The Brave of Gold GOLDRAN




脅威の新合体技

航星日誌 
1995.11.11 
アドベンジャーが宇宙嵐に突入して既に二時間が経過。最早乗組員三名の疲労は限界に……

「オエ〜〜! うぷっ」
  ダイが口許を抑え、タクヤのナレーションを打ち切った。
「トイレだトイレ! 早く!」
「う〜……!」
  そのままどたどたとドランの斜め後ろに設置してあるトイレに駆け込む。
「二十七回目……ダイの奴、すっかり痩せちまって……・」
  げっそりと頬をこけさせたカズキが、気の毒そうにダイを見送る。三分前まで自分もそこで吐いていた。
  アドベンジャーが宇宙嵐の中に入ってからは、正に地獄のようだった。向こう五年はジェットコースターの類には乗りたくないと思う(三日後には忘れているだろうが)。光のレールがご丁寧にも選んだ航路は、ブラックホールの残骸か、はたまたスーパーノヴァの出来損ないか。空間は激しく乱れて狭間に漂う宇宙塵を飲み込み、行き場を失った様々な光が荒れ狂い、冒険者を拒絶していた。
  光のレールはそんな空間にもめげず、蛇のように大きくのた打ち回りながらも行く先を示している。アドベンジャーは主の為に全力を尽くして衝撃を緩めてはいるものの、いびつに歪んだレールの上を不本意に走らざるを得なかった。
  その結果、主が酔った。既に胃の中に吐く物などない。胃液で食道を焼かないように、数滴含むのがやっとの水を逆流させているだけだ。
  げっそりと痩せたタクヤが、力無い笑いをカズキに向ける。
「そういうお前だって、まるで吸血鬼の栄養失調だ」
「は?」
  ドランは彼らのやりとりを黙って見ていた。万一を考えて航路のデータはアドベンジャーと共有している。主に声をかけないのは、余計な体力を消耗させないためだった。
「それより心配なのはアドベンジャーさ。激しい放射線とガスの嵐に晒されているんだからな」
『大丈夫だ、主。この程度で参る私では……』
  だが、アドベンジャーの声にも何時もの力強さがない。同時にまた車体が酷く揺れた。絶叫マシンのような力任せの類ではなく、眩暈のように緩慢に脳を揺さぶる気持ち悪さ。
「ううっ」
「ふっ………・」
  タクヤとカズキは先を争ってトイレに駆け込む。
  それから更に三十分程してから、ようやく宇宙嵐を抜けたのか、光のレールが平坦な道を取り戻す。主たちは平衡感覚を取り戻すのを実感しつつ、少しずつ安堵の溜息を吐いていった。
  と、車内がいきなりエマージェンシーコールに満たされる。
「?!」
「もう嵐は脱出したのに……」
「どうした、アドベンジャー?」
『あ、熱い……体が、燃えるようだ……』
「「「!!」」」
  主君第一のアドベンジャーがこんな弱気を漏らすなどあり得ない。
「アドベンジャーの様子が変だ!」
「ドラン、次の惑星は?!」
『カースト星まで、約二十分!』
  二十分もかからなかった。十五分後、アドベンジャーはカースト星に墜落した。

