The Brave of Gold GOLDRAN





 石環小学校の職員室には、恒例となった三人組の立たされ姿があった。担任の美川ミチルの小言が続き、しばらくして一番小柄な少年が叫んだ。
「言い訳なんか聞きたくないよ!」
 そのまま職員室へ飛び出してしまう。
「タクヤ!」
 後を追って残りの二人も飛び出した。
「ちょ、ちょっとタクヤ君・・・・。どうしましょう・・・・やっぱりあたしって、教師に向いてないのかしら・・・・」
 先日も同じ手で逃げられたことをすっかり忘れて落ち込むミチルは、だがしかし。キッと顔を凛々しくあげた。
「いいえ、このままじゃいけないわ!」
 そんな担任の親心など露知らず、三人は教室へ通学鞄を取りに戻ろうとしていた。
「ミチル先生騙すなんてチョロイよなー」
「でも、流石にミチル先生だってバレるんじゃない?」
 ダイが気の毒そうにミチルのことを考えているが、タクヤは気楽に受け流す。
「へーきへーき」
 同じく気楽に、カズキが今日の放課後のあり方を提案した。
「それより、パワーストーンのありそうな場所を見つけたんだよ」
「おお!」
「さっすがカズキ君!」
 ダイもこの言葉には全てを忘れてしまう。
「よーし、今度こそイタダキだあ! ミチル先生なんかに構ってられるか!」
バタン!!
 通り過ぎた掃除用具入れが開いた。
「うっ・・・」
 薄ら寒い殺気を感じ、恐々と振り返ると、厳しい表情をしたミチル先生がいた。
「あなたたち、もしかして先生に隠れて何か悪い事をしてるんじゃない?」
「ええっ!」
「い、一体何の話でしょう〜・・・・」
 後辞去る仕草と声色でバレバレである。
「どうも変だと思ってたの! 最近掃除当番をサボったり、宿題してこなかったりして・・・・」
 地響きを伴い、一歩一歩ミチルは教え子たちに迫った。今まで思いもしなかった迫力に、カズキもダイもパニックになる。
(や、やばいぞ・・・・)
(タクヤ君・・・・)
 二人はタクヤに命運を任せ、怪獣ミチルゴンから逃げる。任せられたタクヤは、両手を組んで、切り札のオメメウルル攻撃に出た。
「先生! オイラがそんな悪い子に見える?」
「あたしだって信じたくないわ!」
「この目を見ても・・・・そう、見える?」
「え?」
 タクヤつぶらな瞳は涙で潤んで、平時よりも大きく、輝いて見えた。
「これが、悪い子の目だって言うの?」
「タクヤ、君・・・・」
「よ〜く見てね・・・・」
 ぶつかり合う視線を、蜘蛛が遮った。
「・・・・! く、くっ、蜘蛛〜〜〜〜〜〜!!!」
 タクヤが後ろ手で蜘蛛のオモチャを釣っているのも見えず、ミチルは絶叫した。
「蜘蛛っ、クモっ、くもっ、くもっくもっくもももももっ〜〜〜〜〜!!」
 そのまま珍妙なスタイルで廊下の奥へと猛烈な勢いで去って行ってしまった。
「なんだかミチル先生、可哀想・・・・」
 ミチルの蜘蛛嫌いは学校内でも有名だ。過去に何かトラウマになるようなものがあったのか知らないが、教室のベランダに置いてある朝顔の鉢に出たときや、校庭の花壇の世話、はたまた使っていない物置を大掃除で開けた時など、動けないミチルを気遣い、ほとんど生徒が退治している始末だった。
「ま、これもパワーストーン探しのため」
「さ、行こうぜ!」


ミチル先生 危機一髪!?




 五枚の花びらをつけた可憐な花が、乙女の手によって手折られる。手入れの比較的行き届いたその花は、「芝生に入るな」「花を取るな」と看板の立てられた校庭の一角に生えていたのだが。
「うっ、うっ・・・・どうしてタクヤ君たちったら、言うこと聞いてくれないのかしら・・・・?
 いいえ、教師であるあたしの所為・・・・あたしがいけないんだわ・・・・。
 ダメ! そんな弱気なことじゃ! これは教師としての試練なんだわ! ファイトよ、ミチル!
