翌朝、ドランは宿の前で懐に入れてあった赤い宝石を取り出した。 故郷の風習で、赤ん坊に贈られるお守り用の宝石だ。それを軽く頭上に放る。地面に転がった宝石は、ドランを中心に西側に落ちていた。 「どこへいくんだい?」 朝も早くから出かける客に、マスターが食事を用意してくれている。 「とりあえず、西の方にいってみようと思う」 「そうか。こっから一番近いのは、フランジアって町だ。『打ち響く鐘のフランジア』って、呼ばれている。 運がよければ『空影(そらかげ)』ってやつが酒場にいるはずだ」 「かたじけない」 携帯用の食料も用意してもらい、ドランは大目の金子を渡して、少し湿った砂地を歩き始めた。 気象の読めない荒野を歩くこと三日。ドランはフランジアまでの道中宿場町に辿り着いた。 ここは丁度半分ほどの距離になる。ドランは迷うことなく酒場兼宿屋に向かった。 カウンターには旅装をした男が一人、静かにグラスを傾けている。ドランはその男の隣に座った。 他に席が空いていないわけでもないのに、隣に。 「すまない」 「いえ、構いません。どうせ一人でしたから」 柔らかい金髪を揺らして笑う。こちらこそ、女性の好みそうな細面の美形である。 側には彼の装備らしき武器が置かれていた。短いが、その形状は馬上で使うようなスピアだ。彼も変わった武器を使っている。 不意に眩暈がドランを襲った。いつもの『あの夢』をみた後の目覚めのような、奇妙な感覚。 「わ、私は・・・ドランと申す者。君は?」 「私は・・・・翼<つばさ>といいます」 翼はまじまじとドランを見た。 「不思議ですね。私は、あなたと以前に会ったことがある気がします。いえ、ただ会っているだけでなく、もっとずっと・・・長い間一緒にいたような」 「私もそう思った。そう、主と一緒にいた・・・・」 「主?あなたは主のことを知っているのですか?!」 翼がドランに掴みかからんばかりの勢いで迫った。 「お、落ち着いてくれ!私も主の場所は知らない。いや、それよりも、君の主というのは・・・・」 なんとか翼を椅子に座らせ、落ち着かせる。すぐに自分の姿を恥じ入った翼は、それでも気を取り直してドランを見た。 「子供です。三人の少年です。それ以上はわからない。ですが、彼ら以上に愛しいものを私は知らない。 おかしいでしょう?知りもしない人のことを主と呼び、大事にしているなんて」 「それは私も同じだ。これだけが、主のもとに導いてくれると信じて、こうしてあてもなく彷徨っている」 ドランは懐から例の赤い宝石を取り出した。 「私もです」 翼も懐に手をやると、青緑色の綺麗な石を取り出した。形は全くドランの持つ石と同じである。 「不思議な力があるんですよ。信じないかもしれませんが、これのおかげで助かったことが何度もあるんです。私はパワーストーンと呼んでいます」 「パワーストーンか。懐かしい響きだ」 ドランと翼は再会した友のように酒を酌み交わし、一緒に主を探そうとするまで語り合った。 「親父ィ!酒だ、酒!酒くれようっ!なくなっちまったィ!!」 扉にもたれかかって空の酒瓶を抱えている男がわめいている。 「またか。あんたもちょっと控えなよ」 「てやんでいっ!金なら毎度払ってるじゃねーか!」 「そんなところでわめかれちゃ営業妨害さ。商売の邪魔するやつに酒は売れねえ」 男はヒックと喉を鳴らし、その場に崩れた。相当酔っているようだ。 「大丈夫か?」 ドランは倒れた男の側に近寄った。 「ああ、ほっといて大丈夫さ。すぐに眼を覚ます」 「しかし・・・・」 「そいつあフランジアから流されてきた保安官だ。厄介事に関わるのは止したほうがいい」 「フランジア?この先の町だな」 「そう。『打ち響く鐘のフランジア』。あそこで葬式のない日はねえ」 ドランは改めて男を見下ろした。胸に六茫星の保安官バッジをつけて、短く刈り込んだ茶色の髪をしている。再び強烈な眩暈が襲った。 「ドラン、どうしたのです?」 固まったようになってしまったドランの肩をゆすった翼も似たような状況に陥る。 「こ、これは・・・・」 「私、彼の姿を見ました。ええ、彼は私の仲間です。血肉を分けた親兄弟よりもずっと深い」 翼が男を背負い、先ほどとった自分の部屋に連れて行く。ドランも後を追った。 「やれやれ。物好きなやつらがいたもんだよ」 二階の部屋に運び込むと、濡らした布で顔と首を拭う。冷たさに男はばっと飛び起きた。 「大丈夫ですか?」 「あ?」 目を瞬かせ、周りをきょろきょろと見回して、ドランと翼を交互に見て、男はようやく状況を理解したらしい。 「あー、悪ィな。ところで、どっかで会ったことなかったか?」 「やはり」 ドランと翼は顔を見合わせてうなずいた。 