入道雲の隙間を降り、アドベンジャーはカモメと戯れる高さにまで高度を下げた。眼下には目的地の猫島が見え始める。 「それで? これから行く猫島が、このヒントの形とどう関係があるんだ?」 カズキはまったく唐突に猫島に行くと言い出したタクヤに、質問を投げかける。 「へっへ〜。よくぞ聞いてくれました。じゃーん!」 「?」 タクヤが得意げに引っ張り出したのは、今朝のスポーツ新聞だ。親父が読んでいるのをかっぱらってきたのである。 「何々? 『アイドルMとプロデューサーTK同棲か』」 「そこじゃなくて、占いコーナー!」 新聞の片隅に、ささやかだが必ず載っている占いコーナーを指差す。 「あん?」 「射手座のオイラの運勢見てよ」 何処に根拠のあるかわからない占いなどカズキは好きではないのだが、仕方なしに読み上げる。 「ったく・・・・『でっかい目標と希望が満ち溢れている。探し物は動物が導いてくれる』だって」 「それで猫島?」 「ピンポーン!」 猫島奇談 猫島は、日本列島のかなり南に位置する島だ。人口は百人ほどで、島の南側に港があり、少し急な斜面の山に沿って古い民家が立ち並んでいる。崖の多い北側には人の手の入らない自然があり、人々は聖域として立ち入らない。道はアスファルトではなく石で舗装され、狭い路地に階段が多い。波に侵食された岩を削った港からあがる漁業が主な産業で、山の少しなだらかな場所では、雨による豊富な真水を利用した田畑が作られていた。基本的に自給自足で成り立っている。 「猫島って、このあいだTVのレポート番組で言ってたんだけど、隠された宝の玉があるんだって」 「ふーん。なんとなくパワーストーンの匂いがするな」 洞窟のあるという島の北側は崖が多くてアドベンジャーが降りられないので、一旦南側にある砂浜で下り、町を抜けて山を上る。山の一本道を通って島の北東にある神域に行くのだ。 それにしても暑い。夏だし、亜熱帯に近い所為もある。木漏れ日でもかなり陽射しが強く、半袖で汗を拭いながら、帽子でも持ってくれば良かったかと思う。猫島の気候ならば、虫取り網や麦藁帽子の方が似合うだろう。 この島が猫島と言われる由縁は、島に猫が異常なほど多いからだ。昔から何処の家でも守り神として、常に2,3匹の猫を飼っている。だから数え唄も、こんなものが残っているのだ。 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ・・・・ 鐘が鳴る鳴る 帰りゃんせ お床には 子猫が鳴いて待つ 島の丑寅の方角に、島の人間から禁域とされる洞窟がある。そこは、ここに人がすみ始めた昔から、島の一切の神事を司る巫覡が守る場所だった。祈祷の祭壇の上には猫の顔が岩に刻まれ、その前では常に絶えることなく神木に火が焚かれている。数十代続く巫覡の末裔が、今日も猫島の平安を祈っていた。 「あーから、そーじゃんかー・・・きえーーーっ!!」 巫覡が気合と共に祓い幣を一振りすると、祭壇の炎は一層強く燃え上がる。島の気が巫覡に降り、内外の気配を伝えた。 「不要に悪天候神隠し・・・・・やな前触れじゃ・・・・ 誰じゃ! 禁域に入る者は!」 タクヤたちは島の人間も近寄らない禁域の洞窟へと辿り着いた。地元の人間が近寄らないのも当然なほど、険しい崖と下に見える高波は他の者を寄せ付けない。朝も昼も夕方も、陽の光を受け付けない暗い洞窟の入り口は、石造りの鳥居が「入るべからず」の札と注連縄を張って、立ち入るものを拒んでいた。崖を削った町からの一本道は、この洞窟の前で終わっている。ゴルドライトをつけて、カズキたちは中に入った。ダイは入ってすぐだというのに異様な寒さを感じて身震いした。 「こんな気味悪い所にパワーストーンなんてあるのかなあ・・・・」 「あのな、宝物ってのは、大抵、怪しい所にあるって決まってるもんさ」 「!?」 