  カースト星は岩と砂漠が続く、荒涼とした赤い惑星だった。砂丘の急斜面に頭からつっこんだアドベンジャーから三人の子供が這い出し、貨物車両の勇者達は電子ロックを勝手に開けて外に出た。外から見たアドベンジャーの姿に、一同は愕然とする。
「なんだこりゃ?! アドベンジャーの体が、カビみたいなものでいっぱいだぁ?!」
  砂緑色の細かな黴が、びっしりとアドベンジャーの黒い車体を覆っている。酷い場所では錆のようなものまで浮いていた。酸化することのない金属の体に、だ。
「こいつがアドベンジャーを苦しめているんだ」
『とにかく、場所を移動しよう。上へ運ぶのだ』 
  ドランが少しでもアドベンジャーの体をラクにさせようと、提案する。仲間達がアドベンジャーに近寄ろうとした瞬間、
『待て!』
ビームが足元の砂を巻き上げた。
『!?』
  反射的に上空を見上げると、そこには鮫戦艦の姿があった。
『キャプテンシャーク!』
『一体何の真似だ?!』
『アドベンジャーに触るな!』
『何?』
『おまえ達もボロボロになっちまうぞ!』
  キャプテンシャークはロボット形態になると、他人には触るなと言ったくせにアドベンジャーの体を持ち上げて地面と平行に下ろし、そして再び戦艦タイプに戻すと、お子達を艦内に招き入れた。
  ブリッジの中に入ったタクヤ達は、キャプテンシャークが取ったアドベンジャーの表面の顕微鏡写真を見せられた。同時にそれはキャプテンから他の勇者達にもデータが回される。
  イーター・イーザックは沈痛を含んだ静かな声で言った。
「ノスフェラトス」
「ノス…・なんだって?」
「ノスフェラトス。あらゆる金属を腐食する宇宙バクテリアだ」
「宇宙バクテリア!」
  カズキがあげる。
「うむ。人体には全く無害だが、ロボットには致命的な病原体だ」
  ワルザック共和帝国には、例によって表にこそださないが古くはロストテクノロジーから最新は宇宙環境省まで、他国とは比較にならない程の宇宙に関するデータが揃っている。外洋宇宙船のシュバンシュタインの建造がそこいらの有人スペースシャトルよりも短時間且つ低コストで行えたのもそのお陰だ。ノスフェラトスの存在は五十年程前から確認されており、地球に実物はないもののワルターはその形状と特性を記憶していた。
「じゃ、じゃあアドベンジャーは?!」
  ダイの悲愴な声にイーターは一瞬戸惑ったが、それでも事実をありのままに告げた。
「ノスフェラトスに全身を蝕まれ、コンピューターを侵され、おそらくパワーストーンすら残らんだろう……」
  イーターの声はそのまま外で心配そうにしているドラン達にも聞こえている。キャプテンシャークは船首を空を見上げるように少しだけ持ち上げた。
『嵐だ。多分、あの宇宙嵐の中で感染したに違いねえ』
『しかし、何故お主は平気なのだ?』
  空影の質問は尤である。光のレールの行く末を知らないキャプテンシャークは、アドベンジャーの後をついてくる以外にない。あの時同じ嵐の後方にいたのは確かなのだ。
『宇宙を飛び回るオレには免疫がある。地球の勇者のようにヤワじゃねーのさ』
『何?!』
『貴様!』
『聞き捨てならんな!』
『今の言葉、訂正してもらおうか!』
  全く悪気はない言葉なのだが、それは血の気の多いスターシルバーを始め、他のシルバーナイツや空影、レオン達を怒らせるのに充分だった。
『何故だ? ヤワだからヤワだといっただけだぜ?』
『何だと?!』
『キャプテンシャーク!』
『止せ! つまらん口論をしている場合か!』
  ドランは平時よりも厳しい口調で仲間を諌めた。
『しかし!』
  一度頭に上った血はなかなか下がらない。
『う、ああ……あ……』
だが仲間内の諍いを悲しむようにアドベンジャーがうめき声をあげた。苦痛に体を軋ませ、足元の砂がぱらぱらと砂丘を下りる。
そして一瞬で砂山が崩れた。
『アドベンジャー!!』
  機関車形態のまま受身も取れないアドベンジャーの体が、砂丘の麓に叩きつけられた。ドラン達はどうしたら良いのかすらわからず、坂道の上から覗き込むしかなかった。
『大丈夫か?!』
『しっかりしろ!』
『う、うう…・あぁ……』
  キャプテンシャークがハッチを開け、分き目も振らず飛び出した三人の主が砂丘を滑りおりていく。
「アドベンジャー!!」
「しっかり、しっかりして!」
「アドベンジャー!」
お子達はアドベンジャーの車体に縋り、必死に声をかけた。
遅れてキャプテンシャークから姿を現したイーターはアドベンジャーの車体を点検しはじめた。一緒に降りてきたカーネルとシャランラは、お子達の背後から気遣わしげに叫ぶ彼らを見守った。
  時折ノスフェラトスに触れながら、イーターはその繁殖能力に軽く舌打ちをした。
「予想以上にノスフェラトスの進行が早い。このままでは……」
「このままでは……?」
「このままでは後五時間」
「「「あと五時間?!」」」
  イーターは情の宿らない声で言葉を紡ぐ。
「後五時間もすれば、アドベンジャーは……」
「何とかしろ!」
それ以上の言葉は聞きたくなくて、タクヤはイーターの胸を叩いた。
「何か、アドベンジャーを助ける方法はないのか?!」
  イーターは一瞬そのタクヤの行動に驚いたが、咎めもせず悲痛の表情を滲ませたままだった。
「一つだけ、方法がございます」
「えっ?」
  落ち着いた声がタクヤを振り向かせる。
「カーネルさん」
「本当なのか?」
  カズキとダイも老執事に目を向けた。
「はい。 
  いや、やはり不可能です……」
  溜息をつく様に額に手をやる。タクヤはイーターから手を離すと、カーネルに詰め寄った。
「何だ? じーさん言ってくれ!」
  何でもするから
  少年達の必死の視線に耐えかねたかのように、カーネルはふっと息と共に答えを吐き出した。
「……・抗ウイルス剤です」
「抗ウイルス剤?」
  カーネルは軽く頷くと説明を続ける。
「実は、シュバンシュタインも一度ノスフェラトスの危機に見舞われ、その際シリアス様は抗ウイルス剤とワクチンの合成に成功しました」
「じゃあ、シリアスの戦艦にはノスフェラトスを退治する薬が!」
「はい」
  三人の主達は顔を見合わせた。あるのだ、確実にアドベンジャーを治せる手段が。
「ですが、どうやって抗ウイルス剤を手に入れるのです? 相手は我が国が誇る戦艦シュバンシュタイン。例え勇者達の力を以ってしても……」
  それにシュバンシュタインに近づくにはデスギャリガン五隻と無数のエクセルギア、他に新たに用意されているであろうギアの数々が待ち受けている。
  辿り着くまでのあまりの困難に、彼は視線を落とした。
『五時間だな!?』
「……・!」
  何時の間にか直ぐ側まで来ていたドランの声が振ってきた。
『五時間のうちに抗ウイルス剤を持ち帰ることができれば、アドベンジャーは助かるのだな?!』
「行ってくれるか、ドラン!」
  もちろん戦場に行けと行っているようなものだが、それでもタクヤはそう言ってくれるドランが嬉しかった。
『もちろんだ!』
『私も行く』
『拙者がいなければドランは飛べぬし』
『私達だって!』
「皆……!」
  口々に進み出る勇者達に、不覚にも目頭が熱くなる。
『い、いかん……』
  切れ切れの声が今にも合体して飛び出しそうな仲間達に届く。ハッとドランやタクヤ達がアドベンジャーを振り返った。
『お、お前達は主を守り、れ、レジェンドラに……。使命を、忘れるな……』
「レジェンドラへは皆で行く。おまえも一緒だ!」
「そうさ! だからノスフェラトスになんか負けちゃダメだ!」
『あ、主……』
  むしろ厳しい表情できっぱりと言い放つカズキとダイに、大きく頷くタクヤ。これほど気遣ってくれる主がいるだろうか。アドベンジャーは変形することすらできず、ただ痛みを生み出す己の体を呪った。
  ふとシャランラはさっきまで静かに佇んでいたイーザックの姿が見えないのに気が付いた。
「しゃら? イーザック様は?」
「あ?」
「そういえばキャプテンもいないよ」
「どーせ恐くなって逃げ出したのさ」
「若……いえ、イーザック様はそのようなお方ではございません!」
「ふーん……」
  お子達のジト目に見上げられ、カーネルはハンカチで額を拭った。
「あ、いえ……多分……」
 シュバンシュタイン内の工場では、新型ギアが最終調整を行っていた。
  ギアデッキの中央で白くつるんとした装甲が蕾のような形を成している。通常のギアとは違い、手足に相当するものがなく、直立したままの体勢でも四方に支えが必要だった。上部に人面を模した赤い模様が、不気味に刻まれていた。
  シリアスは愛犬のレイザーを連れて、間もなく出撃できるそのギアを直接見に来ていた。
「ご覧、レイザー。私の設計したエンブリオだ」
  レイザーが説明を聞きたそうに頭を上げる。
「そう、このエンブリオには精神感応装置・エスパロイドシステムが搭載されている。偉大なる発明さ」
  シリアスはこのエンブリオを自らが搭乗して戦場に出るために造り上げた。自分の手で勇者を倒す瞬間の映像を得たいからだ。共和帝国ではギアパイロットの操縦講習は身長と体重が規定に満たない限り受けることができない。他の資格試験よりも遥かに厳しい規定は、如何にシリアスといえども覆すことは叶わなかった。
  レイザーと会話をしているシリアスの元へ、親衛隊員が走ってきた。
「シリアス様、キャプテンシャークが猛スピードで接近しております」
「? 兄上が?」