 でも、ミチルやっぱり教師失格かも・・・・。
 負けちゃダメ! ミチルは立派な教師になるの!」
 二重人格のような一人芝居に、口うるさい教頭もそれを見なかったことにした。


「はっはっはっは・・・・! この手はしばらく使えるぜ〜」
 タクヤは得意がって、さっき使った蜘蛛のオモチャをぶらぶらさせて歩いていた。
「でも、先生は僕たちのことを本当に心配して・・・・」
 余りに酷い騒ぎを起こしたときは、自分たちよりミチル先生が怒られているのを目撃したことがある。それに、ミチルはダイたちの両親に連絡してどうこうするということは、一切しなかった。一方的に決め付けて怒鳴ったり手をあげたりもしない。周りに迷惑をかけたときはきちんと謝るようにと言い含め、三人が有り余るエネルギーを悪戯に費やしているのは勿体無いと、言い聞かせることがほとんどである。
「だからって、本当の事言えないだろう」
 カズキだってその辺はわかっている。けれども、大人は子供の領域には入れないものだ。
「うん・・・・」
 そして結局子供の領域を選んでしまう自分を、ダイは知っていた。
 そんな彼らの後を、大きなダンボールがずりずりと尾行していた。
(おうちにも帰らないで、一体何処に行くつもりかしら・・・・?)
 中に入っているのはミチルである。あの後正気に戻ったミチルは、学校のゴミ捨て場から大きめのダンボールを探し出すと、すぐにタクヤたちの通学路に向かったのだ。だが、彼らの足は途中で住宅街ではなく、海の方へと曲がった。
 人の気配を感じたタクヤは、不意に立ち止まった。
「?」
 慌ててミチルも動きを止める。
 タクヤたちが振り返っても、背後には誰もいない。あるのは人が一人隠れることのできる大きさのダンボールだけだ。
「ヘンだな・・・・誰か尾行てくるような・・・・」
「誰もいないよ?」
「気のせいだろ」
「そっか」
 誰か不自然さに気づけ。
 気を取り直して歩きだした生徒の後を、更にミチルは尾行ていく。ダンボールの取っ手部分から辛うじて得られる視野からは、学校から児童の立ち入り禁止に指定されているタンカーが見えた。
(あの子たち、こんな所で一体何を・・・・)
 迷いもなくタンカーに入っていく三人の後を、更に苦労して階段を下りる。最下層にはどういったことか、貴婦人の異名を持つ「C-62」型のSLが鎮座していた。
(まあっ、な、何なの、これはっ・・・・! どうしてこんなところにSLが?)
 先ほど金属音らしき音が聞こえたから、三人はきっとこの中に入ったのだろう。ミチルはダンボールを脱ぎ捨てると、単身SLの下に潜り込んだ。 
(まさか、これが不良の溜まり場っていう場所かも・・・・)
 他にもガラの良くない連中が集まっていないか、よからぬ妄想が広がっていく。上の金網の隙間から、三人のお気楽な声が降ってきた。
「で、何処だよ、その×印の場所って?」
 カズキは鞄から取り出した本をめくって示した。サンライズ書房の『世界の旅』というガイドブックだ。
「ここさ。その名も『バツカン王国』!」
『バツカン王国!』
 ドランも久々のまともな手がかりに心が躍る。
「これが、その王家の紋章だ」
「なるほど、×印に見えるね」
「名前もそのまんまだしな」
『主よ、早速行ってみよう!』
(タクヤ君たち、一体誰と話をしてるのかしら?) 
「よーし、出発だあ!」
『了解!』
(きゃっ・・・・!)
 石炭をくべる音も熱も感じず、突如SLが動き出した。レールも敷かれていないのに、だ。ミチルは必死に突き出ている棒に手を伸ばし、しがみ付く。水のよせる音から、一旦海に入ったのがわかる。しかもその後、まるで飛行機に乗った時のような重力がかかった。風切り音が鉄板越しに聞こえる。
(こ、このSL空を飛んでる・・・・! タクヤ君たちは一体何を・・・・)
 生徒たちは担任が自分たちの下にいることなど気づかず、目的地につくまでおしゃべりに興じていた。
「パワーストーン、見つかるといいね」
「だけど、悪太のヤツも躍起になって攻めてくるぜ」
『確かに、これからの戦いはより激しいものとなるだろう』
「なーに、あんなヤツ何度だって、ぶっ飛ばして! 蹴っ飛ばして! 捻りつぶしてやるぜ! なー?」
「そうだな」
「ドランたちが一緒だもんね」
『私たちの目的が達成されるまで、戦い抜くぞ!』
『そうだ! レジェンドラの為に!』
 低く落ち着いた大人の男の声と、それより少し若い男の声がする。「ぶっ飛ばす」「蹴っ飛ばす」「捻りつぶす」など、物騒な言葉を口にするタクヤたちに、ミチルは被害妄想をどんどん拡大させていった。
(タクヤ君たち、この得体の知れない悪者たちにそそのかされているのね。そして、何かとんでもないことをするつもりだわ。きっと『レジェンドラ』っていうのは、世界制服を企む、悪の秘密結社なんだわ!)
