯や歩道にも樹木が植えられ、こざっぱりとしたきれいな町並みである。昼にはまだ少し早い。遅めの開店準備をしている花屋や、昼食の仕込みを始めているレストラン、商用で歩くサラリーマンたちが行き交っている。
「カーネルの目から離れての一人歩き。日々の戦いを忘れた束の間の安らぎは、何事にも代えがたいが・・・・まったく、代わり映えのしない街だ」
 それはワルターの散歩コースが決められているからである。一度たりとて、そのルートから外れたことはない。
 ワルターの後をつける親衛隊員たちは、集団で行動して周りの人間から驚かれていた。
「現在のところ、ワルター様に異常なし」
 キョロキョロと辺りを見回していたワルターは、ふと準備中の花屋の店先に目を止めた。蕾が開き始めようとしている、最も美しい瞬間のバラたちが店内にディスプレイさせるのを待っている。その一つを手にとると、朝露に含まれた芳香がワルターの鼻腔をくすぐる。無造作に一つ摘み取る。
「うーん、この芳醇な香り。やはり高貴な私にこそ似つかわしい」
「? ああ、お客さん、お金・・・・」
「騒ぐな!」
 ワルターに気づかれないよう、親衛隊員たちは店主を羽交い絞めにすると、口の中に札束を突っ込んだ。
「これで足りるだろう!」
「ぐるぐる・・・・まいどあり・・・・」
 ワルターは歩きながら胸のポケットにバラを挿した。前方からは見事な動きでスケボーを操る少年が見える。ワルターにとっては珍しいが、あまり興味も沸かなかったので、特に視線を送ることなく別の方向に視線を向けた。
 突然、ワルターの目の前で得意そうにスケボーを操っていた少年が転んで雑貨屋の店先に突っ込んだ。
「気をつけよ、少年」
「へ?」
 少年は、突如壊れたスケートボードを不思議そうに手にとった。
「不審人物、排除完了」
 ポリバケツの中から、サイレンサー付の銃を持った親衛隊員が顔を覗かせた。
 ワルターは大通りを横切る横断歩道に差し掛かった。信号が赤だというのに、真っ直ぐ歩いていく。
「危ない!」
 信号待ちをしているおばさんが叫んだ。街灯によじ登った親衛隊員がリモコンで信号を強制的に動かすと、車用の信号が赤になり、歩行者用の信号が青になる。必死でブレーキを踏むドライバーの前を、ワルターは悠々と歩いていた。
「信号機クリアー」
 その後を、尾行部隊の親衛隊員がついていく。
「ワルター様は間もなく大使館に戻られる」
 ぼとっ
「あっ!」
 カラスが信号機担当の親衛隊員のサングラスにフンを落とした。
「こ、こらっ! やめんか! こらっ!」
 思わず手にもっていたリモコンでカラスを追い払う。が、振り回しているうちに手が滑って落としてしまった。
「あっ!」
 強制力がなくなり、信号は再び青になった。車が一斉に走り出す。尾行部隊は六車線道路に取り残された。
「あーーー! ワルター様が!!」
 護衛のいなくなったことにワルターは気づかず、帰り道を名残惜しく歩いていた。
「サイキョウダー!」
「わー、まてまて〜〜〜!」
「わーい、わーい!」
 四、五歳の子供たちが、手に持ったビニール人形で遊んでいる。思いもかけず聞いたマンガの名前に、ワルターはふっと笑って子供たちの入っていった路地を見た。
「たまには足を伸ばしてみるか」
 道路を渡りきった親衛隊員たちは、決められたルート上にいないワルターに戦慄した。案の上、定刻になっても帰ってこないワルターを心配したカーネルに通信機越しに怒鳴られる。
「何!? 若君がお散歩ルートから消えた!? バカモーン!! すぐにお見つけするのだ!!」
「はあ・・・・」

