荒野の勇者
- die Tapferen der Wildnis -



「今日はここで休むとするか」
フードを目深に被った男はそう呟くと、砂塵の絶えない荒野の崖っぷちから見えた街に、今夜の宿を定めた。 喧騒の中で、扉の開閉に気を使うやつなどいない。使うとすれば、この酒場兼宿屋のマスターぐらいだろう。
「いらっしゃい」
騒がしく酒を要求する客に一瓶放り投げ、カウンターに来た男に声をかける。 防砂塵用のフードを取ると、目鼻立ちの整った男の顔が現れた。俳優系のあまっちょろい顔つきではない。 さわやかな印象を与えているが、間違いなく場数を踏んだ戦士の顔だ。古い言い方だと醤油顔などと言われる部類だ。 無造作に伸びた黒髪は、一つにまとめられて無骨なようにはみえなかった。マスターがさりげなく腰の辺りに目をやると、そこに下がっていたのは銃ではなく、剣だった。 それも、普段旅している剣士が持っているものよりも大分細身だ。突きを目的としたレイピア系にも見えない。
「こりゃまた珍しいモン持ってるね」
「よく言われる」
男は苦笑すると、愛しそうに柄を撫でた。
「で、酒かい?宿かい?」
「両方頼む。
それで、人を探しているのだが」
「人ねえ・・・・」
今日日、行方不明者など珍しくない。世界が狂ってしまったのだ。 何十年も雨が振らずに砂漠化してしまった土地が一夜の内に緑豊かなオアシスになったり、機械仕掛けの大都市が人を残して掻き消えてしまったこともある。 重力でさえも土地や時間によって異なってしまう。学者が頭をかかえる超常現象が多発し始めておよそ100年近くが経っていた。 かつて宇宙にまで勢力を伸ばしていたこの星も、役にたたない自然の摂理が横行しはじめてから、すっかりその力を失ってしまった。 聞くところによると、最後に連絡の取れた惑星からも似たような現象が見えたらしい。
「一応、ギルドにゃ声をかけとくよ」
人の集まる酒場や宿屋は、銀行などよりよほど信用のおける場所だった。 こんな世の中だからこそ人々は信用と真実というものを大事にした。ことに横のつながりのあるギルドは強い。
「誰を探してるんだ?仇か?家出した女房か?」
「いや、12.3歳ぐらいの男の子3人だ」
「あんたの息子か?」
からかい混じりに空のグラスを出す。男はそれを見て、米が原料の蒸留酒を注文した。どうみても20代半ばだ。 いくらなんでもそんな年の子供がいるとは思えない。それも3人。
「いや。私の主だ」
「主ね。こりゃ珍しい。3日ぐらい前に、あんたと同じ事言ってたヤツがいたよ」
「何!?本当か?!」
「ああ。金持ちのいたずら坊主でも追いかけさせられているのか?難儀なこった」
「金持ちではないが、いたずら坊主には違いないな」
苦笑しながらスツールに腰掛け、ようやくグラスに手を伸ばす。苦笑した理由は単純だった。 何しろ、自分はまだその主に会ったことがないのだ。
だが、それでも。
生まれたときから何度も夢にみた少年たちの姿が忘れられなかった。 名前も姿も声もよく憶えてはいないが、常に3人いて、とてもいたずら好きで、そして優しかったのを憶えている。何よりも大事だったのだ。 だから、産み、育ててくれた親兄弟のもとを離れて、こうしてあてもなく探している。
「どんな者が探していたのだ?」
「そうさな。そいつも変わった武器を持ってたな。槍、ともちょっと違うし・・・・」
(仲間だ・・・・!)
男は嬉しさのあまり、ひそかに唇をかみ締めた。夢の気配が正しければ、仲間が7人ほどいたはずだ。 少し離れた場所にもまた5人ほど。
いきなりとんでもない轟音が鳴り響いた。
「嵐か!まったく。昔は予兆ぐらいはあったのに!」
マスターは舌打ちすると、カウンターにあったボタンを押した。出入り口にシャッターが下りてくる。
「予兆どころか法則もない世界か・・・・」
「神様が死んじまったのさ」
自分もグラスを取り出して、男の前の瓶から一杯貰った。
「いや、年をとったので疲れたのだと思う。きっと、ああやって困らせれば後継ぎが出てきてくれると思っているのかも知れない」
「・・・・あんた、面白いこと言うね」
「そうか?」
男はそれから少量の食事を済ませると、部屋の鍵を貰った。
「ああ、さっきの探し人の話だがな。連絡の為に、あんたの名前は?」
カウンターの横の階段を上りながら、男は振り返った。
「ドラン」



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