先を歩いていたカズキが立ち止まった。 「どうし・・・・」 「「「出た〜〜〜〜〜!!!」」」 目の前に現れた巨大で恐ろしい表情に、思わず絶叫をあげる。それだけの悲鳴をあげても飛びかってこないので、ライトの光で改めてそれを見た。 「なーんだ、ただの猫の彫り物じゃねーか」 島の名前が猫島だから、それぐらいは在っていいだろう。ライトを別の場所に移動させようとすると、猫の口の中で何かが光った。恐る恐る祭壇に上って口の中を覗き込むと、そこにあったのは赤い棒のような宝石だ。 「あー! パワーストーン!」 「そうか?」 「何か違うような・・・・」 何かどころか形が違う。 「そんなの復活の呪文を唱えりゃわかるじゃん!」 タクヤが宝石を手に取ろうとした時だった。 「こらーーーー! その宝珠に触れてはならぬぞーーーー!」 猫の彫り物の上に人影があった。鈴懸けの上に結袈裟の山伏のような白装束を纏い、白い鉢巻に真言を書いた笏を刺している。潮風とは別の方角から吹く風が赤い髪を揺らし、爛々と瞳を光らせていた。 「「「わーーーー! オバケーーーーーっっっ!!!」」」 人影がくわっと目を光らせる。そのままお子達を叩きのめした。 「オバケとは何じゃ、オバケとは!?」 「ほえほえほえ・・・・・」 彫り物の前に降り立ったのは、神を祀り、依りつかせる巫覡<みこ>だった。大分歳を取っていたが。 巫覡のばーさんは、タクヤたちを立たせて勝手に禁域に入ったことを怒鳴った。ついでに何をしにここに来たのか問われる。パワーストーンを探しに来たと言うと、巫覡のばーさんは呆れ返ったようだった。 「あの石は『カツブシの涙』と言ってな、悪霊・妖怪猫又を封じ込めておるものなのじゃ」 そして宝珠について語った。この島で言う神とは、悪霊・妖怪猫又のことを指す。それは荒れ狂う、祟りなす"禍神"。人はただ祟ってくださるな、怒ってくださるなと祷り祀る。注連縄は、それよりこちらに出てきてくださるなと、人と神の間を隔てるもの。猫を手厚く遇するのは、禁域に立ち入ることの出来ぬ人々のできる信仰であると。 「んじゃ、ばーさん! あの石をオイラが取っていたら・・・・・」 タクヤは軽率な己の行動に寒気がした。 「もちろん封印は解け、妖怪猫又が復活して・・・・ドッカーン! と・・・・」 ドッカーン! 爆風で四人は吹き飛ばされた。光射さぬはずの洞窟に横壁が開き、逆光の中、道化のような機械が姿を見せた。 「ワルター・ワルザック参上」 「カーネルもいますぞ」 「ふふ・・・・お子達よ。いつも道案内ご苦労」 あっけにとられるタクヤたちの前で、ワルターは陽光に煌く赤い光を見た。 「おお! あれこそパワーストーンじゃないか!」 「そのようですな」 「なっははは・・・パワーストーンだ!」 コックピットから飛び降りたワルターは、足が宙につかぬ浮かれようで祭壇に跳んだ。タクヤが焦ってワルターを止める。 「それはパワーストーンじゃ・・・・・」 安全装置の外れる音がした。カーネルがバズーカを構えていた。 「のっほほほほ・・・・動いちゃいけませんよ」 「はーい・・・・」 巫覡のばーさんは呆れてものも言えない始末だ。 「にゃっははは・・・・ついに、ついに手に入れたぞ、パワーストーン!」 ワルターが台座から『カツブシの涙』を取り上げる。 「「「ひーっ! 祟りじゃ、祟りじゃ、祟りが起こるぞー! 祟りじゃー!!!」」」 「お静かに」 「はーい・・・・」 渋々とお子達は成り行きを見守った。あれはどうせパワーストーンではないのだから。ワルターは『カツブシの涙』を掲げ、呪文を唱えた。 「黄金の力護りし勇者よ! 今こそ甦り、我が前に現れ出でよ!」 し〜ん 「あれ? 黄金の力護りし勇者よ! 今こそ甦り、我が前に現れ出でよ!」 し〜ん 「これ、パワーストーンじゃない・・・・」 「当たり前じゃ、慌てモンが」 ワルターを諌める巫覡のばーさんに、カズキたちは冷たい視線を浴びせた。 