 ワルターはビルとビルの間の路地を抜け、コンクリートの粗末な階段を下りた。オフィス街の裏は、まだまだ下町情緒の残る住宅街だ。鳥や虫の声は車のエンジン音に消されずによく聞こえ、軒先で将棋を打つ隠居たちや、割烹着のまま買い物や井戸端会議をする主婦たちに、ワルターは興味深く視線を注いで何度も深く頷いた。
「こんな近くに見知らぬ町があったとは・・・・まさに人生とは驚きの連続だ」
「キャーーー!!」
「お?」
 黄色い悲鳴に意識を向けると、女性の集団が砂煙を上げながらワルターに向かって突進してきたのだ。
「ふっふっふっふっふ・・・・何処にいても私は注目の的か・・・・」
 ワルターは髪をかきあげると胸に刺したバラを抜いた。
「まあよい。今日は誰とでも相手をしてやろう」
「早くお昼食べないと、休み時間終わっちゃうわよ〜〜〜〜!!」
 女性たちがワルターの横を駆け抜けていく。
「〜〜〜〜〜〜!! なんと無礼な! この私を無視するとは!!」
 怒りのあまりバラの茎を握り締める。
「あ・・・・、痛って〜〜〜〜!!」
 棘の刺さる手をかばいつつ、ワルターは自分よりも優先させられたものを眺めに行くことにした。女性たちが向かったのはお好み焼き屋だ。窓からこっそり中を覗き込む。
 おばあさんの道楽でやっているような狭い店内では、各々が好きなネタを入れたもんじゃ焼きを食べていた。その形状と色に、思わずワルターは背筋が寒くなる。
「・・・・っ! 下々では何と奇怪な物を食しておるのか・・・・おえ〜」
 食欲をそそるいい匂いがするのが不思議である。それに、そろそろ腹の減ってくる時間だ。ワルターは元の大通りに出ようと踵を返す。元来た道を帰ろうとすると、前方を横切る下町では比較的大きな通りに、「こひつじ幼稚園」と書かれた幼稚園バスが止まる。園児たちの安全のための送り迎えだ。ワルターの進行上を遮ったとて、怒る気にはならない。
「ただいまー!」
 四,五歳の子供たちが次々とバスから飛び降り、迎えに来ていた母や祖母、時には父や祖父に飛びつく。自分も昔はああして両親や爺に飛びついていたものだ。ワルターは目を細めてそんな光景を見ていた。
「おかえりなさい」
 母親に手を引かれて家路につく男の子が一人、目を輝かせて母に秘密を打ち明けた。
「あのね、よーちえんに、パワーなんとかってのがあるの!」
「! パワー、ストーン?」
 慌ててワルターは物陰に隠れてその親子に接近し、耳をそばだてた。
「それがね、キラキラしててとってもキレイなんだって!」
「へえ。今度ママにも見せて欲しいわね」
「ダメだよ! ひみつなんだもん!」
「(間違いない! こんなところでパワーストーンの手がかりを得られるとは・・・・)
 まさに人生とは驚きの連続だ」
 格好をつけている間にエンジン音が鳴り響き、再びバスが動き出す。
「あ、ちょっと待て! おい、そのバス!」
 走り出そうと一歩踏み出したワルターの足元が突如消失した。
「わあっ!」
 地面に真っ逆さまに落ちる。
「ワルター様、無事確保いたしました」
 落ちた先は、親衛隊員が必死に掘ったトンネルだった。


 閑話休題

 石環小学校。国語の教科書を立て、タクヤは堂々と爆睡していた。
「むにゃむにゃ・・・・パワーストーンみっけ・・・・」
「タクヤ君」
「ん・・・・ほえ? あ、へんへー、おはよーほらいます・・・・」
 ヨダレを食ったままタクヤは寝ぼけ眼をあげた。
「あはははは・・・・!」
 クラスメイトが一斉に笑い出す。
「おはようございますじゃありません」
「まったく、間が良いヤツ」
「ホント」
 両隣の席のカズキとダイが、苦笑してタクヤを見る。ダイは真面目に授業を受けているし、カズキもマンガを見たりラクガキしたりしていたのだが、こちらはタクヤと違って要領が良いので怒られない。
「だってパワーストーン探しは進まないし、悪太のヤローも現れなくて、なんだか退屈なんだもん」
 タクヤはそういうと、大きな欠伸をした。


 戻って夜のワルザック共和帝国日本大使館。

「若君!!」
 完全防音なのを良いことに、近所迷惑も考えずカーネルの怒声が飛ぶ。
「若君にもしものことがありますれば、皇帝陛下になんとお詫びすればよいか・・・・」
「わかっておる」
 延々と続きそうな小言を大きめの声で遮る。
「私とて、子供ではないのだ。
 それよりも、パワーストーンの情報が・・・・」
「若君! 当分の間、大使館からの外出を禁止させていただきます!」
「なんだと!」
 激昂に任せて立ち上がったワルターは、だがすぐに思い直した。
「まあ、まて爺。私の話を・・・・」
「いいえ、聞きませぬ! 今度ばかりは少し御反省くださいませ!!」
「ちょっ、ちょっと待て! カーネル!」
バタン!!
 引き止めようと伸ばされた手が空しく宙を泳ぐ。
「くっ、爺め、人の話を聞きもしないで! よーし、こうなったら私だけでパワーストーンを探し出してみせる! なあに、目的地はたかが幼稚園。一人でも充分すぎるわ。ふっふっふっふ・・・・」


