The Brave of Gold GOLDRAN





 ワルザック共和帝国日本大使館。冷房の効いた執務室では、山と積まれた書類にサインをするワルターの横でカーネルが、毎朝の日課である予定を読み上げはじめた。
「えー、本日のスケジュールを申し上げます。昨日提出されたこれらの書類をご確認いただきましたら、11:00より経済会とのご昼食会。13:00より本国からの使節団と会談ののち、14:00よりワルザック共和帝国代表として国際会議に出席。そして16:00から・・・・」
 書類は大使としてのもの、皇太子としてのもの、両方だ。全て決定されたものへの了承サインであり、ワルターは一度決まった国政をどうこうするつもりはない。自分や国家に都合の悪いようなものでもあればサインをせずに業務を遅らせ、再び審議にかけなおさせるぐらいだろうが、今のところ政敵も怠惰な役人もおらず、行政は健全であった。日本も見習って欲しいところだ。
ワルターは内容も見ずに自分の名前を書くという単純作業を、頬杖をついて欠伸まじりに行っている。
「ふわーあ・・・・もうよい」
 こんなものコピー機にかければよいのに・・・と、ワルターは朝の眠いところをたたき起こされて炎症になるまでサインさせられる自分を哀れに思う。
「え?」
「もうよい。あとはキャンセルしろ」
 ワルターはとうとうペンを放り出した。
「いや、そう申されましても若君。ワルザック大使としての職務はワルター様の御本分でございます」
「ただでさえ私はパワーストーン探しで忙しいのだ」
椅子を引いて書類から目を反らす。
「その上こんな殺人的なスケジュールでは、体がいくつあっても保たんわ。爺は私を殺す気か」
「くうっくっくっく・・・・」
 妙な声をカーネルが漏らした。
「?」
 ワルターはそれに顔を向けると、妙な声ではなかった。カーネルがハンカチを目に当てて泣いていたのだ。
「若君のお側にあって二十年・・・・誠心誠意つくして参りましたこの爺が、若を殺すなどと〜〜・・・・・!!」
とうとうカーネルは執務机に突っ伏して盛大に泣き出した。
「か、カーネル!」
 ワルターの目の前で、カーネルは床に胡座をかいた。そして懐刀を取り出した。
「これも爺の不徳のいたすところ! かくなる上は、この腹かき切って・・・・」
「わーーーーっ! ま、待て爺!」
 これにはワルターも慌てて止めに入った。刀を持つ手を掴み、なんとか離させようとする。
「お放しくださいワルター様!」
「待てと言っておる!」
「お放しをーーーっ!」
「わかった! 仕事をすればいいのであろう!?」
「流石は若君! 爺は嬉しいですぞ〜〜〜〜〜っ!」
 一変、抱きついて涙を流すカーネルに、ハメられたと深いため息をついた。ワルターに倣って日本の時代劇でも見たのであろう。
「はーっ・・・・(まったく、皇子もラクではないわ・・・・・)」




無人島だよサバイバル




 石環町の午前中は快晴だ。暑い夏の太陽が燦々とと降り注ぐなか、人の近寄らない港の一角で、海賊旗<ジョリーロジャー>が風を受けて膨らんだ。
「だーはっはっはっは! どーだ、カッコいいだろーーーー!!」
 手製の木船の舳先に足をかけ、タクヤが高らかに笑いをあげる。見せたいものがあるからと、堤防の上に勢揃いさせられたドランたちは、不思議そうにそれを見た。
『主よ、それは工作の宿題か?』
「違う、違う」
「これは、ドランたちと会うずっと前から計画してたことなんだ」
「夏になったら、僕たちで造った舟で冒険しようって」
「なーんてったって、待ちに待ってた夏休みが来たんだぜー? 海がオイラたちを呼んでいるーってなモンよ!」
 終業式を終え、今日から本格的な夏休みなのだ。タクヤたちが浮かれるのも仕方ない。
