動物園『深緑のユーテラス』の朝は早い。日が昇る前には動物たちの餌を用意し、掃除もすませなけれ ばいけない。 「カイザー、みんなにごはんをあげにいくよ」 「わかった」 幼いながらも飼育係として働いているダイは、同じ部屋に寝ているカイザーを揺り起こした。 茶色に近い金髪は、たてがみのようにボリュームがある。 「う、ん・・・・ダイ、今、起きた」 「おはよう、カイザー。皆にごはんをあげにいくよ」 カイザーは神妙な顔でのそりと起き上がると、もたもたと覚束ない手つきで着替えをし、ダイの後を子犬のような従順さでついていった。 一見するとダイの倍近い身長のカイザーが、大人しく子供の言うことを聞いているのは、おかしささえ漂う。 動物園の内外でも、それはすでに名物となっていた。 カイザーは数ヶ月前に、ダイが森の中で拾ってきた青年だった。名前もダイがつけた。 初めは着る物も着ない、言葉もロクに喋れない、といった獣のような様子だった。 誰もが勝手に野垂れ死にでもさせろと言う中、ダイが仕事の間に熱心に面倒を見たおかげで、カタコトだが喋れるようになったし、仕事を手伝えるようにもなった。 以来、ずっとダイの後をついてきている。もともと人手の少ない動物園だったので、仕事の手伝いができるようになると、冷たい視線はこなくなった。 カイザーは大きな餌箱を抱えてダイの後ろをついていく。朝の餌やりと掃除が終わって、ようやく朝食にありつけるのだ。 「ごはんだよ〜」 ダイが声をかけて檻の中に入ると、腹を空かせた動物たちが俊敏な動きで寄ってきた。 餌箱を持っているカイザーが器用な動きでそれをかわしている間に、ダイが手早く掃除を済ませる。 「たいくつ」 貰うだけの餌を食べている動物を見ると、いつもカイザーはそう言った。 初めは仕事がつまらないのかと思っていたダイだが、次第にそれはここで飼われている動物たちのことを言っているのだとわかった。 「うん。そうだよね。ライオンさんやシマウマさんだって、もっと広いところに行きたいよね」 ことに草原を疾駆する動物たちには、この樹海とて狭そうだった。 「でも出られないんだよ。ここはそういう森なんだ。 だったら、せめて喧嘩が少なくなるようにって、こういう風にするしかないんだよ。人間もいるし」 ダイはカイザーの背中を撫でると(頭には手が届かないのだ)、緩慢な動きでよってくるライオンに哀れみの目を向けた。 「ダイ!ちょっと来てくれ!カイザーもだ!」 「あ、はーい!」 朝食を食べ終わったダイのところに、獣医のマックが声をかけた。 「どうしたんですか?」 「まあ、見てみろよ」 医務室にダイとカイザーを招きいれ、ベッドのシーツをめくってみせる。 中にはあちこちに包帯を巻かれ、ひどく脅えた様子の人間がうずくまっていた。十七、八ぐらいの男の人だった。 「体はさっき拾った時に洗ってやったんだが、これがまた暴れてよ」 よく見ると、鼻の上あたりや手の甲にいくつかバンソウコウが張ってある。 「誰かにこの状況、似てないか」 ダイはすぐにカイザーを見た。 「立て続けっていうにはちょっと期間が開いてるが、まあ、なんていうのかねえ・・・・。あの噂は本当だったのかもな」 「可哀想・・・・」 ダイは警戒している男に手を伸ばした。とたんにバシっと弾かれる。カイザーがダイを受け止め、喉の奥から唸り声をあげた。 「まって、カイザー!ダメだよ!僕は大丈夫だから」 「ちがう。こいつ、ダメ!」 カイザーはギンと瞳を光らせると、ダイをマックの方に向かって突き飛ばした。 「うわ?!」 同時にベッドで蹲っていた男がカイザーに向かって飛びかかる。咄嗟によけたが、肩に幾筋かの赤い線が引かれ、垂れ下がった。 「ガルルルル・・・・・」 「?!」 瞼を開いたダイとマックの目に映ったのは、床の上で威嚇の声をあげる男の肌が、みるみるうちに茶色の毛皮に覆われている瞬間だった。 