 そして、輝かしい翌朝がやってきた。
 こっそりと大使館を抜け出したワルターは地図を片手に昨日の裏路地に入った。憶えているのは、「こひつじ幼稚園」と書かれたバスだけだ。
「さて、何処にあるのだ?」
 昨日バスのやってきた方向に向かって歩いていくと、四方のオフィスビルに日向を奪われた、古い小さな平屋の建物があった。一応建っている門には「こひつじ幼稚園」と書かれている。
「? このオンボロがこひつじ幼稚園? このようなところにパワーストーンがあるとは思えないが・・・・」
 入ろうかどうか考えあぐねているワルターの横を人相の悪い二人組みが、鼻歌を歌いながら通り過ぎていく。
「?」
 一人は着流しで、もう一人はくたびれたベストとスラックスにリーゼントできめている。はっきりいってダサい。着流しの男が先に口を開いた。
「今日こそこの幼稚園、借金のカタにいただくぜ」
「へい、アニキ」
 子分が相槌をうつ。
「またきたわね!」
 可愛らしい声が二人組みに突き刺さった。二人組みにつられてワルターも声のした方に視線を落とす。幼女が眼光鋭く、二人組みを睨み上げていた。
「これいじょうせんせいをいじめると、あたしがゆるさないわよっ!」
「ははっ、こら嫌われたモンだな、お嬢ちゃん。先生呼んできてくれるかい?」
「いやよ!」
 幼女は思いっきり着流しの男の向こう脛を蹴った。
「いって〜〜〜〜!!」
「アニキ!」
 男は脛を抑えて跳ねると、やおら幼女の胸倉をつかんで持ち上げた。
「このガキャーーー!」
「いやーーー!」
「子供だと思って優しくしてやりゃ、いい気になりやがって!」
「ぐるじい・・・・」
 幼女は男の手から逃れようと、身を捩って暴れる。
「・・・・!」
 咄嗟にワルターは拳銃を抜いた。
 足元に響いた衝撃に、二人組みは幼女を落として振り返る。片手で銃を構えたワルターが立っていた。
「は、ハジキ!?」
「この幼稚園を手に入れるとは聞き捨てならないな」
 しりもちをついた幼女は、突如視界に入った助っ人に目を見張る。こんな綺麗な赤い髪は見たことがない。街で見かける他の外人のよりも、ずっと澄んだ青い瞳をしている。そして何より、言葉と態度が示していた。この人は自分と幼稚園を助けてくれるのだ。
「さては貴様らもパワーストーンを狙っているのか?」
「だ、旦那ぁ・・・・何かのお間違えじゃありませんか」
「あっしらはただ、この幼稚園から金を返して貰おうと・・・・」
「金だと? なんだ、くだらん」
 人間、一度は言ってみたいセリフだ。
 ワルターは銃を納めると、ポケットから小切手とペンを取り出した。買い物をする時に必要になるからと、一応カードと小切手は持っている。使うのはこれが初めてだったが。
「ほれ」
 さらさらと適当な金額を書いて二人組みの足元に放り投げる。おそるおそる子分が拾いあげ、その金額に絶句する。
「げっ、じゅ、十億円っ!?」
 貸した金額の百倍はある。東京のオフィス街にある幼稚園の地価とほぼ対等だ。ちなみに第一話でタクヤにやっていれば、面倒は起きなかった。
 何処の組の若頭かわからぬまま、チンピラ二人は尻に火かけて逃げ出した。
「しっつれーしやした〜〜〜!」
「はん、あのような者たちに、パワーストーンを渡してなるものか」
「またわるものがきてるぞーーー! おいかえせーーー!」
「え?」
 別の幼児の声がする。振り返ると、モップや箒を持った幼稚園児たちが、鬼の形相でワルターに向かって突進してきた。
「それーーーー!!」
「マミちゃんをわるものからまもれ!」
「あ、いや、私は・・・・わーーーーっ!」
 誤解を口にする間もなく、ワルターは一斉攻撃にさらされた。手加減を知らない子供の力は侮れない。遠慮なしに叩かれ、噛み付かれ、蹴られ、髪を引っ張られ、つねられる。
「こら! な、何をする! 私は・・・・やめなさい! やめて・・・・」
「やめてーーー!」
 マミは精一杯大声を出した。
「そのヒトはあたしをたすけてくれたのよ!!」
「えーーーっ!?」
 園児たちのアイドルの言葉に、皆攻撃の手を止める。後にはズタボロになったワルターが痙攣しているだけだ。
「なんで、こうなるの・・・・」