 ミチルの頭の中では、全身をすっぽり隠すローブを着た怪しいカルトな集団がロウソクを捧げて「イーッ!」と叫んでいた。
(いけない! タクヤ君たちを悪の道から救わなきゃ!
 でも、恐い・・・・。
 でも! 
 でも・・・・。 
 でも! 
 でも・・・・。 
 でも! 
 でも・・・・。
 タクヤ君たちを助けられるのは、教師であるミチルだけなのーーーーっ!)
「ミチル、ファイトおーーーーっ!!」
 気合もろとも、ミチルは頭上の物体を持ち上げ、投げ飛ばした。
「おわーーーーーっ!?」
 座っていたソファごと床に投げ出されたお子達は、突然沸いて出てきた人物に目を丸くした。
「「「ミチル先生!?」」」
「あら? 悪者たちは何処?」
「何ワケのわかんない事を」
 突然のことに驚いたのはタクヤたちだけではない。警戒心のない主に、ドランは尋ねた。
『主よ、この方は一体・・・・』
「いーーーーっ!?」
 先程の声が無人の車からして、ミチルは目を剥いた。ヘッドライトが瞼のように瞬いている。
「オイラたちの学校の先生だよ」
『主の先生!?』
 無意識のうちに主の保護者を自認しているドランは、礼儀正しく自己紹介をし始めた。
『これはこれは・・・・。私は、ドランと申す・・・・』
「く、車が、しゃべった・・・・」
 そのまま気絶したミチルに、ドランの言葉は最後まで届かない。
「先生!」
『わ、私が何か・・・・!?』
 よもや自分の特異な存在が災いしたとは知らず、ドランは焦った。
「とにかくソファへ!」
「うん」
 主たちはドランの世話を後回しにし、先に倒れたソファを元の位置に戻すと、ミチルを寝かせた。


 いつも通りに空を飛んでいるSLを、これまたいつも通りにデスギャリガンのブリッジで、いつも通りにワルターがワインを片手に監視していた。
「ふふふふ・・・・お子達め、やっと動き出したか」
 いつも通り背後に控えるカーネルが、いつも通り割り出されたアドベンジャーの行き先を告げる。
「奴らの行く先からして、パワーストーンはバツカン王国に」
「イヤ〜ン、バツカ〜ンv」
 親衛隊員たちが全員ひっくり返る。
「バカ! いや、若! 何時からそのような性格に・・・・!」
 即座に立直ったカーネルは、ショックから抜けきれずに、思わず言ってはならないことを口にしてしまった。
「す、すまぬ・・・・」
「バツカン王国と我がワルザック共和帝国とは友好関係にありますぞ。手荒な手段は控えた方は・・・・」
「わかっておる。至急、バツカン王国に連絡を取れ。我らの手を汚さずして、お子達を捕らえるのだ」


 主たちにミチル先生のことを任されたアドベンジャーは『了解!』と蒸気を吹き上げた。汽笛の音にミチルは目を覚ます。
「こ、ここは・・・・?」
『ご気分はいかがですか?』
「誰!? 今喋ったのは!?」
 起き上がって身構えるミチルに、アドベンジャーはスクリーンに自分の正面からの映像を映し出した。ドランたちと互いにデータ交換をして手に入れたものだ。
『私はアドベンジャー。貴女の乗っている、このSLです』
「!」
『主たちがパワーストーンを探している間・・・・・』
「ふう・・・・」
 再びソファの上にぶっ倒れる。世話を仰せつかっているアドベンジャーは、焦った声をあげる。
『あ、もし・・・・?』
(く、車の次は、SLがしゃべった・・・・)


 バツカン王国は古い、歴史のある国だ。石畳で舗装された道路に、数百年前から建っている石造りの建物が、今でもオフィスビルやアパートとして使用されていて、古さ故のオシャレを感じさせる。少し狭い路地でドランから降りると、早速これからの作戦会議に入る。
「で? バツカンの何処にあるんだ?」
「王家の秘宝で、『勇者の石』ってのがあるそうだが・・・・」
「じゃあ、お城へいってみようよ!」
「ああ。えーと・・・・お城ってもなー」
 メインストリートにある建物は、タクヤの基準からいったらどれもお城で通用するような造りだ。路地から出て少し辺りを見回すと、巡回している二人組みの兵士を見つけた。
「あ、そこのおじさん!」
 タクヤの声に振り向いた警官を兼ねた兵士は、何故かぎょっと目を見張らせた。
「ねえ、お城に行くにはどーしたら」
「こいつに間違いない!」
「うん、捕まえよう!」
「・・・・ほえ?」
 伸ばされた腕を、間一髪ですり抜ける。
「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってよ〜〜〜! あ〜〜〜〜〜!!」