そしてカイザーも。 「グ・・・オ・・・オオオオッ!ウオオオオオオッ!!!」 骨格が変わる。筋肉が変わる。長かった髪は鬣に、大きな手は鋭い爪を携えて、包帯の解け切らぬ相手を睨みつけていた。 「か、カイザー・・・・?」 二つの咆哮が響き渡ると、二匹は同時に飛び掛り、もつれ合った。最早どっちがどっちだか見分けがつかない。 「カイザー!やめてよっ!カイザー!!」 「だめだ!今は近寄るな!!」 「だって、でも・・・!」 床や壁に血飛沫が飛ぶ。やがてその狭さに耐えかねたか、片方が窓を破って外に飛び出した。残った一匹もすぐに後を追う。 「カイザー!!」 「あ、ダイっ!」 ダイはマックの腕を振り払うと、ドアから飛び出していった。 砂漠の中に、蜃気楼よりもはっきりと影を落とすものがある。鬱蒼とした森が広がるそこから先は、この砂まみれの中では別世界だった。 『聖森の檻<せいしんのおり>』と呼ばれている。ここは昔から変わらずに、ずっと森であるらしい。 更に変わったことに、人間は出入りできるのだが、動物たちは一旦この森に入ると、まるで外に出ることができなくなってしまうというのだ。 それを幸いと、森の一角を開いて動物園が経営されている。そこが空影の指定した『深緑のユーテラス』だった。 「砂漠のド真ん中にこんなモンがあるってのは、イヤミだな」 「昔はこの辺りは砂漠じゃありませんでしたからね」 「とにかく、先を急ごう。あちこちが砂だらけだ」 「そうですね」 翼が苦笑した。 森はこの娯楽の少ない世界では珍しい動物園なので、道はしっかりと整備されている。 観光客相手の土産物屋もあり、旅の埃が払えるような宿屋がいくつかあった。どこも『ギルド』に属しているが、ランク付けがある。 直営の店と、個人が経営していて、後から『ギルド』に属する形のものだ。空影がここにいると言ったのならば、直営の店にいるだろう。 宿に入って荷物を預けると、空影はまだ来ていなかった。 「先に『深緑のユーテラス』に行って、主がいるか確かめましょう」 「そうするか」 砂漠に比べたら随分冷たい森の空気の吸い込み、石で舗装された道を奥へと進んだ。 緑が豊かだからといって、人がたくさん住んでいるわけでもなさそうだ。森の縁の商売をしている人間と動物園の関係者、それとわずかばかりの狩人たちがいるばかりだ。 「やっぱマジイ動物とか放し飼いなのかね?」 「狼や熊ぐらいは野生でいるでしょうね。あとは砂漠から紛れ込んだものたちですか」 「それよりも、私は早く主に会いたい」 浮き足立つのを必死に押さえてドランが言う。子供のように駆け出したいのは、翼もハヤタも一緒だ。 石の上からはみ出した草を踏みしめて少しずつ歩く速度を速めていくと、鉄柵と派手な看板が見えてきた。 「あれが『深緑のユーテラス』か・・・・っ!」 最早駆け出そうと、一歩を踏み出した時だった。猛る獣の咆哮が聞こえた。 「?!」 ドランたちは素早く武器を抜ける姿勢で構えた。姿は見えない。声のした方に注意しながら歩みを向ける。獣の声は二匹分聞こえた。 「諍いか?」 「こんな人里付近でか?」 茂る草をできるだけ音を立てずに近づくと、二匹のライオンが死闘を繰り広げていた。どちらも致命傷に近い傷を負っている。 「ライオンもいるのかっ?この森は!!」 「まさか」 「カイザーーーーー!!!」 子供の声がした。聞いたことのある声だった。振り返る。 ぽっちゃりとした体型の少年が、今にも泣き出しそうな瞳で、草で皮膚を切るのも構わず、真っ直ぐライオンたちのいるここへ向かってくる。 頭の中が真っ白になった。同じように目に涙をいっぱい溜めて、自分の足元に抱きついてきた子供の姿が。 『ドラン!!』 タイミングが遅れた。 「主!」 翼が飛ぶ。飛んだ。踏み出した唯の一歩で十m以上の距離を飛び越え、少年の体を横抱きにして、ライオンたちの攻撃範囲から逃げた。 