「助けていただいて、どうもありがとうございました」
 おっとりがたなで出てきた先生が、ワルターに深々と頭を下げる。当のワルターはというと、全身に子供たちを纏わりつかせ、身動きがとれなくなっていた。
「こ、こらっ! じゃれるんじゃないっ!」
 マミちゃんを救ってくれた英雄に、興味津々なのだ。
「ねー、どこからきたのー?」
「おじさん、なにもの?」
「おおがねもち?」
(い、いかん、このような幼子にナメられては・・・・)
 それでも一応、子供たちを怪我させないように下ろすと、威儀を正して咳払いした。
「おっほん! よいか、幼子たち。よく聞くのだ。ここにいる私こそ誰あろう、わるたー・・・・」
 時代がかった口調で話すワルターに悪戯心に刺激された園児たちは、再び体によじ登って口や鼻をひっぱり、手や足に纏わりついた。
「わ、わーーー!」
 バランスを崩したワルターは、さっき殴られたバケツに片足を突っ込み、後頭部からひっくり返った。バケツが遥か上空に舞う。
「あはははは・・・・!」
(も、もう、我慢できん! 幼子相手に大人げないが、ガツンといっぱつ食らわせねば!)
 勢いをつけて飛び起きて怒鳴った。
「ええーい、無礼者ーーー!」
ガポン
 空中散歩してきたバケツが、ワルターの頭に着地した。
「あ」
 二度も三度も頭を打っていたのも加わり、そのままワルターは気を失った。
「まあ、大変!」
 慌てて先生と園児が駆け寄る。
「大丈夫ですか? しっかりしてください!」
「だいじょーぶ?」
 やがて皆してワルターを支えると、お昼寝に使っている遊戯室に運んだ。


 コンコンとノックの音がし、暗くカーテンを閉め切っているワルターの寝室にカーネルが入ってくる。
「若君。いつまでもフテ寝など、若君らしくありませんぞ。私もワルター様を思えばこそ、苦言を呈したのでございます。さあさ、早くお起きになって・・・・」
 シーツをめくると、そこにはクマのヌイグルミが眠っていた。
「なあっ!? 若君が失踪!? こりゃ一大事!!」
 大使館中にスクランブル警報が飛び交う。
「非常事態発生、非常事態発生! ただちにワルター様を発見、保護せよ! 繰り返す、ただちに若君を発見、保護せよ!!」
 機敏な動きで親衛隊員たちが動き出し、数十台の車、ヘリコプターが出動。新聞の文字も読める人工衛星が探索にフル稼働し、コンビニや銀行の防犯カメラに映っていないか、ハッキングがかけられる。


 こっそり送ってきたドランからの通信に、タクヤは目を輝かせた。
「奇妙な電波だって?」
『何者かが、大掛かりな探索活動をしているようだ。わずかに傍受したところによると、『ワルター』という言葉が』
「ワルター!」
 タクヤとカズキは顔を合わせて親指を立て、ウインクする。
「へへ・・・・」
「やっと面白くなってきたな」
「だけどどうするの? まだ授業が」
 渋るダイに、タクヤは手をあげて立ち上がった。
「先生ーー!!」
「? どうしたの、タクヤ君?」
 授業中の質問など珍しい。ミチル先生は分数の計算式を書く手を止めて、タクヤを振り返った。
「ダイ君が気持ちが悪いそうです!」
 タクヤはそういうと、ダイの肩を掴んで立たせた。
「そりゃ大変だ! 先生、ボクたちが保健室まで連れていきます!」
 カズキも調子を合わせてダイに駆け寄る。
「ダイ、しっかりしろ!」
 タクヤはガックンガックンとダイの肩を揺する。
「ダイ君、大丈夫!?」
「だ、ダメ、です・・・・」
 目を回させられたダイが、弱々しい声をあげる。
「じゃあ二人とも、ダイ君をお願いね」
「「はい!!」」
 勢い良く引き戸を開け、ダイを抱えた二人は廊下に飛び出した。
「ほ〜ら、カンタンでしょ〜」
「おえ〜・・・・」