「でもばーさん。勇者も出ないけど、ネコマタも出ないじゃないか」 「所詮、言い伝えは言い伝えじゃないのー?」 「いんや、そんなことは・・・・」 ワルターは『カツブシの涙』を元あったところに安置した。壊さなかっただけマシだろう。 「ふん・・・・。戻るぞ、カーネル!」 「ははっ」 やたらと明るくなってしまった洞窟の向こうに、ワルターのギア・ダンゴーレムが消えていく。 「んじゃ、オイラたちも帰ーえろ!」 つまらなくなったタクヤたちも回れ右をした。 「待て! 猫又の呪いで死んでもいいのか!?」 「そんなの迷信、迷信!」 迷信と言われた巫覡のばーさんの眉が釣り上がる。 「オイラたち現代っ子だから、そんな非科学的なこと信じないもーん」 「じゃ〜ね〜」 「ふん! このバチ当たり者どもが!」 怒りに肩を震わせる巫覡のばーさんの背後で、『カツブシの涙』が光り始めた。 「んん? 何と!」 太陽よりも強烈な光から、それはやがて紫煙へと変わり、煙は巨大な猫へと姿を変えた。 にゃおーん 外見は薄茶色の毛並みの良い、品のある猫だが、その体から迸る邪気は、彼女が鎮めていたものとは格段に違う。肌で猫又の力を感じ取り、巫覡は戦慄した。 「恐ろしいや、妖怪ネコマタ・・・・猫又の復活じゃーーーー!」 うにゃーお 猫又は力及ばぬ非力な巫覡を鼻で笑って見下ろし、洞窟の外へと飛び出した。 「ちぇっ、今回もはずれか」 うにゃ〜 山の頂上付近の、町へと下りる段々畑のあぜ道で、タクヤの頬に長いヒゲが生えた。 「帰ってプールにでも行くか」 「うん」 にゃ〜お それはカズキとダイの顔にも。 「プールでカツブシいっぱいのヤキソバ食いてーな」 「そうそう、カツブシ、カツブシ」 ふと尻に感じた妙な感触に、思わず立ち止まる。慌てて上体を捩ってみると、そこには尻尾が生えていた。 「!?」 「か、カズキ・・・・何だ、その顔は・・・・」 「お、おまえこそ・・・・」 丸い大きな瞳が、猫のように縦長になっている。 「これ、尻尾かなあ・・・・?」 「ま、まさか・・・・」 何処かで猫又の声が聞こえた。 来た道を逆走する。洞窟の前では、巫覡のばーさんが道に背を向けていた。 「あ、おばーさん! 助けてくれにゃん!!」 「へんっ、調子のいい奴らめ」 崖から振動がする。 「にゃん?」 振り向いたのはタクヤたちだけで、巫覡のばーさんはその正体も知っていた。島の気が教えてくれるのだから。姿を見せたのはダンゴーレムだった。 「ああっ、悪太、おまえもにゃん!?」 「にゃ〜お・・・・・」 そこには困り果てたワルターとカーネルが乗っていた。 一同は巫覡のばーさんの家に案内された。洞窟寄りの山にある、小さな家だ。僅かな畑と寄付で成り立つ巫覡の生活は質素だ。島の人間は、失せものなどの困ったことがあるとこの家を訪れ、島そのものと会話をする巫覡に神問いを頼むのだ。 家の中の一室には祭壇と、預かって欲しいと頼まれた曰く付きの物や、神事に使う神具や呪具が整理されて置かれていた。奥には装束に着替えるための部屋がある。髪を赤く染めるのは魔除けや喜びを表し、女の巫子であるばーさんが男の山伏装束を着るのは、巫覡が性別のない、神に仕えるものだからだ。仏教と神道がごっちゃになってるように見えるが、それはこの島の風習だろう。 巫覡のばーさんは家の小さな祭壇で火を燃やし、再び島の気を寄り付かせる。猫又に蹂躙された歴史を知るために。神下ろしが終わると、巫覡は静かに瞼を開いた。 「おまえたち、このままでは本当の猫になってしまうぞよ」 「どーにかしてくれにゃん! 「金ならいくらでも出すにゃん!」 「何とかしてにゃん!」 「黙らっしゃい!」 さっきから騒がしい冒涜者たちを一喝する。 「ネコマタを封印しない限り、呪いは解けぬぞよ」 「ど〜したらいいかにゃん?」 