「主よ、貴方は今どこにおられるのですか・・・?」 ここに、空の彼方を見つめて思いはせる青年が一人。 彼の名はロック。漆黒の髪を角刈りにキメた風貌は無骨な印象を与えるが、瞳は真摯で、 彼が争い事を嫌う性格であることをあらわしている。背中に背負った斧は通常バトルアックスと呼ばれるものよりもはるかに大型で、 それを振るうロックの力量を推し量る事が出来た。けれど、世の中にはそういうものがまかり通らない時もある。 彼も自分の主を探して旅をする一人である。しかし、彼の場合は少々特殊だったようだ。 その一例として今日、彼は奴隷になった。 「どーしてででありますかーーーーーーーっ!!!」 ◇◇◇ 「ほら、ぼさっとしてないでさっさと歩け!」 「ぐずぐずするんじゃない!!」 ううう〜何故であります何故であります何故でありますかぁぁぁぁ〜 だくだくと滝さながらに涙するロックの心境はそんな言葉で一杯だったが、体はとりあえず言うとおりに動いていた。 手枷に繋がった鎖を強引に引っぱられてのことだったが。 『月明かりのマンドルフ』。聞こえは良いが普通の旅人は近づかない悪評の町である。 彼を買った強欲そうな奴隷商人はそこで宿を取り、地下壕のような場所にロックを放り込んだ。 突き飛ばされた勢いが止まらず、べしゃっと床に倒れこむ。 「新入りだ、世話してやんな」 構わず言い捨ててバン、と扉を閉める。鍵をかける音がする。 奴隷商人の足音が遠ざかっていった後、最初に近づいてきたのは一人の少年だった。 「おい」 上から声をかけられて、ロックはうつぶせの状態から無理やり顔を上げた。 小柄な少年、というのが第一印象。年のころは12、3といった感じか。ぼさぼさの長い黒髪を後ろで一つにまとめて、 土埃だらけのみすぼらしい格好の少年は、両手に重厚な金属の枷を嵌めている。 「・・・ぷっ、すげえ顔だな」 「えっ?あ・・・」 言われて初めてロックは自分が涙顔であったことを思い出した。おまけにさっき顔面から地面につっこんだので、 きっと泥だらけですごいことになっているだろう。あわてて起き上がった後、服の袖で顔を拭おうとして、 じゃらり、と腕につけられた鎖が目に入る。 そうだ、自分は奴隷になったのだ・・・ はげしく落ち込んでいるロックを気にしているのかしていないのか、少年がさらに尋ねる。 「名前は?」 「ろ、ロック・・・で、あります」 「そっか、オイラはタクヤ。で、そっちはゴルゴンな」 少年が示した方向を見て、ロックは一瞬目を丸くした。 金色の装甲をしたロボットが座り込んでいたのだ。今時、ロボットが動いている事自体珍しい。 というかロボットの奴隷とは商売になるのか?と思わず奴隷商人の心境を考えてしまうロックだった。 タクヤに紹介されたゴルゴンは、こちらを振り向こうともせず押し黙っている。 「気にすんな、いっつもああだから。で、あの欲得タヌキに言われたからじゃねえけど、 とりあえず奴隷に関しちゃオイラの方が先輩だから、わかんないコトあったら何でも聞けよな。ムチの避け方とか、脱走の仕方とかな」 笑顔でさらっと言われた言葉にロックの方が目が真ん丸になった。前者はともかく・・・脱走の仕方とは。 「何だ、したくねえの?せっかく根性ありそうな顔してんのに」 「い、いや自分は・・・」 「逃げるんだったら早え方がいーぞ。こんなトコ、長くいてもいいもんじゃねっから」 悪戯っぽくきらめくタクヤの瞳が、以外に綺麗な緑である事に気がついてロックは息を呑んだ。 何か懐かしい感じがしたが・・・・・・とにかく、チャンスがすぐそこにあるのなら乗らない手はない。 真正面からタクヤを見据えて、ロックは自分の希望を告げた。 「お願いするであります、タクヤ殿」 「うっし、そーこなくっちゃな!」 ◇◇◇ とりあえず脱走は夜ということで、日が暮れるまで待つ事になった。 地下壕にはタクヤの他にも何人かの奴隷はいたが、その誰もがただ己の境遇を苛んでいるだけの、生気のない瞳をしていた。 タクヤだけが、その中で生き生きとしていたのだ。 暇を持て余して雑談するようになった中で、ロックは自分が奴隷になった経緯を話した。 曰く、突然の嵐に逃げ込んだ場所が実は人買いの宿で、眠っている間に身包み剥がれて奴隷商人に売り払われてしまった、と。 