「わあああっ!?」
 ワルターは絶叫と共に起き上がった。手足に子供の重みや体温はない。
「はあ、夢か・・・・。恐ろしい夢だった・・・・!?」
 パステル系中心の壁紙には芸術的な絵とひらがなの文字が飾られ、何より子供特有の甘酸っぱいような匂いがする。ワルターは三人分の布団を借りて、幼稚園児たちと仲良くお昼寝をしていたのだ。
「うっはーーー! 夢じゃなかったーーーーっ!!」
「お目覚めですか?」
 起き上がって激しく落胆するワルターに、優しい声がかけられる。顔をあげてみると、この幼稚園の先生だった。
「こんなに子供たちに好かれるなんて、貴方は本当に良い人なんですね」
「わ、私が・・・・い、いいい『良い人』だとっ!?」
 顔を真っ青にしたワルターは悪寒のあまりそのまま壁まで後辞去った。
「お寒いですか?」
「ちがーーーーう!! 私が『良い人』なんて冗談じゃない! 私がここに来たのは・・・・」
「私にはわかります。あなたはどこか高貴な生まれの方なのでしょう? それで子供好きがこうじて、世界中の幼稚園を視察していらっしゃるんだわ」
「・・・・え?」
 子供たちを起こさないように、そっと二人で遊戯室を出る。この保母さんは子供たちからも『守ってあげなくちゃ』と思わせる、おっとりとした印象の先生だ。
「もともと、この辺りはこんなに都会じゃなかったんです。それが、開発が進んで、ビルがだんだん建ってきて・・・・。政府がなかなか認定を出してくれないので、援助も受けられなくて、園長先生がお金を借りてまで、頑固にずっとここを守ってらっしゃったんです。  それを今日は・・・・本当にありがとうございます」
 頭を下げられるのは悪い気分ではない。つられて両手を顔の前で振る。
「あ、ああ・・・・いや・・・・」
 尚も感動の言葉を伝えてこようとする保母に、ワルターは慌てて頭を打ったから冷たい空気が吸いたいと言った。
「まあ、ごめんなさい。どうぞ。私はまだ、少し仕事がありますから」
 事務室へ行く彼女を見送り、ワルターはホーッとため息を吐いた。
「下々の考えることはわからん。この私が良い人だと? うう・・・いかん、想像しただけで寒気が・・・・」
 数代前の賢帝が残した、「為政者は良い人であってはならない。如何に悪人と呼ばれようとも後世において名君であればよい」という教示を曲解しているのだが。両腕を抑えてぶんぶんと首を振ると、珍しく漢字を発見した。
『立ち入り禁止。はいってはいけません』
 と書かれている。そんなものを見つければ、入りたくなるのが人間というものだ。そしてそういう場所には宝物が隠されているのだ。
「そうだった。私はパワーストーンを探しにきたのだった」
 ワルターは何時もの余裕を取り戻すと、ドアノブに手を伸ばした。
「とあっ!」
「うわ!」
 横から入れられた飛び蹴りに、本日何度目か知れないダウンを食らう。
「よいこはそこにはいっちゃダメって、せんせーがいってたよ!」
 マミちゃんと一番仲の良い、マーくんが得意そうに胸を張る。
「〜〜〜〜〜!! さっきから私をコケにしおって! もうカンベンならん!」
 ワルターの異様な迫力に、マーくんは少し吃驚した。ワルターはできるだけ子供を怖がらせようと、低い声を出してマーくんににじり寄った。
「生憎私は『良い子』ではなく、悪党なのだ〜〜〜〜」
「あーーーーっ!!」
 背後から聞こえた幼子の大合唱に、ワルターはぎくっと振り返った。
「いっ?」
「なにやってるの?」
「ああ、いや、これは・・・・」
「おにーちゃんとアクトーごっこしてたんだ!」
 マーくんは自慢そうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「え?」
“ごっこ”ではない。迫力が足りなかったか? と間違った思考をしそうになったワルターに、子供たちは目を輝かせた。
「ずるーい! かってにあそんで!」
「まぜて、まぜて!」
「あ、あの、ちょっと・・・・」
 嫌な予感がよぎるワルターに、子供たちは一斉に襲い掛かった。
「それーーー!!」
「こ、こら、やめなさい!」
 これにはワルターもキレた。
「おのれーーー!! 幼子どもーーーー!」
 まとわりつく子供たちを振り払い、身構える。
「今こそ悪者のパワーを見せてくれるーーーー!!」
「すげー! かっちょいいーーー!」
「よーし、みんなかかれーーー!」
 バタバタと飛び掛る子供たちを一人一人抱えて放り投げる。ころんころんと次々床に転んだ子供たちは、喜んでまたワルターに群がった。幼い子供を何度も抱えるうちに、ふとワルターは故郷にいる歳の離れた弟を思い出した。
『あにうえ!』
 抱き上げたことは何度もある。自分の後をいつもよちよちとした覚束ない足取りで追いかけてきて・・・・。
 園児たちはそんなワルターの思考などお構いなしに、攻撃してくる。
「うわっ!」
 たった一人でこの幼稚園をきりもりしている先生は、用事を片付けている最中、そんな光景を見かけて微笑んだ。
「まあ、子供たちがあんなの心を開いて・・・・やっぱり本当に良い人なんだわ・・・・」