「まーーてーーーー!!」
 小路にまで響いてきたタクヤの悲鳴と大人の声に、カズキとダイは、タクヤが何か悪戯でもしでかしたかと、顔を出した。
「何やってんだ、あいつ?」
「いたぞ! 仲間だ!」
 数倍にまで膨れ上がっていた兵士が、目ざとくカズキとダイを発見した。
「はあっ!?」
「何だ〜〜〜〜!?」
「知らねーよーーーー!」
 別れた小隊がカズキとダイにターゲットを設定する。なんだかわからないまま、二人も逃げた。
『あ、主!』
「この車、喋ったか?」
「馬鹿な。とにかく押さえて・・・・」
『主!』
 ドランは近づく兵士をドアで突き飛ばして、主を追いかけた。
『主ーーーー!!』
「うわ〜〜〜〜!!!」
 数十人の兵士の団体はしつこく追ってくる。
「逃げるんだ〜〜〜〜!」
「何処へーーーーっ!?」
 退路のある場所へ。だが、唯一の逃走路である前方に、仁王立ちにミチルが立ち塞がった。
「「「ああっ、ミチル先生!?」」」
「逃げちゃダメ! 自分たちの犯した罪を償うのよっ!」
 何だかわからない三人は、異世界の言葉でも教わっているかのように復唱した。
「つーーーーーみーーーーー?」
「そうです! でも、心配しないで!」
 クルリとグラン・フェッテを決めたミチルは、一転してタクヤのように瞳をウルウルさせた。
「先生がちゃんと弁護してあげますからね。あのヘンな車たちにそそのかされただけなのよね?」
「はあ・・・・?」
 呆けていると、ようやく追いついた兵士たちに押しつぶされた。
「あたたた・・・・オイラたち、何も悪い事なんて・・・・」
「先生だって信じたくなかったわ。でも・・・・これは何ッ!?」
 ミチルが怒りと共にお子達の眼前に突き出したのは、$333,333,000の金額と、凶悪に編集された三人の顔写真だった。車形態のドランもいる。街のあちこちに貼られているのを、剥がして持ってきたのだ。
「げっ、手配書!」
「何でオイラたちがお尋ね者なんだよ〜〜〜〜」
「何でもかんでもありません! あなたたちは重罪人よ! 
 さあさ、おとなしく自首しましょうね」
 三人をにこやかに立ち上がらせようとするミチルの前に、金色の車が飛び込んだ。
『主よーーーー!』
「ドラン!」
『今助ける!』
「あなたも逆らっちゃいけません!」
 ミチルは最早ドランを見ても驚かず、言い放った。
『はあっ!?』
「罪が余計重くなるだけですからね!」
 こちらも兵士たちが取り押さえにかかった。指示を仰ごうにも主は既に引っ立てられている。わめくタクヤたちの横で『先生』がにこやかにしているから、これは素直に従うべきものだろうか? 思考の溝に嵌ったドランもまた、数人の手によって押されていった。
「オイラたち一体・・・・・」
「どーなっちゃうんだーーーー!?」


 タクヤたちは幸いにもすぐに牢屋に閉じ込められるようなことはなかった。手錠を填められて連行されたのは、幸いというかなんというか、荘厳華麗な宮殿だった。侍従や侍女が忙しく動き回るなか、真っ直ぐ謁見の前に通された。現在のバツカンは女王が治めている。タクヤたちが壇上に見たのは、エプロンとジャージを着せれば近所のおばさんで通用しそうな太って気さくな女王だった。
 衛兵に小突かれて座らせられた生徒の前に立ち、ミチルは挨拶もすっ飛ばして懇願した。
「女王様、私はこの子たちの担任です。どういった経緯でこんな外国に手配書が回っているのか知りませんが、信じてください。この子たち、本当は良い子なんです。それを、ドランとかいう悪者に騙され、つい出来心で・・・・」
「先生、違うっちゅーに!」
「黙ってなさい!」
「うわ・・・・」
 生徒のためなら鬼になる。罪を逃れるのが先か、先生を説得するのが先か、思案しようとした時だ。
「お久しぶりです、女王陛下」
 謁見の間に堂々と響いた声に、四人は振り返った。
「ああーーーっ! 悪太!!」
「ふっふふふふふ・・・・」
「おお、ワルター殿!」
 バツカン女王は久しぶりに会ったワルターに、にっこりと微笑む。
「早速ですが、この極悪人どもをお引渡しください」
「そうか、悪太の差し金だったのか!」
「オイラたちをお尋ね者に!」
「ふっふっふっふ・・・・」
 手錠をかけられたままのお子達を目にして、カーネルがこっそり囁いた。
(流石若君。お子達を抹殺して、勇者どもの新しい主になるのですな)
(ビンゴ)
「ちょいと悪太さん!」
 ミチルはワルターの身分を知らないのか、物怖じせずに近寄って睨みつける。