  深遠の虚空を青い鮫が流星のように疾駆する。
「全速前進! 目標、シュバンシュタイン!!」
『アイアイサー!
  で、作戦は?』
「体当たりでシュバンシュタインの横っ腹に穴を開け、艦内に突入!」
『何ーーッ?!』
「抗ウイルス剤を奪取した後、全速力で脱出!」
  もとより多少の無茶は言ってきたし、自身も無鉄砲さがウリの宇宙海賊。だが、まさかこの主がここまで無鉄砲な計画を立てていたとは思いもよらず、思わずキャプテンシャークは問い返した。
『本気か?!』
「本気だ!」
『無謀過ぎる!』
「黙れ! 船長命令だ!!」
  これを言われてはぐうの音も出ない。そして無謀だが、それができる可能性も数%、彼の中にあった。主の安全性は極力省かれた形でのシュミレートにおいて。だから「できない」とだけは、決して言わなかった。
  そしてシュバンシュタインがメインスクリーンに映り、みるみるその影を大きくしていく。デスギャリガンの猛攻をかわし、
「つっこめーーー!!」
『おおーーー!!』
  シュバンシュタインの上部甲板方向から一気に左舷の船腹に回りこもうとした瞬間、強烈な電磁ビームがキャプテンシャークを襲った。
『おわあぁぁぁぁ!!』
「な、何ーーー?!」
  キャプテンシャークは必死に稲妻の檻から逃れようとするが、エンジンの出力を最大にしても逆にそれを吸い取るかのように引きずり込まれていく。
「おのれーーっ! 
  リストリクションビームとは卑怯千万!」
『だから言わんこっちゃねぇ……』
  キャプテンシャークは自分の内部にまで影響のあるビームでないことに安堵し、まあしょうがないかと溜息をついた。