『主たちは、遊びとなるとマメであります』
『すると、パワーストーン探しは?』
「うおっほん!」
 ジェットシルバーの問いに対して、タクヤは咳払いをして主らしい威厳を見せた。表面だけだが。
「今日は主のオイラたちから、おまえたちにプレゼントがある。・・・・それは、休暇だ!」
『休暇〜?』
 何とも耳慣れない言葉に、ファイヤーシルバーがヘッドライトを点滅させた。主が使うにしては少々高尚な言葉に思ったからだ。
「そ、皆よく頑張ってるからな。たまには休みぐらいやらないと。な? な?」
 同意を求めるように、カズキとダイを振り返る。
「遠慮することないからさ」
「ドランたちにも、骨休みは必要だもん」
 苦し紛れの言い訳を、むしろドランは微笑ましく思った。船を見せられた時から予想がついていたことだ。
『早い話が、主たちはその舟で遊びたいのだな?』
「ピンポーン! えへへ・・・・」
『しょーがねーな』
 だがまあ、何時ぞやの時のように、「探してきました」と嘘をつかれるよりよっぽど良い。
 タクヤは両手を胸のところで組むと、お得意のオメメウルウル攻撃に出る。
「約束するよ、皆! パワーストーン探しは今度やるからさあ。ね? ね? いいでしょう、ドラン〜?」
『・・・・主よ、私たちに構わず、楽しんでくるがいい』
「やったー!!」
 主たちは、抱き合って喜んだ。その姿が嬉しくて、我ながら甘いかもしれない・・・とドランは内心思った。


 タクヤたちが造った舟は、足漕ぎボートに毛の生えたようなものだった。それでも材料を集めて一から造ったのだ。自転車を流用してつくったので舵取りはラクだし、外輪は一漕ぎの進みを多くし、ささやかな帆は足が疲れた時に風を受けて運んでくれる。荷物を入れる船室も、全員が寝転べるだけのスペースもあり、全体のバランスも良い。設計したカズキの実力だ。
 そのカズキは船首に立ち、ダイから借りたゴルドスコープで海の向こうに見える島を眺めていた。
「目的の神ヶ島までもう少しだな」
 神ヶ島は石環町の南方15kmほどのところにある小さな無人島だ。付近は釣りの穴場でもあり、週末には漁船を出して釣りに行く者もいる。
「あの島なら人もいないし、でっかい魚もいっぱいいるからな」
「楽しみだねー!」
「ん? あーーーっ! まずい、暗礁だッ! 面舵いっぱい!!」
 カズキの突然の叫びに、タクヤとダイはハンドルをどっちに切っていいのかわからない。
「うええ!? 面舵ってどっちだー!?」
「お茶碗持つ方!!」
「バカ、箸持つ方だ!!」
「ええ?!」
 舟が蛇行するうちに、海中の影はどんどん近づいてきた。
「あー、暗礁が近づいてくるーーーっ!」
「違う、こりゃでっかいカメだ!」
 そしてとうとう。
「うわーーーー!!!」


「若君、お仕事中とは思いますが、次のスケジュールが・・・・あ?」
 予定表を見ながら入室してきたカーネルの前に、執務を続けているワルターの姿はない。
「あーーーーっ!! 若君!? 若君、何処へ!?」
 書類の山の間を探してもみつからない。だが一枚、質の違う紙が机上に置かれていた。
「ん? こ、これは・・・・」
 ワルターの置手紙だった。
『許せ爺。今の私には休息が必要なのだ。しばらくは波の音だけを友として過ごしたいと思う。私の貴重なプライベートタイムを誰にも邪魔されたくはないのだ。
 爺よ、決して私を探してはならんぞ。よいな』

 当のワルターは、自家用クルーザーの上でシャンペングラスを傾けていた。部屋の外に一歩出れば、そこはなんと眩しい世界であるのか。
「たまには憎っくきお子達のことも忘れ、英気を養うとするか・・・・」
「たーすけてくれーー!」