「我々は、主を探している。もし居場所を知っていたら教えて欲しい」 「主?!主のこと知ってんか!」 男は自分のことをハヤタと名乗った。 「ガキのときから夢みてんだ。お子様3人でさ、いっつも無茶な命令してばっかりでよう。でもさ、すげえ、会いたいんだよな」 ハヤタは取り出した宝石を眺め、寂しさと懐かしさの入り混じった表情をすると、酔い覚ましに持って来た水をあおった。その宝石は翼と全く同じものだ。 「しかし、主に会えぬ故にあのような飲酒を?」 「違うよ。オレぁ、フランジアで保安官をやってたんだ。そう、やってた。あの町は昔っからギャングが多かった。 人死にが多いのはそのせいさ。だけど、そんな街でもオレの生まれ育った場所だ。なんとかしたくて保安官になった。 そんでとうとう、表立って暴れるような下っ端じゃねえ。他の町まで手を出すような大物をとっ捕まえたんだよ。 それが、保安官組織の上部と繋がってやがって・・・・・!」 ハヤタは床を睨みつけると、持っていたグラスを叩きつける。幸い、ひび一つ入らなかった。 「それはひどい」 「それで、主も探せずにこうしてやさぐれていたといわけか」 「まあな・・・・・」 「あなたらしくもないですね。普段ならもっと短絡的に決着をつけようとするくせに」 「そうか?」 言外に「やっちゃいましょう」という翼に、ハヤタが驚く。 「見過ごせぬ一件であるし、私はフランジア自体にも用がある。ついでに悪漢を成敗できれば良いではないか」 「手伝ってくれるのか!」 ドラン達は更に三日を要してフランジアに辿り着いた。かつては観光名所とまで言われた大きな鐘が今では毎日の葬式を告げている。 実際、今日もこの町に入る前にも数度聞こえた。今もまた鐘が鳴っている。それでも人が出て行かないのだ。不思議なことに。 「黙ってたって、辛気臭えのは消えやしねえ・・・・」 「何もせずにいるということは、絶望してしまっているというなのだろうか?」 先に酒場と宿屋を兼ねている場所に向かう。ギルドに属しているその宿屋は、必ず各街に一つと決まっていた。 中に入ると、七色の虹をでんと染め抜いた浴衣を着流し、頭部に覆面を巻いた男が座っていた。 「・・・・派手、ですね・・・・・」 「ああ・・・・・」 度肝を抜かれた翼とハヤタは、やっとのことでそれだけの声を出した。 「拙者に人探しの依頼をしたのは、お主だな?」 眼帯をした隻眼でドランを真っ直ぐに見据え、覆面の奥から聞こえた声は以外にも通りが良い。 同時にドランに、またも郷愁の念にも似た感覚が甦る。 「そ、そうだが・・・・」 「拙者は空影。お主に頼まれた情報を持って来たでござる」 「そうか!」 勇んで空影の正面に座る。 「生憎だが、お主の探している三人組の子供の姿を見かけた者はござらん」 「ああん?それじゃちっとも情報にならねーじゃねえかよ!」 ハヤタがテーブルに手をついて怒鳴った。 「話はまだ終わっておらぬ。だが、それぞれの特徴があるのならば、あるいは単独行動をしている姿を見分けられるやもしれぬ。心当たりはないか?」 「心当たりと言われても・・・・三人一緒の姿しか覚えていませんからねえ・・・・」 「どこで何をしていようが、必ず目立つと思うのだ。有名な子供でいい」 「なるほど」 空影は俯き、しばし記憶を探っているようだった。 「ここより最も近くでは、南に『深緑のユーテラス』という動物園がござる。 そこの飼育係の少年が有名だ。一つの手がかりとするがよいでござろう。 次の情報が欲しくば、拙者はそこで待つ」 「待ってくれ!」 立ち去ろうとする空影を、ドランが呼び止める。 「報酬ならば、拙者の情報が真であった時に払ってもらおう」 「いや、そうではない。『ネットワーク管理者』に、この街の保安官組織について申告したい。頼めるか?」 世界に『政府』と呼べるような組織はない。国になれるほど多くの人間がいないのもあるし、点在する町や村が離れすぎているのもある。 交通の便が発達しようにも、地形がころころ変わったり、自然界の法則が見出せないからだった。 例えばここフランジアは、今でこそ砂漠の中の街だが、数ヶ月前までは鬱蒼としたジャングルだったという。 それぞれの町や村が独自の方式で辛うじて自治をしているに過ぎなかった。 だが、人も物も動くものだ。細々としてはいるが、横のつながりは強かった。 旅人を中心とした情報を管理している『ギルド』は宿屋兼酒場を経営しているし、商人たちは『くもの巣』と呼ばれる情報ルートを、医者は『神経』、保安官たちは『星座』と、さまざまな情報伝達ルートがあった。 『ネットワーク管理者』は、それら横のつながりを全て把握している組織である。