パワーストーンが淡く輝いているのが、ドランには見えた。 「う・・・・っ!」 巨木にしたたかに体を打ちつけた翼が息を漏らす。 「あ・・・・」 状況がわからなくなったダイは、無性に懐かしい気配を感じた。ずっとずっと前にも、こうして守ってもらったような。 それはこうして抱えてくれる腕ではなくて・・・・腕? 「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?!」 自分が誰かに助けてもらったことに気づいたダイは、慌てて翼の腕から離れ、ぶつけたらしい背中や頭をさする。 「あ、ああ・・・大丈夫です。心配しないで・・・・」 「翼、無事か!」 ドランとハヤタが急いで寄ってくる。 ぐわお、と一際大きな咆哮が森を揺るがした。血だらけのライオンが、喉を抉られたライオンの上に立ち、何度も鬨の声をあげている。それはいきなり途切れた。勝者が敗者に折り重なるように倒れた。 「カイザー!!」 ダイは翼も何もかもを放ってライオンに駆け寄った。しゃがんで様子を見ると、下になっている方は完全にこときれている。 喉のすぐそこまで出かかったものを飲み込むダイの目の前で、辛うじて息をしている方の体に変化が起こった。 「これは・・・・・」 ダイの側に控えるように近づいたドランたちが驚きの声をあげる。獣が人になっていく。 「カイザー!!」 ダイは堰を切ったようにカイザーにしがみつくと、葉の絡みついた髪を何度も梳いた。 ダイを追いかけて武装したマック他動物園の職員が駆けつけ、カイザーの手当てをしてくれた。 ドランたちはもう一匹のライオンを埋葬するのを手伝った。 「まあ、その・・・なんだ。元気だせよ」 「うん・・・・」 ベッドに寝かされているカイザーは致命傷をいくつも負い、しばらくは動かせない状態だ。 ドランはカイザーを改めて見て、やはり夢にみたような既視感を感じた。 じっとカイザーを気遣う視線のダイに、最早ドランも翼もハヤタも疑いは持たなかった。 彼は、自分達の主だ。誰よりも心優しかった、あの主。 「・・・・・マックさん」 「うん?」 「ここの人たちが、カイザーを拾った時に、「捨ててこい」って言ってたのは、もしかして・・・・」 「まあな。昔からある迷信みたいなもんだが・・・・『ヨフィエルの棺』から化け物が出てくるっていうな。 こいつの体、どっかから逃げ出した奴隷だのなんだのにしちゃ綺麗すぎたし、消毒の匂いみたいなのがした。 第一、こっちの言葉なんか全然理解できなかっただろう?だから皆、警戒したんだ」 「『ヨフィエルの棺』とは?」 黙ってダイとマックの会話を聞いていたドランが口をはさんだ。 「廃棄された昔の研究施設らしい。世界がこんな風になっちまう前のことだから詳しいことはわからないが、動物実験かなんかしてたらしくってな。 そいつらが逃げ出さないように作られたのがこの『聖森の檻』だって聞いたことがある」 「なんと・・・・!」 思わず絶句する。 しばらく流れた沈黙を、鍔鳴りの音が破った。 「ドラン?」 「その『ヨフィエルの棺』とやらを、見てみたくなった」 「オレも見てみたくなったぜ」 ハヤタが壁に立てかけておいた両刃の剣を取る。 「私も行きましょう。あなた達二人だと、どうも心配で」 「・・・・僕も行くよ」 「ダイ殿」 確信はあったが、まだ主かどうかも確かめていない。 「行って、もしカイザーみたいに助けられる人がいたら、助けてあげたいんだ」 「そうか」 ドランはそれだけ言うと、マックに一礼をして医務室から出て行った。それに続く翼、ハヤタを追って、ダイも走った。 「・・・・・あいつら、どこかで見た気がするんだよなあ・・・・・」 マックは煙草に火をつけると、ゆっくり煙を吐いた。 『ヨフィエルの棺』の場所を見つけるのは困難だった。方向はだいたいわかる。 