「ん?」
 こんな場所で遭難とは珍しいと、声のしたほうに行く。そこでワルターは驚くべきものを見た。
「おっ、お子達! 何故こんな処に!?」
 沈没しかかった木製の舟に辛うじてしがみついているタクヤたちだった。
「げっ、悪太じゃねえか!」
「せっかく助かったと思ったのに・・・・」
「ついてねーな」
 アテが外れた・・・・と、近づいてきたクルーザーを眺め回すお子達に、ワルターは意地の悪い視線を向ける。
「ほう、おまえたちのクルージングも中々楽しそうではないか。これは羨ましい。あーっはっはっはっは・・・・!」
「ちぇっ、イヤな奴」
「やっぱりドランたちに助けてもらうしかないよ」
「でもな、無理矢理休暇をやっといて、今更助けに来てくれだなんて、幾らなんでも調子良すぎるぜ」
「弱音を吐くなダイ。なーに、これも冒険のうちだと思えばいいんだ。そのうち何とかなるさ。あーはーはーはー!」
「それは残念だな」
 タクヤの空元気を打ち消すわざとらしい声が被る。
「場合によっては助けてやってもいいかと思ったが・・・・おまえたちがどうしても嫌というのなら止めておくとしよう。ふっ」
「く〜〜〜〜〜!!」
「タクヤ君、今からでも遅くないよ。悪太に助けてもらおうよ!」
「あんなのウソに決まってら!」
「どうせ俺たちをからかってるだけさ!」
グラリ
 船体がまた傾いた。
「うわーーーっ!」
「それでは諸君の航海の無事を祈って。乾杯」
 ピンと指で弾いたグラスを傾ける。
「なーっはっはっは・・・・!」
 ワルターの声に反応したのか、舟は更に沈んでいく。
「うわーーーーー!」
「くっそーー! 人の不幸を肴にしやがってーーー!!」
「もうダメだーーー! 沈んじゃうよーーーーー!!」
「どーする、タクヤ!」
「どーするって言ったって!」
「ワルター様ぁ〜!」
「ん?」
 そこへ全く場違いな、明るい声がした。
「お待ちしておりましたわ、ワルター様v」
「げっ、シャランラ! どうしてここに!?」
 シャランラはカメの形をしたモーターボートを駆って急接近してきた。
「ワルター様がここにいるってわかってましたの。だって、だって、私たちは愛という名の赤い糸で結ばれているんですもの〜v」
「ひいっ!」
 ワルターは慌ててキャビンに駆け込むと、クルーザーを急発進させた。
「ワルター様〜v」
「私の大切なバカンスを邪魔されてなるものかっ!」
 シャランラの追撃を撒こうと、ワルターは右へ左へと蛇行を繰り返し、急ターンをし、結果的に沈みかけたお子達の周りと、シャランラとぐるぐる追いかけっこする形になった。
「ワルター様、どーしてお逃げになるの? ・・・・! もしかして、エンジンの暴走!?
 ワルター様、今お助けしますわ!」
 持ち前の自己完結型早合点で、シャランラは魚雷のスイッチを押した。
「な、何ーーーっ!?」
 魚雷はクルーザーのエンジンを直撃した。
「あ、悪太!」
 板切れになってしまったクルーザーに、浮かび上がってきたワルターがなんとかしがみつく。
「ふう〜・・・・」
「ワルター様!」
「うわ!」
「ワルター様、もう大丈夫ですわv」
「何が大丈夫だ! 船を沈めおって!!」
「ワルター様が乗っていらっしゃるのに暴走する船なんて、沈んで当然ですわ」
「暴走? 何をわからんことを・・・・」
「何だ、ありゃ?」
 タクヤの素っ頓狂な声に、ワルターは不意に太陽が翳ったのに気づいた。はるか向こうに、雷を撒き散らす竜巻が見える。
「げっ! どっしぇ〜〜」
「竜巻だ!」
「そんなの見りゃわかる!」
「このままじゃ・・・・」
 竜巻のスピードは速い。もう辺りは暗くなり、不吉な風に髪が弄られた。
「助けてくれ〜」
「ワルター様、ここはシャランラにお任せを! シャランラ〜」
