潮風の遭遇
- das Treffen im salzigen Wind -



『建て直しのレコントラ』という町がある。
法則の狂ってしまった世界。砂漠が一夜にして森に変わったり、辺境の村がいきなり海の底に沈んだり、 その変化が最も著しい一帯のひとつにレコントラは位置していたが、町の人々はこの土地を捨てようともせず、 変化した環境に合わせてその都度毎に町を作り替えてきた。ある時は砂壁の住宅、またあるときは山間の砦。 そして現在は、小さな漁港の姿をしている。
この、いつ消えるとも分からない海という名の湖を前にして、レオンは心地良い潮風を頬に感じていた。 自然は敵と化したはずなのに、その恩恵はこんなにも優しい。そしてこれに縋らないと人は生きていけないのだ。 フウカイで落ち合うはずの空影はもう到着しただろうか。逆ルートで港を辿ってきたレオンは道すがらこの建てられて日の浅い港を目に留めた。 空影の情報網から外れているとは思えないが、念のためとレオンは寄り道することに決めたのだ。だが、それも今日で3日になる。 狭い場所なら3日もあれば探し尽くせてしまう。今回も外れか・・・と焦燥にも似た思いが巡った時、
ガラガッシャン!
桟橋の方で大きな物音がした。何事かと目を向けようとした瞬間・・・ふいに目眩のような感覚がレオンを襲った。

「〜〜ってえ!」
「主!」
投げ飛ばされて樽に衝突したタクヤに慌ててロックが駆け寄る。
「あにすんだよ、入れてくれたっていいだろ!それともこの町じゃ奴隷にはチケットも売れねーのかよ!」
「うるせえ、払えるモンもないくせに」
「だから足りない分は働くってんだろ!コイツなら用心棒・・・は無理でも荷物運びぐらいできるし、
オイラだって・・・」
「悪いが手は足りてるんでね。それに主人無しで勝手に乗られちゃこちとら迷惑なんだよ。諦めな」
「ドケチーーッ!!」
背を向けた漁船の船員にタクヤは思いっきり舌を出した。
「主・・・やっぱり無理なのでは」
「お前まで何言ってんだよ。さ、次行くぞ次」
「しかし・・・」
まだ心配そうな顔のロックにため息を吐き、言い聞かせる。
「あのなあ、明日あの奴隷船に乗せられっちまったら、この先当分身動き取れねえんだぜ?だったら今逃げとくに限んじゃん。 そんで、今日中に別の船に乗っちまえばあの陰険商人とは晴れてサヨナラだ」
「しかし今の主の状態では・・・」
「オイラを心配するより、他に何とか上手くいく作戦考えろよ」
そうは言うがやはり、いつもの弾けんばかりの元気さは無い。 『時期』が近づいているせいでタクヤの体が徐々に変調を来たしていることを、ロックは何よりも心配していた。
(普段なら大事を取って静養させるべきなのに・・・何だってこんな時期に!)
しかし、折角回ってきた逃亡のチャンスを逃せないのも事実だった。
何とかタクヤを連れて他の仲間たちを探さなければならないのだ。 おそらく自分と同じように、3人の主を探して旅しているだろう仲間たち。主も全て見つかったわけではない。
「おっちゃーん、船の人手足りてる?足りないんだったらオイラたちが手ぇ貸すよっ!」
気を取り直して、タクヤは今度はおねだりするような仕草で別の船の船頭に声をかけていた。 だが、髭面の船頭は、まじまじと穴の開くほどタクヤの顔を見下ろしている。
「・・・お前、タクヤってガキだろ」
「・・・え、な、なーんの事?オイラ、違うよ?」
ごまかし笑いを浮かべて見せるタクヤに
「間違いねえ。尻尾みてえに結んだ黒髪に緑の瞳。そんで「オイラ」っていう喋り方。お前、『仲間内』じゃ有名なんだよ」
タクヤと後ろで聞いていたロックの表情にさっと戦慄が走る。
こいつ、『地下鉄』の奴か!!