巫覡のばーさんは、島の記憶を頼りに、奥の箱から取り出してきたものを見せた。一本の紐の両端に鈴がついている。 「この鈴は猫又が近づくにつれて音が大きく響くように出来ておる。ん?」 「にゃ〜お、にゃ〜お」 五人は鈴を欲しがって手を伸ばしていた。 「おまえら、緊張感ないぞ・・・・・」 「にゃ〜・・・・・」 反省したらしいタクヤたちに鈴を渡すと、巫覡のばーさんは猫又の気配を探るため、再び炎に向かった。 「おまえたちは鈴を使ってネコマタを洞窟におびき出せ。そこからは儂に任せろ」 「わかったにゃん! やるっきゃないにゃん!」 「にゃん、にゃん!」 「そだ、悪太」 「うぃ?」 鈴を貰ったタクヤは、ワルターを振り返った。ペルシャ猫のような白くて毛艶の良い尻尾が、ゆらゆら揺れている。お子達の尻尾はその辺の雑種のようだ。 「ネコマタを捕まえるまで休戦といこうじゃないにゃん?」 「にゃ、にゃにい!?」 「わきゃ。ここは一つおきょどみょの言うことを聞くのも一興キャット」 「ふにゃにゃ・・・・」 「よろしく頼むにゃん」 「うみ・・・・うに」 差し出されたタクヤの手を、渋々握り返したその瞬間。 ぼわん! 手まで猫になった。 「「「「「うにゃ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」」」」」 「急げ! 本当の猫にならぬうちに!」 にゃーお ネコマタは、岬にある小さな祠の前で一声鳴いた。 タクヤの手元で鈴が鳴る。手どころから尻尾の毛まで増えてしまっている。 「にゃ! あっちだにゃん!」 にゃーお、にゃーお! ネコマタは人の気配を感じ取り、身軽に宙を駆けた。 チリリンと、鈴が鳴る。二つの方向を示すように鈴が持ち上がった。 「にゃん? これじゃどっちだかわからんにゃん。 みんなぁ・・・・にゃん?」 主にカズキの意見を求めて振り返ると、カズキどころかダイもワルターも、四足であくびをしたり、伸びをしたりし、首の後ろを掻いたりていた。 「もうすっかりネコににゃってるにゃん・・・・(汗)」 こうなったら頼れるのは彼らしかいない。焦ったタクヤはゴルドシーバーに向かって叫んだ。 「ドラン、ネコマタみつかったかにゃん!?」 『主よ、全然ダメだ!』 「ジェットシルバーのほうは?」 『こちらもダメです』 「スター、ドリル、ファイヤーシルバーは?」 『まったく見当たらないぜ』 『ダメであります!』 『だってさ〜』 「空影は!?」 『駄目でござる』 「みんな、にゃんとかしてくれにゃん! そーじゃにゃいと・・・・オイラ、オイラ、ネコににゃりたくないにゃん!」 『ね、猫・・・・・』 ドランは猫になった主を想像してみた。 『ほーれほれほれ。ほ〜れほれ』なーんて猫じゃらしで遊んでみたら、さぞ可愛いだろう。「にゃん、にゃん、にゃん!」と素直に飛びつく分だけ、人間よりも良いかもしれない。 ・・・じゃなくて。猫になったら今まで以上に享楽的になって、パワーストーンは永劫に見つからないだろう。それ以前に、猫を主と呼ぶのも嫌だ。 『〜〜〜〜〜〜!! 主を猫にしてはならんぞ!』 猫又には苦手な唄がある。数え唄の続きはこうだ。 六つ、七つ、八つ、九つ・・・・・ 雨が降る降る 帰りゃんせ お母に 三毛が 早くと待ちて 吾子や 子猫や 日が暮れる かつては封印する際に歌われた唄だった。その唄が聞こえないのを良いことに、猫化している人間で遊んでみる。 タクヤたちの目の前に、手鞠がぽんと落とされた。ゆらゆら揺れて止まる鞠に、どうしようもなく全身で惹かれてしまう。体の疼きが止まらない。触りたくて、遊びたくてうずうずする。 そしてとうとう、次の一揺れで止まるという時。全員が飛び掛った。 「ふーっ!」 「ふぎゃーーっ!」 「しゃーーっ!」 「うううーーっ!」 激しく揉み合い、こぼれた鞠を追う。低いところへポンポンと降りていく鞠は、砂浜を疾走するドランの前に飛び出した。 