改めて振り返ってみてなんて間抜けな理由なんだ、とロックがさらに落ち込んでしまったりもしたわけだが。 「ふーん大変だな。でもま、ここに来る奴なんて皆そんなもんだ。人買いに売られたり、盗賊に襲われたり、 親が死んだり。向こうにいるあいつらだってそうさ。まーすぐに売っ払われてどっか行っちまうんだけどな」 「タクヤ殿は・・・?」 「ん・・・まあ、オイラはちっと訳アリでな。てゆーかそのタクヤ『殿』ってのはやめてくんねえ?」 はぐらかすように笑うタクヤに、ロックはあえて聞こうとはしなかった。 「けどさー、何でロックは旅をしてたんだ?その変な喋り方からして、ひょっとして兵隊とかだったんじゃねえの? 真面目に働いてりゃ給料だってあったろうし、こんなトコにも来なかった筈だろ」 「それは!それは・・・」 話してもいいか、と思った。 この少年になら、自分が夢に見る主と、ともに主を守る仲間達の事を。きっと笑われるだろうけれど。 「自分には・・・やらねばならないことが・・・」 「やらなきゃ・・・って、何を?」 「主を・・・自分は我が主を探さねばならないのであります!!!」 力いっぱい告げたロックの声に周りの奴隷達までびくっとなった。 声でっけえ、と笑い転げていたタクヤが、赤面するロックをなだめるように言う。 「その主ってヤツ、よっぽどロックの大事な奴なんだな」 「え、あ、い、いやまだ会ったことは・・・」 面目なさそうに照れてロックは頭を掻いた。 「でも、信じていればきっと逢えると思うのであります!」 「信じていれば、逢える・・・か。いい言葉だよな」 希望を自分に言い聞かせているロックには、タクヤの表情は見えなかった。 ◇◇◇ 「そろそろ時間かな。ゴルゴン、起きろ」 タクヤの声に初めてゴルゴンは反応を返した。ぐぎぎ・・・と関節から鈍い音を立ててゴルゴンが立ち上がる。 直立すれば2メートルもある巨体であることをロックは初めて知った。 「手、出せよ」 「え」 反射的に出した両手の間をゴルゴンの手刀が横切った。ぱりん、と手枷の鎖が外れる。 同じようにしてゴルゴンはタクヤの枷も解いた。つまり、タクヤは何時でも逃げられたのか!? 「お前らはどうする?」 様子を洩らさず見つめていた他の奴隷達にタクヤはふり返った。だが、目が合ったとたんに反らされる。 ―――いつものことだ、逃げ出せねえにきまってる――― ―――捕まって仕置きされるのはごめんだ――― 「そっか。じゃあな」 暗く囁かれる声音に気にした様子もなくタクヤは踵を返した。 扉から出ればばれるのはわかり切っているから、タクヤはゴルゴンに壁を掘るように命じた。 タクヤの言葉に忠実に従ってゴルゴンは自身の腕で土壁を殴る。ぼこっ、というような音がしていきなり壁が大きく窪んだ。 地下壕と思っていた場所は、実は高台にある崖の中だったのだ(ゴルゴンの一撃で崖面に穴を開けたのである) 約半日ぶりに見上げた空には、大きな月が登っている。月明かりのマンドルフ。その名に違わない外の明るさだった。 「で、逃げたはいいけど、どこ行くつもりなんだ?」 いきなりの質問にロックはまた面食らった。そんな事も考えずにタクヤは脱走しようと言ったのか? 「どこ、って・・・とりあえずは近くの『ギルト』か『ネットワーク』に顔を出した方が・・・」 「ふーん。そこまで行きゃとりあえずは安心なわけか」 「あっ!」 突然の声に慌ててタクヤがロックの口を塞ぐ。 「馬鹿!見つかっちまうだろ!」 「す、すまないであります・・・。ですが斧・・・自分の武器を忘れたであります!」 「はあ?んなもんとっくに売っ払われてるだろ!どっかで買いなおせ」 「いや、自分がここに来る時もあの商人の荷物の中にあったのを確かに。それに・・・ それにアレには自分の大切なものが・・・」 ぶつぶつと意気地なく呟いているロックに、結局いい加減いらいらしたタクヤの方が折れた。 「あーもうわかったっつーの!戻りゃいーんだろ戻れば!ったく2度手間じゃねーか・・・」 「面目ない・・・であります」 「わかってんならさっさと取り返してこい」 足音でばれるゴルゴンを残してロックはタクヤと共に宿屋に忍び込んだ。 深夜なだけあって人気はないが、いつ見つかるとも分からない。 「多分・・・ここに!」 「おう。