商業を生業とする者が多く利用するため、航海業はその多くが商人ネットワークの『くもの巣』で管理されている。 しかし、同じ「商売」である以上『くもの巣』と奴隷商人たちの組織である『地下鉄』に繋がりがないわけではない。 不運なことに奴隷船に乗ってしまったが故にそのまま売られてしまった一般客も確かに存在するのだ。 特に、こういった小さな港では互いの皮を被る密輸船や奴隷船が幾つ停泊していてもおかしくない。
「どーせまたどっかの商人から逃げ出してきたんだろ」
「あはは・・・オイラ人気者なのね・・・んじゃそゆことでっ!」
「おっと待ちな。そういう訳にもいかないんでね」
「っ放せ、放せよ畜生っ!!」
首根を掴まれて持ち上げられてしまったタクヤはじたばたともがいた。
「主!」
助けに入ろうとしたロックも他の連中に羽交い締めにされてしまう。頼みの綱のゴルゴンはまたも動作不良を起こしていた。
「よお、手間をかけたな」
そうこうしているうちに、とうとう逃げ出してきた元の奴隷商人が傭兵を引き連れてやってきた。
「なあに、これも『仲間』のよしみだよ。ただしこの礼はきっちり払ってもらうぜ」
「わかってるさ。・・・ったく無駄金使わせやがって、この!」
掴まれたままのタクヤの頬を、奴隷商人のムチが思いっきり叩いた。しかし、唇の端に血をにじませたままタクヤはしてやったり、 とわずかに笑っていた。
「なぁに笑ってやがる、この出来損ないのバケモ・・・っ」
再び殴ろうとした奴隷商人の動きが、ふいに止まった。
「その辺にしておけ」
振り上げた腕を、後ろから何者かが掴んでいた。 怒鳴ろうと振り返った奴隷商人の目が・・・思わず見張ってしまう。
後ろに流すように固めた白金の短髪。きつい金色の双瞳を持つ眼差しは強烈な覇気を帯びている。 2メートルを超すかのような長身がさらに無言の威圧感を放っていたが決して乱暴なものではなく、 むしろどこか軍人のように洗練された趣さえある。身形も、背中から覗く槍のような長物もかなり高価な代物で、 一目で身分の高い者だと推察できた。ただし、この状況にはひどく場違いだったが。
「兄さん、悪いが取り込み中だ。他当たってくんねえか」
タクヤを掴んでいる船頭が凄んでみせるが、短髪の男はそれに答えず、ふっと視線を下げた。 見上げていたタクヤの視線と合う。それを見て、男がふっと笑ったような気がした。
「元気のいい少年だな。気に入った、私が買おう」
「な!?」
驚くタクヤ達を他所にその男は奴隷商人と値段交渉を始めてしまう。
「これでどうだ」
と大袋の金を出したレオンを見て、奴隷商人はいい鴨だと思ったらしく、とたんに態度を豹変させた。
「すみませんねえお客さん、このボウヤは他の奴隷たちと違ってちょ〜っと貴重なんでして。そうですなあ・・・
その金貨袋3つってトコが相場なんですが」
「ふむ・・・」
男は束の間だけ思案すると、全く意に介した様子もなくさら4、5個の袋を放った。 うひょ、と思わず奴隷商人が声を漏らす。
「これで満足か」
「へ、へえ・・・」
「では、商談成立だ」
「おおお待ちを。奴隷を引き渡すには少々手続きが・・・」
「細々とした手間は好かん。権利書だけ渡せ。でなければ金はやらぬぞ」
「・・・何者なんだ?あいつ」
放されたタクヤが喉元をさすりながら小声で囁く。
「わかりません。けれど・・・自分と同じ何かを感じるであります」
タクヤを支えながら、ロックは突然現れた風変わりな男を不思議な思いで見つめていた。会った憶えはないはずなのに、 どこか見覚えがある・・・しかし、思い出せなくてもどかしい。
しばらくして、取り引きを終えた男がタクヤたちの前にやってきた。間近に立つ大男の背丈でタクヤの上に陰ができる。
「これで、その方は私のものだ」
「・・・・・・」
「と、言いたい所だが」
男は契約書を宙に放ると、ヒイン、と一陣の光が閃いた。ひらびらと漂っていた契約書が、細切れに裂かれて紙吹雪と散る。
「主に主人と呼ばれる矛盾は好きでないのでな」
「お、まえ・・・」
「申し遅れた。私はレオンと申す者。長らく主を探して旅をしていた」
「レ・・・オン?」
いぶかしげに眉をひそめるタクヤ。代わりにロックがはっと驚いた顔になった。
「思い出した!風の噂に聞いたことがある・・・一晩にして海賊団ルバンゾを一掃したフウカイの黄金将軍! 確かその名が・・・レオン。まさか、貴殿がその御方とは!」
その場で聞いていた奴隷商人たちもぎょっとなる。そんな人物が何故こんな場所に!?