『あ!』 いきなり飛び出してきた主たちに、ドランは砂煙をあげて急停車した。すぐに人型で立ち上がる。 『あ、主よ・・・・』 「あ、ドリャン・・・・」 『怪我はないか?』 「にゃい・・・・こわかっちゃにゃん・・・・」 轢きそうになったドランに怯えるタクヤたちだが、ドランのセンサーでも怪我は見当たらなかった。またチリチリと鈴が鳴った。 「あ!」 鞠が自然に飛び上がる。仰け反って目で追うと、そこにはにっこり笑うネコマタがいた。 にゃー 「そうにゃ! オレたちをニャカマワレさせようとしていたのにゃん!」 「コショクなことしにゃがって、バケネコめ!」 うにゃ!? ネコマタが目を大きく見開いた。 ぼわん 全員の肌が毛皮になった。目の前で起こった悲劇に、ドランは卒倒しかけた。 「あーーーー! ネコーーーーーっ!! ごめんにゃさーい! バケネコにゃんて、もういいませーん!!」 にゃーん 「ま、まってにゃん!」 逃げるネコマタを追いかける。とうとう2本足より4本足で走る方が速くなってしまった。 ネコマタはその足で封印の洞窟までやってきた。奥を覗けば、猫の彫り物の祭壇に、赤く禍々しく輝く『カツブシの涙』が見える。すうっとネコマタの目が細まった。愛猫のごとき品や愛らしさは消え、荒ぶる禍神へと変化する。 「はんじゃら さんじゅく さんぼだい がんじゃら みんよだい がんぼざんぼはらったー! きえーーーい!!」 巫覡のばーさんは家で真言を唱え、島の気でネコマタの動きを追っていた。ピリピリと感じる妖気は、禁域に迫ってきている。 「ええい、ネコマタめ! 二度と封印されぬよう、洞窟を壊す気か! そうはさせんぞーーーーっ!!」 巫覡のばーさんは家を飛び出し、洞窟へ走った。鬼走りと呼ばれる、修験者の走りで。 洞窟付近の空を巡回していた空影は、洞窟に飛びかかろうとする猫又を発見した。鳥のままランチャーで牽制しながら、連絡を入れる。 『ドラン、猫又が出たでござる! 早く洞窟の方に・・・・!』 『心得た! 主よ、洞窟の方に・・・・ああっ!?』 ドランが見たものは、暖かい潮風に吹かれて欠伸をし、足で耳を掻き、適度に温まった砂浜で腹を見せて寝そべる主たちの猫姿だった。あまりな姿にがっくりと肩を落とし、ふつふつと怒りが湧き上がる。 『ああ・・・・〜〜〜〜〜主たちよッ!!』 ドシン! ドランは砂浜に足を打ちつけた。 「にゃん!?」 突然の地響きに、緩みきったタクヤたちの目が見開かれる。 『やる気あるか! 猫のままでいいのか!!』 ドランに言われてタクヤたちは顔を青くし、ブンブンと首を振った。 『だったらもっとシャキッとして欲しい!』 「シャキーン!」 『それで良い』 「にゃ〜」 あまり長続きはしなさそうだが。 「よ〜に、ネコマタたいじにれっつらご〜にゃん!」 「にゃん、にゃん!」 『乱れ撃ち!』 空影が無数に投げる十字手裏剣をかわし、猫又は目から怪光線を出した。 『うわーーー!』 体を硬直させた空影は、そのまま落下し、岩に叩きつけられる。 『くっ、か、体が・・・・しび、れる・・・・』 空影を引き裂こうと飛び掛る猫又を、ビームが追い払った。アドベンジャーとゴッドシルバリオンだ。アドベンジャーよりも大きいというのに、猫又は二体の遠近の執拗な攻撃をいずれも身軽にかわす。 『ええい、なんてすばしっこいヤツなんだ!』 『手に負えんぞ!』 ロボットたちが猫又を惹き付けている隙に、巫覡のばーさんは洞窟へ入った。入り口に札を飛ばして張り付け、祭壇の中の『カツブシの涙』を掴む。 「来い、猫又!」 その挑戦を受けるかのように、猫又は二体に怪光線を浴びせると、そのまま洞窟へ飛び込んだ。バチィッと光が弾け、猫又の侵入を阻む。先程の札の所為だ。 「甘かったようじゃな、猫又。結界で動きが取れまいて。おいたはそこまでじゃ・・・・さあ、この中へお入り!!」 