  あっさりとシュバンシュタインの中に取り込まれてしまったキャプテンシャークは、電磁バリアで拘束され、イーターも艦内の牢へ閉じ込められた。やろうとすればキャプテンシャークの中で篭城もできたのだが、それをするには抗ウイルス剤の在り処がわからない。ならばいっそのこと……というわけだ。
  一応それなりに考えてはいたものの、どつかれて牢に入れられるのは腹が立つ。
「ええい、こんなところに閉じ込めおって!」
  捕まった猿のように鉄格子を掴んでいると、レイザーをお供に連れたシリアスがやってきた。
「愚かですよ、兄上」
  開口一番の台詞に、赤毛の海賊衣装を着た彼はあくまでミエミエのシラをきった。
「だ、あ・兄上などではない! 私の名は宇宙海賊イーター・イーザックだ!」
  シリアスの方もその返事はどうでも良かったので直ぐに核心に迫る。
「何の策もなしに無鉄砲に飛び込んでくるとは……一体何が目的です?」
  イーターはぷいっと子供っぽく横を向いた。
「敗軍の将、兵を語らずだ」
  では知る必要もない。シリアスはそう切り捨てた。
「優秀な頭脳がなければ、せっかくの勇者もガラクタにすぎません。キャプテンシャークは再教育した上、私が頂戴いたします」
「貴様……・!」
  イーターがシリアスに掴みかからんばかりに睨みつける。シリアスの代わりにレイザーが唸りをあげる。
  警報が鳴った。