 シャランラはハートのチョーカーの中央を押した。水柱があがり、戦艦ほどもある巨大なカメが姿を現した。マスコットのような愛嬌のあるこのカメは、カメリンmk―IIという。シャランラが現在乗っているモーターボート、コカメリンの親機に当たる。
「あーーー!」
「おっきいカメ!」
「俺たちの船にぶつかったのはこいつだったんだ!」
「ちくしょー!」
 なんと惨事の種を撒き散らす少女であることか。
「ワルター様、すぐに救助隊を呼んで参りますわ〜」
 カメリンmk―IIは、コカメリンを口に収納すると、手足を引っ込めてガ○ラのように回転しながら飛んで行った。
「バカモーン! 何がすぐにだー! 一緒に連れていかんかーーー!! こら、シャランラーーーー!!!」
「だめだ、こっちに来る!」
「うき〜〜〜〜っ!!」
 カズキたちは互いに体を支えあって覚悟を決めた。竜巻が全てを吸い込む。
「うわーーーーッッ!!!」
「何故にーーーーッ!?」
 そして何処かへと去っていった。


 竜巻が起こったとは思えないほどの快晴。入道雲の下をカモメが呑気に飛んでいる。
 カニに前髪をいじられて、タクヤは意識を取り戻した。
「う、うーん・・・・あ・・・・」
 砂浜には、自分たちがだけがいた。隣りにはカズキもダイもいる。助かったのだ。タクヤはすぐに二人を揺り起こした。
「しっかりしろ、ダイ、カズキ」
「う、う・・・ん・・・・」
「あ、僕たち助かったんだね!?」
「ああ・・・・」
「ここは・・・・何処だ?」
「どっか小さな無人島みたいだな」
 砂浜には空き缶やブイなどのゴミも打ち上げられていない。
「タクヤ、ドランたちを呼んで助けてもらおうぜ」
「ああ、仕方ないな」
「待て!」
「!?」
「おまえたちだけ助かろうなど、そうはさせんぞ!」
 ワルターが棒切れを剣のように構えて、タクヤたちを睨みつけていた。
「悪太!」
「おまえも無事だったのか」
 無事だったことを喜ぶタクヤたちに、ワルターは棒の先端を向けた。
「勇者を呼ぶことはまかりならん!」
「心配しなくて、悪太も助けてあげるよ!」
「ふんっ! 信じられるものか! どうせ私を捕虜にするつもりだろう!」
「悪太! 僕たち遭難しちゃったんだよ!」
「おいタクヤ、構わないからドランを・・・・」
「それが、さ・・・ドランを呼ぼうにもゴルドシーバーが・・・・」
「ええ!? なくしたのか!?」
 慌ててダイとカズキも服のあちこちを探った。
「ああ、僕のゴルドスコープも!」
「しまった! 俺も!」
「わーっはっはっはっは! ザマーミロ!」
「ちくしょー! うきーーーっ!」
ボー・・・・・
「?」
「あ、船だ!」
 水平線の向こうで、ボーっと汽笛をあげる船が見えた。ワルターが真っ先に声を張り上げる。お子達も必死に声を出した。
「おーい、そこの船ーーーー!! 助けてくれーーーーー!! おーい!」
「おーい、そこの船ーーーー!! おーーーい!!」
 だが、船は無情にも水平線から消えていった。
「おーい・・・・」
「ああ・・・・」
「いっちゃった・・・・」
「オイラたち、これからどうなっちゃうの・・・・?」


 浅瀬を泳ぐ魚に、手製の銛を突き立てる。
「やりい!」
「こっちも捕れたぞ!」
 タクヤとは少し離れたところで、カズキも獲物の刺さった銛を掲げた。
「ねえ、見てみて! 食べられそうな木の実とかもいっぱいあったよ! ほら!」
 島の森を探索してきたダイは、上着に詰め込んだ木の実を見せた。
「こうなったらオイラたちも根性決めようぜ!」
「予定とは違ったけど、冒険には違いないさ」
「助けはきっと来る! それまで力を合わせて頑張ろうよ!」
「その意気だ、ダイ! 