 延々と遊びの相手をさせられたワルターはとうとうダウンした。まったく子供のスタミナはすごい。
「はあ・・・・」
「ねえねえ、もっとあそぼーよ!」
「も、もう勘弁してくれ・・・・」
 床にだらしなく大の字になるワルターの頬に冷たいものが当たる。
「?」
「はい、おにいちゃん」
 マミちゃんが自分のマグカップに水を汲んできてくれたのだ。
「あ、ああ・・・・」
 思いもかけない心遣いに、ワルターは毒気を抜かれたように起き上がって、キャラクター入りのマグカップを受け取った。
「かたじけない」
 ホコリっぽくなった口の中が清涼感で満たされる。ワルターにマグカップを返され、嬉しそうにするマミちゃんに、周りの子供たちは少し羨ましそうな視線を送った。
「でもさ、これでおにーちゃんもぼくたちのなかまだな!」
「そーだね!」
「トホホ・・・・この私が幼子の仲間入りとは・・・・」
「ね、それじゃこんどは“ひみつのたからもの”みせてあげようよ!」
 ワルターはその言葉に敏感に反応した。
「ひ、秘密の宝物!?」
「うん。なんだかわからないけど、キラキラしてるキレイなものだって」
(もしや・・・・パワーストーン? ここまで死ぬほど苦労した甲斐があったということか! ふっ・・・・)
 ワルターは立ち上がると、園児たちに手を引かれて、先ほどの張り紙のしてある園長室のドアをあけた。中には時代がかった木馬や人形、ブリキの玩具や独楽などが、ところ狭しと並んで埃を被っていた。
「これは・・・・古いおもちゃの山だ・・・・」
「おにーちゃん、これだよ! パワーなんとかって!」
 マミちゃんが大きな木箱の前でワルターを手招きする。慌てて駆け寄った。
「何!? パワーストーンが!?」
「この中にパワーストーンが!」
「そう、これがパワーシャボーン!」
 マーくんが得意そうに言った。
「これがパワーストーン! へ?」
「違うよ、パワーシャボーンだよ!」
「パワー、ストーン?」
「パワーシャボーンだって! おにーちゃんなまってるよ」
「あはははは・・・・!」
 ラチがあかない。ワルターは木箱を抱えると、灯りのない園長室から廊下に出た。ふーっと息を吹きかけ、埃を払う。下から出てきた文字には『動力付シャボン玉発生装置 パワーシャボーン』と書かれていた・・・・。
「ぱ、パワーシャボーン!? く、くだらん・・・・」
 失意のあまり脱力したワルターの足の上に、木箱が落ちる。はずみで箱の蓋が開き、中でずっと出番を待っていた人形たちが演奏しながら、シャボン玉を吹いた。やさしく、どこか哀愁を思わせるメロディーと共に、傾き始めた日の光を受けてシャボン玉が虹色に光を反射させる。
「うわー・・・キレイ・・・・」
 騒がしかった子供たちは、一様にその幻想的な光景に見入った。
「まあ、園長先生の骨董品が動き出すなんて・・・・」
「えんちょーせんせいのこっとーひん・・・・?」
 ワルターは徒労のあまり泣きそうな表情で保母さんを見た。
「ええ。園長先生は古い玩具が大好きで・・・・。でも、園長先生が亡くなってからは、誰も動かし方がわからなかったんです」
「ほんと、せんせーがいったとーり、とってもキレーだわー・・・・」
「おにーちゃんありがとー!」
(今までの苦労はまさに水の泡・・・・これではカーネルに合わせる顔がない・・・・)
 無駄骨を折ったこととカーネルの説教を思い出し、ワルターは情けなくなって思わずボロリと涙を零した。足の痛みも一役買っている。
「まあ、シャボン玉を見て涙を浮かべるなんて・・・・感激やさんなのね・・・・」
「ああ・・・・」
 オルゴールのメロディを、ヘリコプターのプロペラ音がかき消した。
「!?」
 それは幼稚園の狭い庭に降りてきた。慌てて全員が外に出る。ヘリコプターから出てきたのは、軍服に身を固めたワルターの親衛隊員たちだ。
「ワルター様、お探ししました」
「うん」
 迎えが来てくれたことに安堵し、ワルターは軽く手をあげる。これだけでも彼らにしてみたら言葉にできないほどの褒美だ。