にゃーーーっ!! 猫又は憎々しげに巫覡の末裔を睨みつけた。 「にゃん! できゃしたぜ、ばーさん!」 大急ぎで洞窟へ入ったタクヤたちは、巫覡のばーさんを誉めた。 「やったにゃん!」 「はやくはやく、ネコマタをフーインしてくれにゃん!」 「・・・・っく・・・・」 巫覡のばーさんは表情を固くした。 「どーした、ばーさん!?」 「はやくフーインするにゃん!」 「えっとな・・・・・」 『カツブシの涙』を掲げたまま動かない巫覡のばーさんに、カズキが恐る恐る問い掛ける。 「まさかにゃん・・・・フーインのアイテムをわすれたにゃん!?」 「ピンポーン! 封印鏡を家に忘れてきちゃったにゃ〜ん」 「ええ〜〜〜〜!?」 「ご、ごめんねー。あれがないと、『カツブシの涙』に入れることはできんのじゃよ〜」 頭を掻き掻き笑って誤魔化す巫覡のばーさんに、背後で怒りが頂点に達した猫又が、爪で結界を割り始めた。 「け、ケッカイにヒビがっ!」 「ひーーーっ!!」 ガラスのように脆く結界が崩れ去る。そこには最早、猫とさえ呼べぬ邪気の塊があった。 『空影、しっかりしろ!』 ドランに抱えられ、空影は朦朧としていた意識を取り戻した。 『ああ、ドランか・・・不覚でござった・・・・』 洞窟から強烈な光が飛び出す。 『何!? 猫又か!』 猫又の追う先に主たちの姿が見える。ドランはすぐに猫又を追った。 タクヤたちは巫覡の家に向かって崖周りの道を走った。巫覡のばーさんはダイの背中で不本意に揺れている。聞いた者を石にすら変えそうな声をあげて、猫又が背後から迫ってきていた。 「うわ! ネコマタにゃん! ワルタ! オイラたちはばーさんのいえにいく! それまでじきゃんかせぎたのむにゃん!」 「にゃに〜! わたしにめいれいするきかにゃん!?」 猫又の爪がワルターの毛並みを掠った。 「ひーーー!!」 「わーーーっ! きょうりょくする! きょうりょくするにゃん! カーネル! ダンゴーレムしゅつどうにゃん!」 ワルターの悲鳴は、デスギャリガンでひたすら生魚を食べているカーネルの耳に届いた。 「はーい、りょうかいしたにゃーん」 猫又の爪が大地を削った。一度、二度、三度と、岩を砕き、穴を穿つ。爪先にマントのひっかかったワルターは、再び猫又が手を振り上げた瞬間に遠くへ放り出された。 「にゃっしぇ〜〜〜〜!」 「あ、ワルニャ!」 「ひ〜〜〜っ、ぜったいぜつめーにゃん!」 『とう!』 あわや寸前。ドランは猫又を海へ蹴落とした。 「ど、ドリャン!」 『乱れ撃ち!』 落下する前に体勢を立て直した猫又に、空影が追い打ちをかける 「そりゃかげ!」 「よーに、いっきにスキャイゴリュドリャンにがったいにゃん!」 喚ばれたゴルゴンに猫又が用心している隙に合体する。標的を変更して主に襲い掛かろうとする猫又に、スカイゴルドランはスーパー竜牙剣を抜いて斬りかかった。 『お、何っ!?』 それをあっさり躱す。隙のない敏捷性についてゆけず、スカイゴルドランは怪光線を浴びせられた。 「ああー、スキャイゴリュドリャン!」 大量の光線が光の檻となり、スカイゴルドランを拘束した。動けぬスカイゴルドランを放って、猫又はお子達の前に降り立った。大きい。最早瞳の見えぬガラス玉のような目が舌なめずりするように見下ろしていた。 「こ、こんにょこそ、ぜったいぜつめーにゃん!」 「ええ〜い、まつにゃん!」 空から現れたのは、放り出されたワルターだ。間一髪でアルマジロのような形状の、ダンゴーレムが海面に叩きつけられる前に救出したのである。 「おこたちよ、わたしがネコマタをひきつけるにゃん!」 「あー、ワルタだにゃん!」 「ネコマタ、これをみるがいいにゃん!」 ダンゴーレムは鞠の形に変形し、弾んで見せた。 「ほーれ、ほれほれにゃー。こっちーだにゃーん! ほーれ、ほれほれにゃんごー」 ネコマタはダンゴーレムに襲い掛かった。