 さあ、腹も減ったし、もう一頑張りしようぜ1」
「おう!!」
 やがて島に夜の帳が下りてきた。人口の灯りなど全くない真の闇は、空に瞬く星を美しく見せる。
 ワルターは茂みを掻き分けた。昼間から探しているのに、食べ物など全くみつからず、空腹に苛まれていた。
「はあ、はあ・・・・まさか、こんなことになるとは・・・・」
 ―――爺よ、決して私を探してはならんぞ、よいな―――
「あんな事、書かなきゃ良かった・・・・」
 出るのは後悔のため息ばかりだ。そんなところへ馥郁とした香りが漂ってきた。
「お?」
 匂いに誘われて歩みを進めると、焚き火を囲んでいるお子達の姿があった。炙った魚に、果物にと、旺盛な食欲を見せている。
「美味しいね、タクヤ君、カズキ君」
「なんてったって新鮮だからな!」
「それにタダで食い放題ときたもんだ! たまんねーぜ!」
「あはははは・・・・・!」
 食べ物があるのは羨ましい。だが、お子達の前に出て行くなど、ワルターの矜持が許さなかった。ぐう、と鳴った腹の虫に、慌てて茂みに潜る。
「あ?」
「どうしたの、タクヤ君」
「なーんかヘンな音が聞こえなかったか?」
 視線を向けられた茂みの中で、ワルターは唇を噛み締めていた。匂いにつられて腹の虫は収まらない。
「く、くう・・・・」
「気のせい、気のせい。その辺で虫でも鳴いたんだろ」
「だよなー」
 そのままこっそり逃げ出すワルターの背後から、明るい声が響いていた。
「あー、食った食った」
「食べすぎちゃって苦しいよ」
「腹いっぱい!」
「おのれ、憎っくきお子達め・・・・憶えていろよ・・・・はあ・・・・」

 夜は過ぎ、再び朝がやってきた。島は亜熱帯に属しているのか、夜でも蒸し暑さは変わらない。空腹を抱えて眠れない夜を過ごしたワルターは、朝も明けきらないうちに食料を求めて森を彷徨っていた。
「はー、はー、はー・・・・・!?」
 膝を着きそうになった時、ふと見上げた先に木の実がなっていた。甘い果実の香りが漂い、ワルターの目にも食べれそうなことは一目瞭然だった。
「おおーー! 地獄に仏とはこのことだーー!」
 喜び勇んで木によじ登り、手を伸ばす。
パロパロ!
 だがそこへ派手な色彩のオウムがやってきた。そして足元の木の実を啄ばむ。
「なっ・・・・こら、やめろ! それは私が先に見つけたんだぞ!」
オイシオイシ!
「貴様、この私をワルザック共和帝国皇子、ワルター・ワルザックと知っての所業かーーーーっ! 許さーーーーん!!」
 飛び掛ろうとしたワルターは木の幹から手を離し、落ちた。
「あーーーー!?」
 森の中でヤシの実を採っていたお子達は、ドシンと響いた音に足を止めた。
「なんだ、今の音は?」
「確か、こっちの方だったけど」
 ヤシの実を抱えたまま音のした方に走る。そこで見たものは、
「あーーー! あ、あ・・・・悪太!!」
 でかいタンコブを作って倒れているワルターの姿だった。


「う・・・・こ、ここは・・・・」
 ワルターが目を覚ますと、辺りは暗かった。幾筋かの光りが柔らかく射しこみ、木の枠組みに草を重ねた簡素な屋根の下に寝かされていたのがわかった。地面には敷布代わりに大きな葉っぱを敷いている。痛みに耐えて体を起こすと、額から濡れた布きれが落ちた。
「ん?」
「ダイも人が良すぎるぜ! 何もあんなヤツ助けてやることなかったのにさ!」
 タクヤの声がした。草壁の間から外を窺うと、両足で固定したヤシの実に、尖った石で穴を開けているお子達の姿があった。
「そう言うなよ、タクヤ。怪我人を黙って見捨てておけるダイじゃねえってことはおまえだって良く知ってるだろ」