「あたしの大切な教え子を極悪人だなんて! 言い過ぎじゃありませんか!!」
「何だ、おまえは?」
「お子どもの教師でございます」
「馬鹿め。教師の出る幕では・・・・」
「バカですってえ!?」
 しっしと手を振るワルターに、ミチルは二重の怒りで詰め寄った。
「そりゃ、あたしはまだ新米教師かもしれないわ! でも、あたしなりに一生懸命やってるのに! それを・・・・それを・・・・バカだなんて・・・・酷い・・・・酷過ぎる・・・・」
 歳の変わらぬ女性がしゃがみこんで目を潤ませるのを見て、ワルターもバツが悪くなる。
「おやめなさい!」
 女王が一喝した。
「あたくしは先生の教え子を思う気持ちに感動しちゃいました。教え子を救うチャンスを与えましょう」
「何!?」
「何ですって!」
 驚くワルターとは裏腹に、ミチルは喜び勇んで立ち上がった。
「これからあたくしの誕生日を祝して、ブトウ会が開かれます。そこで先生が優勝したら、教え子たちを自由にしてあげましょう」
「ブトウ会?」
「ダンスのコンクールだろ? ワルツとか踊るヤツ」
「ミチル先生、踊れんのかよ?」
 心配そうに見やる子供たちの目の前で、ミチルは優雅に立ち上がってワルターを睨みつけた。
「ありがとうございます、女王様! この勝負、お受けします!!」
「何だと!」
「こう見えてもあたし、学生時代はダンス研究部の部長だったんです! 可愛い教え子を救う為、一世一代の舞をご披露致しますわ!」
「ゴーゴー、レッツゴー! ティーチャーミチル〜〜!」
 背後でお子達がラインダンスを踊って応援する。
「よかろう」
 それでもワルターはニヤリと笑った。

 
 宮殿の庭の離れでは、夕刻を以ってブトウ会が開催された。前座の軽いワルツが流れ、各国から集まった名だたるブトウ家たちが華麗な舞を見せている。
「舞踏会か。優雅でいいね」
「なーにが優雅だよ」
「ミチル先生が優勝しなきゃ、オイラたちもヤバイっつーのに」
「大丈夫、先生に任せておきなさい」
 手錠をかけられた小さな壁の華たちの前には、肩の無い、赤いイブニングドレスと長い手袋を身につけたミチルが立っていた。ドレスはタンザナイトをあしらった金のチョーカーと一緒に、急なことだからと女王が用意してくれたのだ。マーメイドラインのドレスを着こなしている辺り、普段からは想像もつかないぐらいのナイスバディである。
「すんげー!」
「ミチル先生、すっごく似合ってる!」
「や〜ん、ミチル嬉しい〜〜〜〜!」
 教え子から掛け値なしの賛美を受け取り、ミチルは素直に喜んだ。が、すぐに表情を引き締める。
「なーんつってる場合じゃないよ〜〜〜! ミチル、ファイトーーー!!
 さーて、あたしのお相手はどなたかしら?」
 ワルツの音が止み、踊っていた者たちは全員壁際に退いた。演奏していた楽団もそそくさと楽器をしまいこむ。代わりに巨大な銅鑼が搬入され、ダンスフロアの中央から、丸い舞台がせり上がった。
「? どうしたのかしら・・・・?」
 首を傾げるミチルとタクヤたちに、桟敷席から女王の声が降った。
「皆さん、あたくしの誕生日にお集まりいただき、感謝いたします。
 では、メインイベントの・・・・武闘会を開催いたします!!」
『えー、承知のとおり、本大会に反則は一切無し! KO<ノックアウト>、ギブアップ、で勝負を決めます!』
「・・・・え? ノックアウト?」
「反則?」
「これってもしかして・・・・」
「武闘会ーーーー!?」
 壁際に退いた武闘家たちは窮屈な衣装を脱ぎ捨て、各々の戦闘服に着替える。よくよく見れば、K1に出ている有名人たちもいるではないか。女子プロレスラーたちに混じって女装していたものもいたが、それは見なかったことにしておく。
 女王の隣の席でワルターはワインを傾けている。女王はしつらえた席にもつかず、柵にかじりついて既にエキサイトしていた。
「女王は真に格闘技がお好きでいらっしゃいますな」
「イヤ〜ン、バツカ〜ン!」
 今度はワルターたちがコケた。
 一方、リングに上がっていく選手たちに、
「し、信じらんない・・・・」
「ああ、ミチル先生!」
 倒れたミチルを不自由な腕の三人が支える。
「くっそー! とんでもねーことになっちまったぜ!」
「優勝者には武勇を称え、我がバツカン王家の秘宝、『勇者の石』を授けましょう!」
 女王の声と共に、侍従がワゴンに乗せた宝箱を運んできた。ワルターもお子達もその箱に釘付けになる。
「あれは!」
「パワーストーンだ!」
ゴーン!