ロックの言葉に、レオンという男は少しだけ困ったように眉を寄せた。
「・・・昔の話だ。それよりも、こんな所に長居する必要はないだろう。行くぞ」
と、手を引かれて連れられていくタクヤの後を慌ててロックが、自力で復旧したゴルゴンが追う。
「ちょちょちょっとダンナ!そこの2人は料金のうちに入ってませんぜ!」
慌てた奴隷商人の掛け声に、レオンはぴたりと足を止める。
「何を言う。私は主「1人」を買うとは言わなかったぞ」
「そんな・・・」
文句はあるが強く言い出せない奴隷商人に、レオンが向き直る。
「そうだ。お主には主に会わせてくれた礼をまだしていなかったな」
長刀と呼ばれる武器を手元に構え、強烈な視線が射抜く。
「今まで主が世話になった礼、たっぷりと受け取るがいい」
レオンが放った凄まじい殺気に、一同の頭に先程舞い散った紙吹雪がよみがえる。 次の瞬間、我先にと奴隷商人たちも船頭も一目散に逃げ出して行ってしまった。
「ふん、他愛のない」
構えを解いたレオンの背後に立ちながら、タクヤは密かにため息を吐いた。
「・・・怖えー奴」


「これから『豊沃のフウカイ』へ行く。そこで空影という者と待ち合わせているのだ」
「空影・・・とは?」
「我々と同じ仲間だ。おそらく・・・な」
空影、空影・・・と記憶を探っているロックを余所に、タクヤがレオンを精一杯見上げる。
「にしても、良かったのか?オイラたちを買うためにあんな大金使っちまって」
真っ直ぐな揺るぎの無い視線を受けて、レオンはその凛とした眼差しを少しだけ緩めた。長刀を持たぬ左手で、タクヤの頭をそっと撫でる。
「気に病むな。主を取り戻す為ならば、安いものだ」
「まぁた主、あるじかよ・・・・・・っ!」
仏頂面で呟いたタクヤを突如、目眩が襲った。
「あ・・・」
「主・・・タクヤ殿っ!」
倒れかけるタクヤを支えようとするレオン・・・の間に割り込んでロックがタクヤの体を支える。
「主、しっかり!」
「・・・へ・・・き・・・・・・は・・・じまった・・・だけ・・・から・・・っ・・・」
「ああ主〜〜!!どどどうしようでありましょう〜〜っ!?」
さらに混乱するロックをレオンが諌める。
「落ち着け、おそらく傷が化膿したのだろう」
「いや、そ、それだけでは・・・」
ロックが何故か口ごもっている間に、レオンは素早く辺りを見回した。
「とにかく医者の元へ運ばねば・・・あそこにしよう」
言うが早いかタクヤを担いで歩き出す。
レオンが示した先には・・・・・・赤い十字看板をつけた建物があった。



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