「おまえたち、ワルモノだな!?」
「え?」
 マーくんを筆頭に、子供たちがワルターを守るように、親衛隊員の前に立ちはだかる。
「は? ワルター様、これは一体?」
「キャー! マミ、こわい・・・」
「ようやくわかりましたわ。貴方はこの人たちに追われていたのね?」
 しがみつくマミちゃんを支え、先生がワルターを見上げる。
「ああ、いや・・・・全然わかってない・・・・」
「ぜったいにおにーちゃんはわたさないぞ!」
「お、おまえたち・・・・」
 誤解してるとはいえ、子供たちの気持ちは本気だ。それがワルターにもわかった。
「卑怯だぞ、悪太!」
「え?」
 懐かしい気のする呼び方をする方向を見ると、ドランからお子達が飛び出してきた。
「小さな子供を人質にするなんて!」
「見損なったぜ!」
「ホント!」
「人質・・・・? あ、ち、違う! 誤解だ! 誰が人質なんか!」
「ふーん・・・・」
 わざとらしくソッポを向く態度に業を煮やす。
「違うのだーーーー!!」
 叫ぶワルターの上に不意に影がよぎった。デスギャリガンだ。都内に堂々と出没してしまったが、ドランがいるからレジェンドラの超パワーが働くことだろう。
「若君! ご無事ですか〜〜〜〜!?」
 ブリッジの巨大スクリーンには、ワルターの無事よりも先に別の影が映った。
「あ、あれはドランとお子ども! 
 若君をお守りするのだ! ミサイルギア隊、出撃!!」
 デスギャリガンの二番コンテナが切り離され、着陸すると、中からミサイルを背負った戦車が何台も出てきた。狭い道路を走りながら人型に変形する。
「げえっ!」
「出た!」
「ドラン!」
『心得た!』
 ドランは狭いこの場所でゴルゴンを喚び、ゴルドランへと合体する。ミサイルギアが両肩から発射するミサイルを避け、次々と切り裂いていく。
 誤解から始まった戦闘を歯噛みしながら見ているワルターに、タクヤが言葉を投げつける。
「やい、悪太! やっぱり時間稼ぎの人質だったじゃねーか!」
「違うったら違うのだ! ええい、こうなったら・・・・!」
 寄り添う園児たちの方に走るワルターに、タクヤたちはドキリとした。
「わ、悪太!? まさか子供たちを・・・・」
 ワルターは園児たちの前にくると、膝をついて視線を合わせた。何故かそうした方が良いと思った。
「もう良いのだ、幼子たちよ」
 誤解したままなら、その誤解を利用する。複雑に表情の入り混じった子供たちは、ワルターをただ見上げていた。
「私のためにおまえたちを巻き添えにはできん」
「おにーちゃん・・・・」
「でも、貴方は?」
「私なら心配いらぬ」
 顔をあげて本当に心配している保母さんも安心させる。
「おまえたちのこと、決して忘れはしないぞ」
 そう言って儚く微笑むワルターに、子供たちは抱きついた。
「おにーちゃーん!!」
 ワルターはできるだけ全員を抱き返してやった。お子達はその光景を不思議そうに見ていた。
「どーなってんの?」
 抱擁を解いたワルターは立ち上がる。
「では、さらばだ。幼子たちよ」
(ふ〜、これでやっと解放される〜〜〜)
「おにーちゃーん!」
 一度だけ振り返ると、泣きながら一生懸命手を振っている子供たちがいた。
「おにーちゃん、ばいばーい!」
 知らず沸いた寂寥感に、ワルターは下を見た。
「ワルター様、よくぞご無事で」
「うん、ご苦労」
 誰かを大切にしたいと思った。
 ヘリに乗る際、いつもはしないはずの部下への労いの言葉が自然と口をついて出る。
「おにーちゃん・・・・」
 離陸し、遠くへ行ってしまうヘリコプターを、子供たちはいつまでも見送っていた。
 目の前で繰り広げられた訳のわからない展開に、タクヤは思わず声をかけた。
「大丈夫か、皆!? 悪太のヤツに何かされなかったか?」
「おにーちゃんは、あたしたちをまもるために、じぶんからわるもののなかに・・・・」
「ほえ?」
「何処の誰かはわからなかったけど、最後まで良い人だったわ・・・・」
 保母さんはヘリコプターの消えたビルの隙間から見える僅かな空を、目を潤ませて見上げていた。