  艦外では、ゴッドシルバリオン、レオンカイザー、そしてスカイゴルドランがシュバンシュタイン目掛けて猛スピードで接近していた。直ちにデスギャリガン、シュバンシュタインから無数のエクセルギアが迎撃に向かう。
『私とレオンカイザーが道を作る!』
『その方はシュバンシュタインへ突っ込め!』
『心得た!』
  エクセルギアが銃を発射したのを皮切りに、トライビーム、アームシューター、ニーバルカンの遠距離兵装が火を吹いた。たちまち虚空の闇はきな臭い花火で彩られていく。三体の勇者達はそのまま層の厚いギアの群れに突入すると、槍を振るって活路を開いた。
『でーーい!』
  撃ち漏らしたエクセルギアを、スーパー竜牙剣が斬り捨てる。
『ゴッドシルバリオン、レオンカイザー、頼むぞ!』
  スカイゴルドランは一気にシュバンシュタインへと肉薄すると、白い装甲へとスーパー竜牙剣を振りかぶった。
  刀を振り下ろしたその瞬間、鞭のような赤い金属が刀身に巻きついた。
『何っ?!』
  鞭の先を辿って見れば、シュバンシュタインの上に、ふわりと白い巨大花が浮いていた。エンブリオが、ラフレシアのようなその花びらを広げたのだ。その大きさはシュバンシュタインで待機していた時の四倍にまで広がり、赤い模様は中心で額のように輝いていて、鞭のように見える触手が幾本も額の後ろから伸び、虚空に身を委ねていた。
(フフフフフフ……・フフフフフ……・ハハハハハハハ……・!)
  その巨体と、直接的な武器を持っていない様子が、逆に不気味な圧力を広げていた。
  エンブリオのコックピットは操縦用のレバーもペダルも何もない小部屋の様で、その中でシリアスは専用のヘルメットを通してエスパロイドシステムとリンクしていた。目を閉じているのに、ギアの外の様子が手にとる様に見える。いや、ギアの外だけではない。
『ぬうう……とおっ!』
  触手をなんとか振り切ったスカイゴルドランは、エンブリオに斬りかかった。
  だが刃が届くその一瞬、エンブリオの姿が消え失せる。
『……?!』
前方にあった気配が背後にある。
『何っ?!』
  消えたのではない。移動したのだ。それも超スピードによってではなく、空間そのものを超えて。テレポーテーションだった。
『おのれ!』
  再び刀を構えてスカイゴルドランはエンブリオに斬りかかった。それもかわされる。エンブリオはからかうように黄金勇者の視界の範囲に逃げて見せた。
『……・どういうことだ、これは……。 
  でぇい!』
  気合を込めた一撃が空しく宙を斬る。
(無駄だ。私にはお前の考えが手にとるようにわかる)
  エスパロイドシステム(ERS)は、通常の人間では得られないESP能力を機械的に再現したもので、BDASをベースに、ザゾリガンで使用した脳波誘導型のギアのOSを組み込んだシリアスの自信作だった。
『何をーー!』
  触手が戯れのように伸びてスカイゴルドランの頭部を弾く。
『うわっ!』
触手が触れた瞬間、シリアスの脳裏にリモートビューイングのように、倒れたアドベンジャーとそれを心配するタクヤ達の姿が見えた。
(おまえ達の目的は抗ウイルス剤だったのか)
『何ぃ?!』
  エンブリオが目の前に現れてから、口にしたはずのない言葉に、スカイゴルドランは戦慄する。
『スカイゴルドラン!』
  エクセルギアを相手にしていたレオンカイザーとゴッドシルバリオンが、エンブリオに気付いて加勢しようと反転する。背後からは尚も無数のエクセルギアが追いかけてくる。
(ふっ)
  誰かが冷笑したような気配を感じた。と思った瞬間、レオンカイザーとゴッドシルバリオンは目に見えない壁に弾き返された。
『うわ!』
『何だ?!』
  二体の勇者も嫌な予感に動けぬまま、エンブリオを睨みつけた。
(驚くのはこれからだ)
  エンブリオの機体が白く発光する。光はだんだんと膨張していった。
『あれは一体……・』
『い、いかん! 逃げろ!!』
  逃げることに戸惑いはなかった。主にも言われていたことだ。「危なくなったら逃げろ」と。
  光の膨張する加速度は次第に増していった。それが遂に臨界点を超える。勇者たちは追いついてきたエクセルギアを振り払い、更に遠くへと速度を上げるが、光は超新星のように自軍のエクセルギアすら飲み込み、追いかけてくる。
『おのれ、このままでは……』
  逃げるスピードを更にあげるが、間に合わなかった。
『うわっ……!!』
  巨大な閃光は、勇者たちの悲鳴すら吸いこんだ。
(フフフフフフ……・ハハハハハハハ……・)
  暗闇と静寂の戻った宇宙空間には、瓦礫と化したエクセルギアがエンブリオの周りに無数に浮いていた。