じゃ開けるぞ」 ほとんど直感でロックはある一部屋にたどり着いた。ただ当てずっぽうなのではない。 自分と『それ』との繋がりを感じているからこそ、その気配を探り当てたのである。 手馴れたピッキングでタクヤが鍵を外し、扉を空けようとした瞬間、ぱっと明かりがついた! 「しまった!」 慌てて隠れようとしたタクヤの前に奴隷商人が立ち塞がる。 「コソコソと泥棒の真似事してくれてるじゃないか?ええ?奴隷の分際でクソ生意気に!!」 バシイッ! いきなりタクヤを鞭で殴った奴隷商人に慌ててロックは間に入った。 「子供に何て事をする!!」 「口答えするな!」 逆らうロックをも鞭でなぎ払い、商人はつかつかと歩いてタクヤの胸倉を掴む。止めさせようとなおもロック は足にしがみついた。 「やめろ!」 「ふん、貴様は入ったばかりで知らないだろうが、コイツは脱走の常習犯なのさ! ったくいくら殴っても諦めやしない。奴隷なら奴隷らしく大人しく主人の命令に従っていろ!!」 「タクヤ殿!!」 殴りつける腕から必死にもぎ取ってロックはタクヤを庇う。 「貴様!邪魔立てするなら同罪だぞ!!」 「打てばいい!このまま見過ごすよりマシだ!!」 嵐のように打たれる鞭からタクヤを庇うため、ロックはその小さな体を強く抱きしめた。 「ロック・・・!」 苦しげなタクヤの声が耳に届くが、ロックはタクヤを離そうとはしなかった。 打たれている背中の皮が裂けたような気がする。それでもロックは離さなかった。 まだ見ぬ主を守るために鍛えた体は、ここで小さな少年を守るのに役立ってくれている。それが何となく嬉しかった。 たとえ、主に逢えずこのままここで果てる事になっても。 近くに武器があるのはわかっていた。自分が得意とする業物が。けれどそれを振りかざして攻撃する事をロックは考えなかった。 ただ、守る事だけを考えて。 ―――争いもせず、抵抗もしない自分を、主は笑いますか? 薄れゆく意識の中で、大勢が自分を見ているような気がした。頼もしい仲間達と、守るべき大切な3人の主。 一人は、理知的な眼差しで。 一人は、やさしい眼差しで。 そして、最後の一人は、どこかで見たことあるような悪戯っぽい眼差しで、笑っていた。 ―――あ・・・ 「ガアアアアアアアッッッ!!!」 突如、耳をつんざく様な機械音声が響いた。ゴルゴンが壁を破って押し入ってきたのだ。 「なっ!」 ゴルゴンは、ロックとタクヤの惨状を認識すると、狂ったような奇声を発して奴隷商人に襲い掛かった。 「ひ、ひいっ!!」 今まさにゴルゴンの拳が届こうとした寸前、がくん、と壊れたように止まり拳から白い湯気が上がる。 「・・・・・・ふ、ふんっ!驚かせやがって。この、ポンコツが!」 我にかえった奴隷商人がゴルゴンに蹴りを入れる。とたんに崩れ落ちるようにゴルゴンは尻餅をついた。 「・・・ったく。人を攻撃したら解体されるロボットの分際で。・・・ま、まあ仕置きも済んだことだし、 今回はこの位で勘弁してやる。ただし、次脱走したら今度こそただじゃ済まないからな!わかったか!?」 奴隷商人の言葉をロックは最後まで聞いていただろうか。 ◇◇◇ 「あーあ、折角久々に成功そうなチャンスだったのにな。ゴルゴンも肝心の所でオーバーヒートになって役にたたねーし。 でもま、ここと宿の壁を壊してやったから、欲得ダヌキの奴も相当なダメージ受けたろうぜ、きひひひっ」 「ガー」 「あー何?傷の心配してんの?だーい丈夫だってこんくらい。いつものコトだろ?」 「ガー、ガーピーッ」 「しっかしムカつくよなあ。壁の穴から他の奴らまで逃げたなんて。オイラたちのお陰だっつーの。礼の一つぐらい言ってけ!」 「ガー、ガピガッ、ザーガーザーッ」 「んだよさっきから。どうしたんだ?」 ガチャ 「お、お前っコレ、あいつの・・・? そーかゴルゴンお前超エラいっ!!」 「ガー」 朦朧とした眼差しのまま、瞼を開けたロックが最初に見たものは、何だか嬉しそうにゴルゴンに抱きつくタクヤと、 照れたように頬を掻くゴルゴンの姿だった。 「た、タクヤ殿!・・・痛っ!」 「あ、起きたな。じっとしてろよまだ傷塞がってねーんだから」 「じ、自分は・・・・・・ここは・・・」 タクヤに支えられながら身を起こすと、元の地下壕に戻っている事に気がついた。 