 銅鑼の音が響き渡り、トーナメント一回戦が始まった。
 空手とマーシャルアーツを組み合わせたような闘方をする赤い胴着を着た小柄な選手が、プロレスを主体とする黄緑の髪をした大柄な選手に先手とばかり、凄まじい連打を叩き込む。
「いけー! いてまえー! そこだーーー!!」
「女王陛下、このような格闘技、あの教師には無理なのでは?」
「いんや、日本人、皆カラテの達人と聞いてマース! 教師ともなれば、ブラックベルトで当たり前でしょう」
 女王の言葉に、カズキは半ば諦めたように納得の声をあげる。
「うーん、よくある、間違った日本観ってヤツだな」
「なるほど」
「他人事だと思ってよくも呑気な・・・・」
「あ、起きた」
 連打を全て受けても平然と立っていた大柄な選手は、小柄な選手の拳をつかんだ。
「ほあああ・・・・」
「バトルスキー!」
 奇声と共にパンチを叩き込み、空手選手を場外に放り出す。
『第一試合、国籍不明、バトルスキー選手の勝ちとする!』
 床に投げ出された選手は、白目を剥いて時折身体を痙攣させた。
「つ、強え・・・・」
「あのバトルスキーって奴、鬼のように強そう・・・・」
 胸の中央にモサっと生えている胸毛がとても嫌だ。左の二の腕に蜘蛛の刺青をしていた。
「すっごーい、バトルスキー!」
 女王は腕を振り上げて歓声をあげる。後ろでワルターが笑った。
「ふっ。バトルスキーを潜り込ませておくとは、さすが爺」
「のほっ」
 密かにVサインを出す。
「ワルザック闇格闘技界のチャンピオン、バトルスキー。奴なら優勝間違いなし。おまけにお子どもを引き渡してもらい、始末すれば・・・・正に、正に! 一石二鳥だ〜〜〜〜!」
 ワルターが妄想に浸る中、着々と試合は消化され、バトルスキーは容赦ない戦法で次々と選手たちを倒していった。ダイたちは震えるミチルに口々に声をかけた。パワーストーンは後でワルターから取り返せばいい。
「やばいよ先生!」
「あいつと戦ったら殺されちゃうよ!」
 だが、恐怖と使命感でせめぎ合うミチルに、教え子たちの言葉は届いていなかった。
(・・・・だめよ、こんなところで若い命を散らすなんて)
(でも、生徒を見殺しにする教師なんて!)
(でも・・・・)
(でも!)
(でも・・・・)
(でも!)
(でも・・・・)
(でも!)
(でも・・・・)
(でも!)
 思考は銅鑼の音で遮られた。ロープのないリングの周りには選手が累々と倒れ、立つのはバトルスキーのみとなっていた。
「オホホホ・・・・残るはティーチャーミチルだけのようね」
「ですな」
 バトルスキーがタクヤたちの方に視線を向ける。
「やべえ」
「どーすんだよ!」
 タクヤは隣にいるはずのミチルに目を向けた。
「先生!」
 いない。ミチルがいたのはリングの上だ。
「「「あーーーーーっ!?」」」
「「「み、ミ、ミ、ミ、ミチル先生〜〜〜〜!!!」」」
『これより最終試合、バトルスキー選手対ミチル選手・・・・』
ビリッ!
 ミチルはドレスの裾を引き千切った。すらりと伸びた脚が剥き出しになる。
「お・・・・・」
 これにはバトルスキーも顔を赤くする。
「きょ、教師として生徒を守るのは、天命・・・・。この試合、勝つしかないのよっ!
 来なさい!!」
「セリフは格好いいけどさー」
「どーみてもビビリまくってるよな」
 腰が引けた上に膝が笑っているのを我慢しているというのに、余計なツッコミを入れてくるタクヤとカズキに、思わず状況を忘れて怒鳴った。
「そこの二人! うるさーい!!」
「は、はーい」
 どうしてこんなことになったのかしら・・・・と、多少の疑念と恐怖からくる涙を押さえ込み、ミチルはバトルスキーと対峙した。竜虎・・・というよりパンダと虎に睨み合いの様だった。
ゴワ〜ン!!