 一方カースト星の地表では、タクヤ、カズキ、ダイの三人と、カーネルとシャランラがアドベンジャーの側で座ったり立ったりうろうろしたしながら、まんじりと待っていた。
「あと一時間、一時間だぞ!」
「落ち着くんだタクヤ。ゴルドラン達だって必死に戦ってるんだ!」
  イライラとしたタクヤを表面だけは冷静なカズキがなんとか宥める。だが、表面化された不安に触発されたダイも我慢しきれなくなったように声を漏らした。
「でも、でも、もしも抗ウイルス剤が間に合わなかったら……」
  ブワッっとダイの声を掻き消すように突如砂柱が立った。
「?!」
「な、なんだ?!」
  砂漠の一角が盛り上がり、何かが出てくる。ぎらりと光った眼光と牙。
「「「うわーーーーーっ!!」」」
「きゃーーー!!」
「宇宙恐竜だ!」
「逃げろ!!」
  五人は必死になって逃げた。アドベンジャーを置いていくようで嫌だったが、武器も何もない今は逃げるしか手立てがなかった。
「はっ……はっ……・」
「行き止まりですぞ!」
  砂でできた脆い崖が、目の前に聳え立つ。
「なんだ、こんな坂……!」
  なんとか上ろうと足を動かすが、流砂は絶え間なく下へと引き摺り下ろす。背後にズシンと射した影に、嫌々顔を向けた。
「あ、ああ……」
「来た〜〜〜〜!」
「タクヤ君……」
  ダイがタクヤのシャツを握り締める。
「なんでこーなるんだよぉ……」
「俺たち食ったら腹壊すぞ……」
「私なぞ旨みもありません!」
「あーん、シャランラお嫁入り前なのに〜〜〜!」
  宇宙恐竜が大きく口を開けて襲い掛かってきた。
「あーーーっ!」
  頭を抱えて目を瞑る。だが、数瞬が経っても痛みはこなかった。
「うん……?」
  まだ生臭い息を感じる。恐る恐る目をあけると、口を開いたままの宇宙恐竜が止まっていた。そのままずりずりと後ろに、引っ張られていく。
『あ、主達に、手を出すなーーーッ!!』
  お子達は目を見張った。アドベンジャーが変形して宇宙恐竜の尻尾を掴み、そのまま懇親の力をこめて放り投げた。
『主よ、無事か?』
「アドベンジャー!」
  全身は完全に砂緑色の黴で覆い尽くされ、立っているのがやっとの彼は、無事な主を視界の端で確認すると、そのまま倒れてしまった。
「ああ……!」
「アドベンジャー!」
「大丈夫か?」
「しっかりしろ、アドベンジャー!」
  少し離れてその光景を見ていたシャランラは、ふと聞こえたエンジン音に頭上を見上げた。
「しゃらですわ!」
  お子達も顔を上げる。金と銀の光が、空から高速で落ちてきているのが見えた。
「見ろ!」
「ゴルドランだ! 皆が帰ってきたんだ!!」
  自然と零れた笑顔が、落下した巨体の前に凍りついた。誰もが全身に酷い傷を負い、ボロボロだった。
「み、皆……・」
「おまえ等、その体……・」
『す、すまぬ、主……』
『抗ウイルス剤は、まだ……』
  彼らは降りてきたのではなく、落とされたのだ。
  不意に突風が吹き荒れた。子供達は吹き飛ばされそうになるのを必死にこらえる。
「うわっ!」
「急になんだ?!」
  そして風が吹いただけだというのに、砂に埋もれていた幾つもの大岩が質量を感じさせず宙に浮いた。
『っ……ヤツだ!!』
  スカイゴルドランが強張った声を上げる。
(フフフフフ……・)
  その場にいる全員に、笑い声が聞こえた。この場にいる誰のものでもない声。
  そして不意にエンブリオが浮いた岩の中央に現れた。
『うう……』
『ここまで追ってきたか!』
「な、なんだ?!」
(ここがおまえ達の墓場だ)
  浮かび上がった大岩が、勇者たちに襲いかかった。
『うわあーーーー!!!』