「悪かったな。オイラのせいでぶたれちまって。脱走も失敗しちまったし」 「い、いえあれは自分が我侭を・・・タクヤ殿の方こそ、怪我は?」 「お前ほど酷かねーって。これくらいいつものコトだし。ってーか何で殴り返すとかしなかったんだよお前」 タクヤの体には殴られた痕が生々しかったが、本当に気にしていないようだ。 「い、いえ、あの時は考え付かなくて・・・でも、大事無くて良かった・・・で、あります」 ほっとして、全身の力が一気に抜けたような気がした。 「・・・不器用なヤツ。まあ、一応礼言っとく。助けてくれてサンキュ。っとそれから、コレ、大事な武器なんだろ?」 タクヤの言葉に合わせてゴルゴンが腹部のパーツを外す。 「!!」 「ゴルゴンに感謝しろよー?丁度腹におさまるサイズだったからな。ここならずっとしまっといても見つからねーし」 そこには、ロックの愛用するグレートアックスが収まっていた。思わず震え出しそうな手でそこから斧を取り出す。 「よかった・・・ちゃんと残っているであります」 「へ?」 ロックが斧の塚の部分を叩くと、ぽろっとそこから大きな宝石が転がり出た。タクヤの手なら、片手で一杯のサイズ。 エメラルドにも似た輝き。多分、世界に一つしかない、自分だけの宝石。パワーストーン。 「なーんだ。大切だったのはそっちか。折角ゴルゴンが持ち出してきてやったのに」 「いえ、斧の方も大事なので、とても感謝しているであります」 拍子抜けした風のタクヤにロックは苦笑して礼を述べた。 「それに、これは・・・・・・生まれたときから持っている、大切なものなのであります」 「ふーん」 「それに、これのお陰でやっとわかりました」 「は?」 パワーストーンを握りしめて、微笑みのままロックはタクヤを見据える。 「あの時何故、話そうと思ったのかを。何故、傷つけられるのを庇いたかったのかを。 ようやく思い出しました」 パワーストーンを差し出して、まるで誓いを立てるように。 「タクヤ殿。 貴方が・・・『主』だったのですね。我が身で御身を守ることが出来て、自分は光栄の至りであります」 ロックの台詞に、タクヤはしばらく呆けたような顔をしていたが、次には盛大に腹を抱えて笑い出した。 「っはっははは冗談だろ!?なーんでオイラがロックの『主』なんだよ〜」 「あ、主・・・?」 「絶対、勘違いだって。大体そんなヤツが奴隷なんかやってるハズないだろ? ロックの言ってる『主』ってのは、オイラみたいのなんかよりずっと立派な奴だよ」 「い、いやタクヤ殿は自分が思うより立派な方であります!自分の勘を信じるであります!」 力いっぱい力説するロックを見て、タクヤはちょっとだけ照れくさそうにはにかんだ。 「・・・そーか。ま、いいけどな。ロックがそう言うんだったらそれでいいさ」 そうは言ったが、タクヤは全く信じてはいないようだった。ゴルゴンの横で壁に寄りかかってくつろいでいるタクヤに、ロックはおずおずと尋ねた。 「ある・・・いや、タクヤ殿」 「あん?何だよ」 「・・・『主』と呼んでもよろしいでありましょうか?」 さっきとは打って変わって気弱なロックを呆れたように見上げていたタクヤだったが、しばらくして諦めたように溜息をついた。 「いーぜ。タクヤ『殿』ってのよりはマシだろ」 にかっと笑うタクヤを見て、ロックの中に何か熱い感情が込み上げてくる。ああ、やっぱり夢と同じだ。 そうやって自分と仲間たちを笑って励ましてくれた、主たちの一人なんだ! 「〜〜〜っ主ッ!!」 「わっ!」 感極まってタクヤを抱きしめた瞬間、一番過保護だった仲間の顔がぱっと浮かび上がってロックははっと正気に返った。 「あわわ、すすすみませんでありますっ」 だがしかし、慌てて離れようとした行動の中でその事故は起こった。 むに。 「・・・・・・え?」 思わず、動きが止まる。あるはずのない場所でのあるべきはずのない感触が、ロックには信じられない。 「ああああああるじーーーーーーっ!????」 東が明るくなってきた夜空の中に、ロックの今日一番の盛大な声が響き渡った。 ・・・ロックが、タクヤの体の秘密を知るのは、もう少し先のことになる。 |
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