ワルターはダンゴーレムの360°バーニヤを吹かしてそれを躱す。 「このすきに・・・・スキャイゴリュドリャン、ちょっとのあいだ、がまんしててにゃん!」 『心得た・・・・!』 檻の中で苦しむスカイゴルドランを背後に、お子達は巫覡の家に戻った。 「これじゃ!」 家の祭壇には、静かに封印鏡が佇んでいた。 ダンゴーレムは海上を最速のスピードで周回し、猫又を引っ張りまわしていた。 「ふふん・・・・ここまでついてこられるかにゃん? にゃーー!?」 猫又はボールのようなダンゴーレムにしがみついた。 「わーっ! つかまってしまったにゃん!」 『む・・う・・・ん・・・・!』 スカイゴルドランは全力で腕に力を込めた。鍔と掌から呪縛にヒビが入り、ついに猫又の呪縛を砕く。 「や、やめるにゃん!」 『はっ!?』 息もつかぬ間にワルターの悲鳴が聞こえる。猫又はダンゴーレムにしがみつき、そのままごろごろと遊ぶように、四肢で締め付けた。そして、ギアが割れた。 「にゃーーっ!? にゃーー!!」 ワルターが海に落ちる。 『あ!』 救出に向かおうとしたスカイゴルドランに、猫又は上から襲い掛かった。爪が黄金の体を引き裂き、牙が刺さる。 『おおあ・・・ああ・・・・うう・・・おおお・・・あ・・』 傷口から邪気に生気を吸い取られるような脱力感に、スカイゴルドランは意識が遠のいていった。 「スキャイゴリュドラン!」 『ああ・・・・』 岬の祠に取って返したタクヤたちの声が、スカイゴルドランの意識を引き戻した。 「いま、たすけてやるにゃん!」 『あ、主よ・・・・』 「あくりょーたいさんにゃん!」 封印鏡に猫又の姿が映る。猫又の邪気が封印鏡に吸い込まれ、スカイゴルドランを自由にする。 『よし、今だ! 超電磁ストーム!』 スカイゴルドランのランチャー部から発射された電磁嵐が、猫又の動きを止める。 『疾風迅雷斬りーーーーー!!!』 一刀両断にされた猫又は、そのまま邪気の塊となって封印鏡に吸いこまれた。 「にゃ、にゃーーーーーっ!」 余りの反動に、封印鏡を持つタクヤは悲鳴をあげる。そして、鏡は一端吸い込んだ猫又の邪気を『カツブシの涙』に跳ね返した。『カツブシの涙』は余すことなく猫又をその身に収めた。 「はあ・・・・」 巫覡のばーさんは、ほっと張り詰めていた息を吐く。それに呼応したように、タクヤたちの姿も元に戻った。 「元に戻った!」 もちろん、流木につかまっているワルターも、生魚を食べ続けていたカーネルも。 巫覡のばーさんは猫の口の祭壇に『カツブシの涙』を安置すると、真言を唱える。 「はらったー、ふかひれーーーー・・・・」 かすかに『カツブシの涙』の周りに漂っていた邪気も大人しくなった。 「よいか!? 二度と『カツブシの涙』に触れてはならんぞ!」 「はーい」 タクヤたちは面白くなさそうに返事をすると、追い出されるように猫島を後にした。 遅い夕暮れの中、アドベンジャーとデスギャリガンが並んでゆっくりと飛んでいる。どちらの上にも、風に吹かれる人影たちが立っていた。カーネルとダイだけは、不機嫌に睨み合う者たちに、冷や汗を流していた。 「今回はあのばーさんに免じて許してやる!」 「はんっ! こっちこそ!」 「今度会った時は敵と味方だ!」 「望むところだ!」 「「あっかんべーーーー!!」」 道を分かれる二機の機影を眺め、巫覡のばーさんは騒々しく身勝手な連中に、何度目か知れない深い深いため息をついた。 「はあ・・・・やれやれ、あいつらときたら・・・・。 もう二度と来るんじゃないぞーーーー!」 その土地に伝わる民謡には意味がある。だから猫島のものはこう終わるのだ。 吾子や 子猫や 日が暮れる 猫又 出るぞ 帰りゃんせ・・・・・ |
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