 最後のミサイルギアを切り捨てたゴルドランに、上空からハンディバズーカの攻撃が直撃した。
『うわああ!!』
 ビルに体を叩きつけられたゴルドランの目の前に着地したのは、頭部だけが赤い、青いギアのサモンダーだ。その中には何時もの服装に着替えたワルターがいた。
「ゴルドラン、勝負だ!」
 再びバズーカが発せられる。ゴルドランがジャンプしてそれをかわすと、ビルにまた大きな穴が開いた。これもきっとレジェンドラの超パワーで直るはずだ。
『ショルダーバルカン!』
 上空からバルカン砲がサモンダーのハンディバズーカを弾き飛ばし、ビルに突き飛ばす。
「うわっ!」
 ゴルドランは動きの止まったサモンダーに、大きく刀を振りかぶった。
「サモンダーをなめるなよ!」
 ワルターがレバーを引くとサモンダーが分離し、スーパー竜牙剣は空を裂いた。
『何っ!?』
 分離した各パーツは、それぞれドランよりも少し小さい八機の青いギアへと変形する。ワルターの搭乗する赤いサモンヘッドが命令を下した。
「行けーーーー!」
 ミニサモンがゴルドランの各所に取り付く。
『しまった!』
「食らえ!」
 ミニサモンが一斉に放電する。
『うわああああ!!』
「ああっ」
「ゴルドランが!」
『あああああ・・・・・!っく・・・・』
「ふふふふふ・・・・・。身動きできずに苦しかろう! その苦しみ、よーくわかるぞ、ゴルドラン!」
 先ほど子供たちに纏わりつかれた自分の姿が重なる。サモンヘッドは弾き飛ばされたサモンダーのハンディバズーカを抱えあげ、ゴルドランに照準を定めた。
「さ、今ラクにしてやろう!」
「ああ! ゴルドランがやられちゃう!」
「いったいどうしたら!」
 焦るタクヤたちの中で、カズキは冷静に状況を分析した。
「そうだ! ゴルドラン、合体を解くんだ!」
『っ・・・・そうか!』
 合体とは逆の手順でドランがゴルゴンから分離する。ミニサモンのまとわりつく各関節が展開し、ギアを弾き飛ばした。ゴルゴンが一つ咆哮をあげる。
「何!? そんな馬鹿な!!」
『稲妻斬りーーーー!』
 帯電した竜牙剣がサモンヘッドを切り裂く。
「おのれ勇者! おのれお子供め! この次こそ必ず・・・! かなら、ず・・・・」
 飛び出した脱出ポッドの下で、まだワルターの消えた空を見上げている園児たちと保母さんがいる。何故か復讐の言葉はそこで消えてしまった。それでいいと、不思議と思った。
 刀を納めたドランとその背後を守るように立つゴルゴンの前に、タクヤたちは駆け寄った。
「やったぜ、ドラン!」
「でも、悪太のやつ、こんなところで一体何やってたんだ?」
「そういえば・・・・」
「なんでだろう?」

「いっちゃったね、おにーちゃん・・・・」
「またあそびにきてくれるかな・・・・?」
「ええ、きっと遭えるわよ」
 静寂が戻り、オルゴールの音が再び聞こえる。


 一週間後、仕事に追われる日々を過ごしたワルターは久しぶりに散歩に出た。今日も同じ道を歩く。
「日々の戦いから離れた束の間の安らぎは・・・・やはりなんとも退屈だ〜・・・・お?」
 ワルターの前髪にシャボン玉が弾けた。
「!!」
 背後から尾行している親衛隊員たちは、一瞬体を硬直させる。
 路地ではまだ幼稚園にも行かない幼子たちが、シャボン玉を飛ばして遊んでいた。ワルターは一瞬だけ表情を緩めて立ち止まると、すぐにまた歩き出した。親衛隊員たちはホっと胸を撫で下ろす。
 今日は散歩コースから離れなかった。
 そして石鹸水が弟に送られた。





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