空影のような探偵は、通常はそれぞれのネットワークに専属でいるのだが、フリーの空影は『ネットワーク管理者』から依頼を受けて動くことが多かった。 当然、得られる情報の量も多い。 ドランは、逃げる場所のないこの町の人たちを、他の健全な組織が助けてくれるように頼みたかったのだ。 例えこの場でドラン達が下手人を捕まえたとしても、それはあくまで一時的なものにしかならない。 根本を正さなければ、何度でも同じ事は繰り返される。そして、正すだけの時間はドラン達にはなかった。彼等は旅人なのだ。 「・・・・拙者は正確な情報しか売らぬ。証拠を見つけてきたのならば、それを流そう」 「そうか」 これ以上は食い下がれなさそうだった。ドランは引く前に、もう一度だけ声をかけた。 「私と、以前にあったことはないか?」 「拙者は常に孤高の道を選んでいる」 空影はそれだけいうと席を立った。 「ちっ。探偵だったらそれぐらい忍び込めってんだ!」 「あまり気にしても仕方がないでしょう。それよりも、その証拠を見つけなければ。 あなたは一度は逮捕したんでしょう?その時の証拠はどうしたんです?」 「とっくに取り上げられちまって、灰の中さ」 ハヤタはお手上げと、行儀悪く両足をテーブルに乗せた。 「ドラン?」 翼が、空影の出て行った方向ばかりを見ているドランに声をかけた。 「あ、ああ・・・すまない。二人とも、空影に何か感じなかったか?」 「いいえ?」 「あんなムカツクやつにか?まさか」 「そうか・・・・・」 「あなたは何か感じたのですが?」 「うむ」 それも、翼やハヤタよりも更に強いつながりを。 「しかし、君たちが感じなかったということは、ひょっとしたら無関係なのかもしれないな」 「ぜってーそうだって!で、何か証拠を掴むいい方法でも思いついたか?」 「そうだな・・・・」 顎に手を当てて考えていたドランだが、脳裏を掠めたのは主の姿だった。 ”スカイゴルドラン、やっちゃいなさい!” 「?!」 はっきり聞こえたのは主の声。そう、聞きたかった主の声だ。覚めたら忘れる頼りないものではなかった。 同時に主ならこうするであろう方法が思い浮かぶ。 「見つからないのならば取りにいけば良い」 「はあ?」 「悪いやつというのは人を信用しないものだ。相手を利用し、こちらも利用されないためには、必ず証書かそれに近いものが必要となるはず。 絶対にどこかに証拠はある。それを取りに行けばよいのだ」 自信たっぷりにドランはそう言い切った。 「取りに行くって、一体どこへ?」 「保安官事務所でいいのではないか?」 翌日。朝にも鐘がなる。 鐘の音と黙祷が終わったフランジアの銀行に、五人の強盗が入った。 「おらおらおらおらっ!金出せ、金!!」 銃を乱射して店内にいる人間を威嚇する。 「キャアああああっ!!」 おずおずと店長が金庫の鍵を渡そうとした時だった。 「待てい!」 入り口から差し込む光を後光のように背に受けた、3人の男が立ちはだかった。 「天から降ったか地から湧いたか三千世界を乱す奴!天に代わって打ち砕くッ!! 正義の使者、黄金剣士見参!!」 「正義の助っ人、空の騎士参上!」 「同じく、星の騎士!」 一人は金と赤の、一人は銀と赤の、もう一人は銀と青のハリボテでできた鎧兜に身を固めた三人は、ぎくしゃくとしたロボットのように動いた。 「な、なんでえ、こいつら?!」 あっけにとられ、隙だらけの強盗の体に、金と赤の男が鞘に入ったままの細身の剣を打ち下ろす。ロボットどころのスピードではない。 「ぐはっ?!」 「くそっ!やっちま・・・・」 「マッハ突き!」 先頭にカバーをつけたままのスピアが、リーダー格の男を吹っ飛ばす。 「おりゃあっ!流星斬りーーー!!」 こちらも鞘に入った剣で、二人がまとめて薙ぎ払われた。 「ひ、ひいっ?!」 「残り一人か」 「面倒くせえからやっちまおう」 逃げようとした最後の一人もあっけなく気絶させられる。 「あ、あの・・・・・」 「うむ。ちょっと立ち寄っただけだ。気にするな」 そんな格好をしていたら気になります、とは言えない行員を差し置くと、男たちは廻れ右をして出て行った。 半分の好奇心と半分の恐怖心にかられた客や行員が彼等の姿を追うと、妙な格好の三人組は、そのまま保安官事務所に雪崩れ込んだ。 後の伝聞によると、取り押さえようとする保安官を軽く蹴散らし、家捜しの後一枚の紙切れを手に入れて去って行ったらしい。 その日の鐘は、葬儀ではなく、歓喜に鳴った。 数日後、他の町からきた保安官たちによってフランジアの町は一掃されたという。 |
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