  特にすることもないイーターは、シュバンシュタインの牢の中で行儀悪く仰向けに寝転がっていた。側を巡回のシリアス親衛隊が通り過ぎていく。足音が遠ざかるテンポが、途切れた。
「う、うう……ああ……」
  アンドロイドである親衛隊員が、突然のた打ち回り始めたのだ。それに気付いたイーターは起き上がって、倒れた親衛隊を気遣うように見た。
「お、おい……?」
  声をかけようと伸ばした手に触れた鉄格子が、いきなりボロリと崩れ去る。
「何?」
  イーターははっとして自分の手を見た。崩れた鉄にこびりついていた灰緑の黴。親衛隊員の体にも同じものが浮き上がっていた。
「あ……・これは……」
  さっきアドベンジャーの体を点検した時に付着したまま、軽く乾いたハンカチで拭ってそのままだった宇宙バクテリア。
「ノスフェラトス……!」
  イーターはニヤリと笑うと、腐った鉄格子の外に飛び出した。
『艦内にノスフェラトス発生! 至急、抗ウイルス剤による処置を急げ! 繰り返す! 抗ウイルス剤による処置を急げ!!』
  警報が発令されたシュバンシュタインの一角に拘束されているキャプテンシャークの元にも、艦内放送は聞こえていた。電磁バリアは相変わらずだが、体力を奪うようなものではない。それが唐突に消えた。格納庫の扉が開き、イーター・イーザックが走ってくる。
『お? 船長!』
「発進だ! キャプテンシャーク!!」
『アイアイサー!』
  抗ウイルス剤の場所は、親衛隊の動きをトレースして既にわかっている。キャプテンシャークは主を乗せると、格納庫の壁をぶち破って真っ直ぐに艦内の化学工場へと向かった。


  スカイゴルドランがスーパー竜牙剣を、レオンカイザーがカイザージャベリンを、ゴッドシルバリオンがトライランサーを構えてエンブリオに立ち向かう。だが、その攻撃は装甲にすら届かずに、弾き返された。
『うわぁぁーーっ!!』
  空気の波紋がお子達にも伝わる。直ぐにカズキは理解した。
「こいつ、超能力を操るロボット……!」
「なんて恐ろしい……」
  そして超能力を操る以上、生身の人間――――シリアスが乗っていることも。
  人が乗っているのならば、自分達でも何か助けることはできないか、考え始めた時だった。
『うおお……お……』
  アドベンジャーが力のないうめき声を漏らし、最後まで灯っていた眼の光が、お子達の目の前で消えていく。
「アドベンジャー!」
「アドベンジャー!!」
「そ、そんな……」
「嘘だろ?!」
「目を開けろ、アドベンジャー!」
「死んじゃダメだ!」
「アドベンジャー!」
  タクヤ達は恐くてアドベンジャーに縋ることもできず、ただ口々に呼びかける。
  そんな彼らに慈雨が降り注いだ。
「?」
  上空でホバリングしているキャプンテシャークから、大量の液体がアドベンジャーに放出されていた。
「キャプテンシャーク!」
「若!」
「イーザック様!」
「死ぬな。死んではならんぞ、アドベンジャー!」

  エンブリオの触手がスカイゴルドラン達を捕まえ、電撃を流した。
『しまった!』
『うわああ!』
『お、おのれ……どああ……!』
『があぁぁ…・!』
(フフフフフ……)

  抗ウイルス剤を浴びて黴は大分洗い流されても、アドベンジャーはぴくりとも動かなかった。砂には液体が大量に染み込み、お子達は濡れ鼠になっていた。
「アドベンジャー、起きろ! 起きるんだ!」
「アドベンジャー、俺たちの声が聞こえないのか?!」
「お願い! 目を覚まして!!」
「アドベンジャー!!」
「勇者さん!」
「仲間がピンチの時なのですぞ!」
  祈るように言葉を重ねる。変化のない鋼鉄の体に、タクヤ達は縋りついて祈った。
「アドベンジャー……」
  長い沈黙の末、ぴくりとアドベンジャーの指先が動いた。
 