緑のひたすら濃い方に行けばよいと、『深緑のユーテラス』の園長が教えてくれた。ただ、濃いにしても限度というものがあるのだ。 岩のように固く絡み合った樹や、滝のように流れるツタ。吐き出される酸素や水分が眩暈を引き起こし そうになる。鳥が飛ぶのさえ困難なほど密集した緑を斬り開いて、ようやく錆びついた人工の建物を発見した。まさに古代遺跡でも発掘した気分だ。 「ここか・・・・」 「面倒くせえから斬っちまうぜ」 「うむ」 ハヤタが扉から一歩退き、剣を構える。 「流星斬りーーーーーー!!!」 扉は剣が届く前にいきなりスライドした。 「おわわわわっ?!」 蹈鞴を踏んだが間に合わない。ハヤタはべちっと蛙のように転んだ。薄暗い室内にぱぱっと明かりが灯る。 『当、遺伝子研究所へヨウコソ。見学者ノ方ハ右ノ、関係者ノ方ハ左ノ扉デIDかーどヲ提示シテクダサイ。 いんふぉめーしょんヲ御覧ニナリタイ方ハ、正面ノぱねるヲ御利用クダサイ』 「まだ機械が生きていたのか・・・・・」 「人は・・・・誰かいるの?」 「いや、人の気配はしない」 一応正面パネルに向かうと、見学者コースの概要が表示された。地下で研究施設の一部が見れるらしい。そのまま左の扉に向かう。 『IDかーどノ提示ヲシテクダサイ』 「これがIDカードだよっ!」 ハヤタが今度こそはと豪快に剣を振るう。すだれのようになった扉に蹴りを入れて中に入った。 警告音が鳴り響き、蛍光灯の代わりに明滅する赤いランプが辺りを照らした。 『不法侵入者ニ退去命令!警告シマス!不法侵入者ニ退去命令!警告シマス!不法侵入者ニ退去命令!警告シマス!・・・・・』 マシンボイスをしばらく放っていくつかの部屋を抜けると、エレベーターがあった。 「動くか?」 「ああ、こっち来た!!」 ダイが悲鳴をあげてガードロボットを指す。 「非常階段で!」 翼が三人を階段に押し込み、殿を務める。一階下りるごとに中を探索し、わざとガードロボットを引き付けた。 「こ、攻撃してくる〜〜〜〜〜!!」 ダイが悲鳴をあげてレーザーから逃げ惑う。無人の研究所に火の手があがった。 「こっちです!」 盾の鏡面でレーザーを跳ね返し、翼が遅れるダイを引っ張る。階段の終点に辿り着いた部屋で、胸の悪くなる光景を見た。 今までの部屋は、あくまで数値上の解析をするだけの場所だった。いくつかの画面には遺伝子の配列が並んでいたが、それだけだった。だが、ここには、それが形となって置かれている。 『登録遺伝子ノ全解析完了シマシタ。互換可能生物ノ遺伝子組ミ換エ終了。第三十五次生産らいん正常終了。 第五研究所カラノでーた転送ハ確認サレテイマセン。第三十六次生産ノ実行ハ不可能。未登録DNAヲ入力スルカ、新シイ生産用ふぁいるヲ開イテクダサイ。 登録遺伝子ノ全解析完了シマシタ。互換可能生物ノ遺伝子組ミ換エ終了。第三十五次生産らいん正常終了。 第五研究所カラノでーた転送ハ確認サレテイマセン。第三十六次生産ノ実行ハ不可能。未登録DNAヲ入力スルカ、新シイ生産用ふぁいるヲ開イテクダサイ。 登録遺伝子ノ全解析完了シマシタ。互換可能生物ノ遺伝子組ミ換エ終了。第三十五次生産らいん正常終了。 第五研究所カラノでーた転送ハ確認サレテイマセン。第三十六次生産ノ実行ハ不可能。未登録DNAヲ入力スルカ、新シイ生産用ふぁいるヲ開イテクダサイ。 登録遺伝子ノ全解析完了シマシタ。互換可能生物ノ遺伝子組ミ換エ終了。第三十五次生産らいん正常終了。 第五研究所カラノでーた転送ハ確認サレテイマセン。第三十六次生産ノ実行ハ不可能。未登録DNAヲ入力スルカ、新シイ生産用ふぁいるヲ開イテクダサイ。 登録遺伝子ノ全解析完了シマシタ。互換可能生物ノ遺伝子組ミ換エ終了。第三十五次生産らいん正常終了。 第五研究所カラノでーた転送ハ確認サレテイマセン。第三十六次生産ノ実行ハ不可能。