 身体の細胞にまで響く銅鑼の音が鳴り、ミチルは一斉に逃げ出した。
「きゃーん!」
「逃げるなー!」
「恐いもーん!」
 狭いリングで逃げ場はあっと言う間に尽きた。
「あ、どうしましょう! 後がなーい!」
 落ちたら負けである。タクヤたちは重罪人として処刑されてしまう。背後にバトルスキーが迫った。
「危なーーい!」
「バトルスキー!」
 バトルスキーが背後からミチルを羽交い絞めにする。宙釣りにされ、息が詰まった。
「くる、しい・・・・」
 ミチルのピンチに、返って女王は盛り上がって応援する。背後でこっそりワルターとカーネルが、バトルスキーを応援した。
「ガンバレー! ティーチャーミチルー!!」
「やれ〜、バトルスキ〜」
「キュっとね」
 バトルスキーの腕に力が入ったのが、素人目にもわかる。タクヤたちは絶叫した。
「やめろーー!」
「先生が死んじゃう!」
「も、もうダメ・・・・」
 全身から力が抜け、ヒールが片方脱げた。朦朧とした視界の中では、タクヤたちの悪戯の現場ばかりが浮かんでくる。
(ああ、走馬灯・・・・タクヤ君たち、ごめんね・・・・。先生、あなた達を救えなかった・・・・)
「先生、しっかり!」
「逃げてーー!」
「その腕を解くんだ!」
 霞の教え子たちが必死に叫ぶ。ああ、あたしを心配してくれてるなんて・・・・。
「うでを・・・?」
 それがあなたたちの最後の頼み・・・・。
「この、腕が、あたしを・・・・」
 ミチルはバトルスキーの左腕を見た。
「うでーーーーーーっ!?」
 そこには刻まれているは蜘蛛の刺青。
「く、く、く、くも〜〜〜〜〜〜!!!」
 ミチルは絶叫をあげた。だらりと垂れ下がっていた手でバトルスキーの腕を掴み、暴れてバトルスキーの向こう脛を蹴り飛ばし、腕が緩んだ隙にバトルスキーを担いで着地する。
「なんと!」
 見事な脱出に、ワルターは驚き、女王は歓喜した。
「くも、くも、くも、くも、くもももももも〜〜〜〜〜!!!!!」
 ミチルはそのままリングの上を猛烈な勢いで蜘蛛から逃げ回り、勢い余ってヒールが脱げた拍子にバトルスキーを投げ飛ばした。壁に叩きつけられたバトスルスキーが床に落ちる。
「ジ・エンド・・・・」
 正気に返ったミチルは、辺りを見回す。
「え? あ、あたし・・・・」
 銅鑼が数度鳴り、勝者を祝う。審判がミチルの片腕を高々と上げた。
『ティーチャーミチルのKO勝ち〜!』
 手錠を外されたタクヤたちが、ミチルに飛びつく。
「やったぜ! 先生!」
「すっごーい!」
「超信じられんねー!」
「えへっ、ミチル、よくわかんな〜い。でも、嬉しい・・・・」
 三人を抱きしめる。
「お見事でした、先生」
 背後から女王が優しい声をかけた。手には賞品の入った宝箱を持っている。
「あ・・・・」
「教え子たちに自由を。そしてティーチャーミチルにはこの勇者の石を差し上げましょう」
「パワーストーンだ!」
 ミチルから体を離して喜ぶタクヤたちの目の前で、宝箱が宙に浮いた。
「ああっ!」
「ははははは・・・・パワーストーンは貰った!」
 ワルターが釣竿で釣り上げたのだ。
「こら、悪太!」
「汚いぞ!」
「汚くてもパワーストーンが手に入れば、それでいいのだ〜♪」
 ぶらぶらと揺られた宝箱の蓋が開く。中からきらきら光る物が落ちた。
「ああっ!」
 慌ててタクヤが走ってキャッチする。光ってはいたが、それはマッチョな男の上半身像だった。
「っと、何これ?」
「何って、『勇者の石』じゃよ」
 女王が不思議そうに答える。
「は?」
「勇敢なバツカン兵を象った水晶じゃ」
「パワーストーンじゃなかったの・・・・」
 落胆で顎を外したのはお子達だけはなかった。
「なかったの・・・ちくしょう! 爺、やれ!」
 何時の間にやら姿を消していたカーネルに指示を出す。離れの天井に穴が開いた。上から顔を覗かせているのはギアだ。弁髪の拳法家のような外見をしたギアは、ワルターを掌に乗せ、中のコクピットへと運ぶ。
「こうなれば、お子達だけでも殺してくれるわ!」
「早く外へ!」
 ミチルと女王の手を引っ張り、パニックになった人々よりも早く外へ逃げ出す。
「こんなこともあろうかと、近くにこのギガポリゴンを隠しておいたのだ!」
「悪太のヤツきったねー!」
 ギガポリゴンは逃げ出すタクヤたちに向かって、肩のバルカン砲を発射した。
「若、操縦系をそちらに回します」
「ようっし、ふっはははは・・・・出て来いお子ども!」
 宮殿の敷地にある森に逃げ込んだお子達に向かって再びバルカン砲を撃つ。走りながらタクヤはゴルドシーバーに向かって叫んだ。
「ドラン、何処にいるんだ!? 悪太に攻撃されてるんだ! 助けにきてくれ!」
『心得た!』
 鎖で拘束されていたドランは立ち上がって鎖を引き千切ると、驚く兵士に目もくれずゴルゴンを召喚する。
『黄金合体 ゴルドラン!』
 主の前に馳せ参じると、ミチルと女王が仰け反って驚いた。
「な、なーに!? この金ピカロボットは!?」
「今度はオイラたちが先生を守ってあげるよ!