  電撃を浴びて息も絶え絶えになった勇者たちを、エンブリオは大地に投げ捨てた。
『うおお……あう!』
『うわあ!』
『ああ!!』
(フフフフ……やったぞ! レジェンドラの勇者を今こそ、この手に……!)
『うう……ああっ……』
  触手の先端にエネルギーが集まる。そこから何が迸るのか想像もつかない恐れと、主やアドベンジャーを守りきれなかった不甲斐なさに、スカイゴルドランは歯噛みする。
(お喜びください父上。
  トドメだ!)
  触手からビームが放たれようとした瞬間、エンブリオの背後に衝撃が起こった。
(何?!)
『私が相手だ!』
  振り返ったそこには、ノスフェラトスを全て克服したアドベンジャーがフルアーマーモードで立っていた。
(貴様は……!)
  倒れたアドベンジャーの思考は、シリアスの検索の考慮に入っていなかったのだ。だが咄嗟にサイコバリアーを張り、アドベンジャーの攻撃を凌ぐ。
『むう。ならば!』
  次の攻撃は、シリアスは読み切った。
『ギャラクティカバスター!!』
(無駄だ)
  アドベンジャーが胸部の蓋を思い切り開き、高密度エネルギー弾を発射する!
  シリアスはバリアーのエネルギー出力を増大させると、ギャラクティカバスターのエネルギーを弾いた。
『む、奴のエネルギーの方が勝っているのか!』
  自分の最大の武器が防がれた上、仲間達は戦えぬ程に傷を受けている。それでもアドベンジャーは必死にエンブリオを睨みつけ、攻撃の手段を探った。
(ふっ、貴様の攻撃はそこまでか)
  エンブリオが触手の先端をアドベンジャーに向ける。
『何を!』
  アドベンジャーは同一射撃軸線上にスマートガンを構えた。上空からミサイルがエンブリオに降り注ぐ。
(何っ?!)
  キャプテンシャークだった。シリアスはゴルドラン達を追うのに夢中でカースト星の重力圏外から直接テレポーテーションしてきた為、キャプテンシャークの存在を考慮に入れていなかった。アドベンジャーの復活が彼のお陰だという考えが咄嗟に至らなかったのだ。
『アドベンジャー、オレのエネルギーを使え!』
『キャプテンシャーク!』
  キャプテンシャークがロボット形態に変形して叫んだ。
『合体だぁ!』
  瞬間、アドベンジャーの記憶の封印が一つ外される。
『ようし! チェンーンジ!!』
  SL形態へと変形すると、スパイラルランチャーを外したキャプテンシャークの右肩へとジョイントする。エネルギーバイパスが直結し、キャプテンシャークのエネルギーがそのままアドベンジャーへと流れ込む。
『ハイパーギャラクティカバスターモード!!』
(何だと?!)
  先程キャプテンシャークへ避難するようにと言われたタクヤたちは、心配のあまり戦場へ戻ってきて、驚愕に目を見開いた。
「「あーーー!!!」」」
「キャプテンシャークとアドベンジャーが合体しちゃったあ?!」
  キャプテンシャークの右目の眼帯の下で、照準が目まぐるしく計測される。両脹脛の裏が開き、反動に備えて躯体を地面へと固定する。
『ファイヤーーー!!!』
  シリアスはギャラクティカバスターの数倍にも書き換えられたエネルギーに、咄嗟に全体を覆うサイコバリアーではなく、一点集中破壊型のサイコブラスターに切り替えた。
  空中で膨大なエネルギー同士が激突する。
「うわあっ!」
「っととと…・!」
  吹き荒れる砂嵐に、タクヤ達は吹き飛ばされそうになった。
『うおおおおおおお!!!』
『ぬおおおおおおお!!!』
  二体の勇者が咆哮を上げた。単発のギャラクティカバスターと違い、エネルギーの放出はまだ続いている。それが更に出力を上げた。
「何っ?!」
  エンブリオのアンプリフィアーの数値を遥かに上回るエネルギー係数に、咄嗟にシリアスは思考を緩めた。それが命取りだった。
  サイコブラスターのエネルギーを突き破り、ハイパーギャラクティカバスターがエンブリオに突き刺さる。爆発四散するエンブリオの中から脱出ポッドが射出された。
「ば、バカなっ……!」
  シリアスは脱出ポッドの中で、頭痛のする頭からヘルメットを外して冷や汗を拭った。
「「「アドベンジャー!!!」」」
  タクヤが、カズキが、ダイが、笑顔でアドベンジャーとキャプテンシャークの元に駆け寄る。シャランラとカーネルもその後を追い、ゴルドラン達も立ち上がっていた。

  あー、もー、本当に良かったぜ……」
「ったくヒヤヒヤさせんなよ」
「治って良かったね。皆も、もう大丈夫?」
『申し訳ありません、主』
『我々はもう大丈夫だ』
  再び伸び出た光のレールの上で、三人の主はそれぞれに勇者の無事を労った。あの後、抗ウイルス剤とは別に奪取してきたワクチンがドラン達にも降りかけられて、その後の対処もばっちりだった。
「ま、今回は悪太に感謝してやるか」
「今回『も』でしょ?」
「うわー、イヤな響き!」
  三人が顔を見合わせて笑う。アドベンジャーは主達の姿に頬を緩ませ、そっと通信を送った。
『ありがとう。イーザック船長、キャプテンシャーク。
君達の活躍がなければ、今頃私は……』




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