未登録DNAヲ入力スルカ、新シイ生産用ふぁいるヲ開イテクダサイ・・・・・・』 コンピュータは延々と次のコマンドを待ちながら、何度も何度も同じ生物を創り続けていた。 林立するビーカーの中で、細胞が増殖し、赤ん坊のような形をしている生物がいくつも見られた。 「昔の・・・いえ、人間のすることはわかりませんね」 「・・・・これって、酷いことだよね。でも・・・・」 ダイは壊れたビーカーの側にしゃがみこんだ。二つ並んでいるうちの一つは、溶水とガラスの破片が混じっていて、片方はすでに乾いていた。 「僕はカイザーに逢えなかった」 「主・・・・」 ダイが顔をあげた。他に、今すぐ生物として通用しそうな者はいなかった。 「いいよ。壊しちゃって」 そういうダイの声は乾いていて、ドランたちはダイの心のこの施設ごと壊れないか、心配だった。 帰り道。『深緑のユーテラス』が見えてきたあたりで、ダイは沈んでいた顔を上げた。 「ドランたち、さっき僕のことを『主』って、呼んだよね?」 「・・・・あ、ああ・・・」 彼は全く憶えていないのだろうか?何も伝えずに、いきなりそう呼ばれたことを咎めるつもりなのか。 あの自失したような状況で、聞き留めてくれたことが嬉しかったのに、ドランたちは責められたような気分になった。 「ずっと前に、そう呼ばれていた気がするんだ。これを見ると、いっつもそう思うの」 ダイはポケットから大事にしている双眼鏡を取り出した。黒地に金で縁取りされた、かなり立派な品だ。 「それは・・・・」 「もっと他にもいたよね?友達、たくさんいたよね?ドランたち、旅してるんでしょう?僕も一緒に連れていってよ!皆に、逢いたいんだ!」 「主!」 ドランも翼もハヤタも、ダイを喜んで取り囲んだ。 ドランたちは傷の治ったカイザーとダイを連れて、数日振りに荷物を預けてある宿に戻った。 ダイが『深緑のユーテラス』を離れると言ったときは、全員から惜しまれた。それを説得してくれたのはマックだった。 「探し人はいたでござるか?」 「空影」 相変わらず派手な浴衣を着ている。今日のは笑顔いっぱいのピースマークだ。 待ちぼうけをくったのか、それとも今来たばかりなのか。覆面の下の隻眼からは伺い知れなかった。 中身が半分になったグラスの中で、少しだけ溶けた氷が音をたてた。 「うむ。かたじけない」 「で、単に金取りに来たわけじゃねーだろ?」 「有名な子供など、いくらでもいる。他に特徴はないのか?」 ダイはドランの服の裾をひっぱった。 「どうした、主?」 「僕ね、なんとなく空影さんに見覚えあるよ」 「そうか。私もだ」 そっと囁きあって空影をみたが、ダイは睨まれているような気がしたので、慌てて夢の中身を思い出そうと努めた。 「あ、あのね、すごく頭が良いの。僕達はいつもそれに助けてもらってた」 「そうか?たしか年上の女が好みのマセガキじゃなかったか?」 しばらくじっとしてた空影だが、くるりと背を向けて顔をあげた。 「そのどちらにも当てはまる少年だったら一人、心当たりがあるでござる」 「何?それは本当か?」 「ここより更に西に向かった『宵闇のハーニュブルス』。そこの『アークハイム』というカジノを訪ねるがよいでござろう」 「かたじけない」 ドランは空影に礼金を渡した。このところ、共に旅する者が増えたので出費が激しい。次のハーニュブルスまで旅費が持つかどうか心配になってきた。 翼もハヤタもお金は持っているが、収入というものは当然ない。出立の間際に貰ったダイとカイザーの給料は、それほど多くなかった。 「では、ごめん」 そんなドランの心中を知らず、空影は金を受け取って去っていく。 「うまくいけば、ハーニュブルスでお金が手に入りますよ。あそこは大きな賭博の街です。 賭け事だけでなく、働き口もあるはずですから」 翼がそういって慰めてくれた。 |
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