 ダイはカズキの珍しいストレートな誉め言葉に顔を赤くする。
「しっかし考えてもみろよ。悪太ってヤツは、史上最低の超悪人だぞ?」
「・・・・タクヤ君」
「ん?」
「僕は、世の中に本当に悪い人間はいないと思うんだ」
 思いも寄らない言葉に、ワルターはハッと息を詰める。ダイの上着は一部が大きく裂けていた。掌に握り締めた布切れと、丁度形があう。
「悪太もきっと、レジェンドラの宝に目が眩んで、自分を見失ってるだけなんじゃないかって、僕はそう信じたいんだ」
 真面目にそう言うダイに、二人は声が出ない。タクヤはわざと大きな声を出して空気を和らげた。
「ったく、ダイのお人好しには敵わないなー」
「そーゆータクヤだって、悪太を運ぶの手伝ったクセに」
「う゛」
 酢を飲んだような表情をするタクヤに、カズキが笑って見せる。要はタクヤもお人好しなのだ。
「オイラはちょっと付き合っただけだぜ・・・・」
 視線を反らしてそう言うタクヤに、ダイは微笑んだ。
「意地っ張りだよね、タクヤ君て・・・・」
「はははは・・・・」
「ちぇーーー!」
(バカな・・・・敵である私をお子達が・・・・)
「いや、これは夢だ! 悪い夢を見ているのだ!」
ガン!
 立ち上がったワルターは、頭を木の枠にぶつけた。
「いーってってってって・・・・」
 頭を抱えてのたうち回り、寝床から外に転がり出る。
「悪太!」
「くう〜・・・・」
「大丈夫か、悪太?」
 助け起こそうとするタクヤに、慌ててワルターは飛び退いた。
「気安く触るな!」
「ちぇっ、口の減らねーヤツ!」
「これだけ元気があれば、もう大丈夫だ」
「騙されんぞ! 貴様ら何をたくらんどる!?」
 そんなワルターの目の前に、ダイは穴を開けたヤシの実を差し出した。
「なっ・・・・」
「これをお飲みよ。ヤシの実ジュースなんだ。元気が出るよ」
「っく・・・・」
 施しを受けたと、ワルターの表情が険しくなる。
「心配すんなって。毒なんて入ってねぇよ」
「ただし、美味すぎて目ン玉飛び出ても知らねーぞ」
「さあ、悪太」
「くっ・・・・」
 自分の不甲斐なさが情けない。だがヤシの実の匂いに誘われて腹の虫も鳴った。
「さ?」
 ダイは屈託なく笑って更にヤシの実を差し出した。その表情はあくまで優しく、とても自分を騙しているようには、内心せせら笑っているとは思えなかった。
「あ・・・」
 おずおずと手を伸ばし、そしてダイの子供らしいふくふくした手と重なる。ワルターがヤシの実を受け取ると、そっとダイは手を引いた。顔をあげると、タクヤもカズキも笑っていた。陽射しによる暑さとは違う。空気が、暖かい。
「あ、あ、・・・ありが・・・・」
「ワルター様ーーーーー!!」
 鳥が轟音に驚いて逃げる。上空には、サンダージャイロを率いたデスギャリガンが姿を見せていた。暖かかった空気が、一気に冷めた。
「お叱りを承知で探しておりました。よくぞご無事で! 爺は嬉しゅうございます」
「ふふふふ・・・・危ない危ない・・・・でや!」
 ワルターはヤシの実を地面に叩きつけた。
「あっ・・・・・!」
「何するんだ!」
 悲しそうなダイに、怒るタクヤとカズキの表情が、ツキンとワルターに突き刺さる。だが、それは無視した。
「私としたことが、もう少しでおまえたちに騙されるところだった!」
「騙すだなんて酷いよ!」
「黙れ! 私を甘くみるとどういう目にあうか思い知らせてやる!
 爺、お子達を血祭りにあげるのだ!」
「かしこまりました」
 デスギャリガンからカスタムギアが降下してきた。
「うわーーー!」
「逃げろ!」
 逃げ場のない砂浜で前後を塞がれ、大きな銃で撃たれる。
「うきーーーっ! 人の恩をなんだと思ってやがる!