 ゴルドラン、あいつをやっつけろ!」
『心得た! スーパー竜牙剣!』
 ゴルドランが刀を抜く。待っていたとばかりにワルターは後部座席のカーネルに命令した。
「来た来た来た来た来た〜〜〜〜! シラハドリーシステム作動!」
「了解!」
 小型モニターがゴルドランの動きを解析する。
『一刀両断斬りーーー! ていっ!!』
 振り下ろされた刀を、ギガポリゴンが真剣白羽取りで受け止めた。
『何っ!?』
「はんっ! ゴルドラン、敗れたり〜〜〜!」
 そのまま腕を捻ってゴルドランを蹴り飛ばす。
『わ、私の剣が・・・・』
 呆然とするゴルドランを見下ろし、ワルターが嘲笑する。
「ふっ、このギガポリゴンは貴様の剣の動きを読み取ることができるのだ。さあ、どうするゴルドラン!?」
『おのれーーーっ!』
「ふっふふふふ・・・・・」
「若、上から何か来ます」
「?」
 高速で飛来したそれは、ギガポリゴンの弁髪を切り落として着地した。
「なあっ!?」
『ゴルドラン、合体でござる!』
 ゴルドランを守るように立ち、逆手で飛翔剣を構えるは空影だ。
『心得た!』
 鳥に変化した空影が首と足を収納し、ゴルドランの背に合体する。
『大空合体 スカイゴルドラン!』
「なンまいきな、スカイゴルドランめ!」
 三度ギガポリゴンがバルカン砲を発射する。それをかわすことなく、スカイゴルドランのランチャー部から
『超電磁ストーム!!』
 が発射される。ギガポリゴンは見えない鎖に縛られたように動けなくなった。
「ま、またもや動けん・・・・」
『スーパー竜牙剣! 疾風迅雷斬りーーーーっ!』
 刀に雷が落ち、帯電する。
「はははは・・・シラハドリーシステム作動!」
 飛翔するスカイゴルドランの動きを、コンピューターが読み取った。
「若、動けなきゃ無駄です」
「あ・・・・」
『でやーーー!』
 スカイゴルドランの気合一閃。ギガポリゴンが爆発した。二人乗りの脱出ポッドが射出される。
「おのれ、スカイゴルドランめ! 憶えておれ〜〜〜〜!」
「憶えておれ、憶えておれ、憶えておれ〜〜〜!」
 捨て台詞を吐くワルターとカーネルを見送り、スカイゴルドランは刀を鞘に収めた。


 女王から感謝の言葉も貰った、アドベンジャーの帰り道。
「あなた達やドランを疑ったりして、ごめんなさいね」
 すっかりドランやアドベンジャーと打ち解けたミチルは皆に謝った。
「いーの、いーの。オイラたちが正義の冒険家とわかってくれれば!」
「でも、お掃除当番サボった罰は受けてもらいますよ」
「バツ?」
 ダイはゴルドスコープに映ったヒントを振り回す。
「こんな所で何しろっちゅーの?」
「帰るまでに、この問題を解いてもらいまーす」
 パッとアドベンジャーのスクリーンに、算数や国語のドリルの問題が映し出される。
「えーーーーっ!?」
『さあ、主よ』
「アドベンジャー! てンめー!」
 バツカン市内までミチルを送り届けたのもアドベンジャーだったりするのだ。
『パワーストーン探しには、勉強も必要だ』
 ドランも後ろで楽しそうに応援する。主たちはがっくりと肩を落とした。
「はいはい、わかりましたよ」
『ファイトだ、主よ!』
「なんたって、武闘会の覇者、ティーチャーミチルには・・・・」
「「「逆らえましぇ〜ん」」」
「はーい、みんな良い子ね〜」
 ミチルの手元には、『勇者の石』が光っていた。




TOP

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送