 たーすけてーーーー!!」
 叫んでも助けなんてこないと思っていた。
『主!』
 カスタムギアが爆発する。
「ドラン!」
 ドランだけはない。シルバーナイツ、アドベンジャー、空影も駆けつけ、カスタムギアを屠る。
『主、無事か!?』
「ドラン、どうしてここに?」
『探索中に、海中でゴルドシーバーを発見してな。主たちを探していたのだ』
「探索中って・・・・休暇だったのに?」
『レジェンドラが見つかる日まで、私たちに休暇などないのだ』
「今日こそこの手で貴様らを倒してくれるわ!」
 デスギャリガンから、巨大なヤドカリが振ってきた。貝が中央から割れ、中から人型をしたロボットが顔を出す。殻はそのまま両腕を守る巨大な盾となった。ギア・ジェルバスターである。
 ドランは身構えて、手裏剣を投げている空影を振り返った。
『空影、大空合体だ!』
『ボクたちも合体だ!』
「くらえっ!」
 ジェルバスターの殻についた棘型ミサイルが発射される。避けたところをカスタムギアの援軍が攻撃をしかけた。アドベンジャーが撃ち、ゴッドシルバリオンが剣の部分で薙ぎ払う。
『いくぞ!』
 スカイゴルドランは、ジェルバスターに攻撃を仕掛けるが、それは巨大な両盾によって弾かれた。装甲に傷一つつかない。
『なんて硬い装甲だ! スーパー竜牙剣が効かない!』
「くらえっ!」
 ワルターは再び盾のミサイルを発射した。
『おわっ!』
「なっはははは・・・・どうした、スカイゴルドラン!」
『くっそう!』
 ショルダーバルカンで牽制し、隙を作って再び切りかかる。だが、盾が大きい。中心の脆弱な部分を狙っても、先ほどと同じように弾かれた。
『ダメか!』
 ゴッドシルバリオンが進み出る。
『私に任せろ! ゴーッドフィニッシュ!』
「何を!」
 ジェルバスターは体を丸めて貝の形をとった。
『でやーーーー!』
 炎を纏ったゴッドシルバリオンはそれを意に介さず、槍の尖端にエネルギーを集中させ、一気にジェルバスターを貫いた。爆発が起こり、脱出ポッドが射出される。
「ふんっ、今日はこのぐらいで勘弁しといてやる! 感謝しろーーーー!!」
「やったやったー!」
 はしゃぐ主たちの前に、勇者たちが降り立った。
『主よ、無事で何よりだったな』
『うん』
 無事を喜ぶ家来たちに、タクヤたちはバツの悪そうに頭に手をやり、苦笑まじりに謝った。
「でも、遊んでたのは俺たちだけだったんだな」
「いやー、申し訳ない」
「ごめんね、皆が一生懸命パワーストーン探してたってのに・・・・」
『いつものことだ、気にするな』
「それもそうだな!」
 なんとも早い立ち直りに、勇者たちも笑った。


 ワルザック共和帝国日本大使館では、こざっぱりとした身形になったワルターが食事を済ませてくつろいでいた。
「ワルター様、よくぞご無事で!」
 給仕を務めたカーネルが涙を流さんばかりに紅茶を淹れる。
「しかしあのような無人島での生活、さぞかし不自由なされたことでしょう」
「なーに、無人島生活も満更ではなかったぞ。私は余裕ありまくりだった。
 それに比べてお子達ときたら・・・・。所詮、まだまだ年端のいかぬ子供よ。見捨ててもおけず、私が何かと面倒を見てやったわ」
「若君が奴らの面倒を!」
 感動するカーネルに、ワルターは視線を反らせる。
「ああ。武士の情けというやつだ」
「いや、流石は若君! 人間の器が大きゅうございますなあ! いやー、感服つかまつりました」
「まあな。はははは・・・・・は、はあー・・・・・」
 本当のことなどみっともなくて言えやしない。
 防弾ガラスでできた窓の外を眺めると、ヤシの実ジュースが飲みたくなった。





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