陽炎の妖精
- Fee Der HitzenLuft -



「ほむらせんせえ、ばいば〜いv」
「はーい、気をつけて帰るんだよ〜お大事にね〜〜」
今日も可愛い患者を1人送り出して、ドクター焔<ほむら>は満足そうに頬に笑みを浮かべていた。
「先生、いい加減その緩みきったお顔を引き締めて下さいな。いつ次の患者が来るかわからないんですよ!」
「はいはい、わかってますよ〜だ」
「んもう・・・先生ならきっと血まみれでどろどろのクランケを見ても笑ってられるんでしょうね!
それじゃ、私は先に休憩上がりますから」
「はーい、マリアちゃん行ってらっしゃ〜い」
裏口から出て行く看護婦にひらひらと手を振って、焔はのんびりと椅子の上で背伸びをした。
焔は、この町に一つしかない診療所の医者だ。といっても普段の仕事はほとんど無いといっていい。 度重なる環境変化の歴史に鍛え上げられてきた街の人々はちょっとやそっとではかすり傷も負わない為である。 だから焔が診る患者は道端で転んで膝を擦りむいた女の子や、屋根の上から降りようとして脚を捻挫したやんちゃ坊主、 三日熱を出した子供たちぐらいしかいない。それでも子どもの致死率が年々上昇する世の中だったし、 こうやって自分が世話になった町に少しでも貢献できることが、焔は何より嬉しかった。
だから、焔が3番目に好きなのが町と子どもたち。2番目が我が愛しの看護婦マリアちゃん(こう言うと彼女はもの凄く怒るが) 1番目は・・・誰にも言ったことがない。だって何しろ会ったこともないんだから。
背もたれに大きく寄りかかりながら、焔はポケットから取り出した大きな飾石を光にかざして眺めていた。 小さい頃からの、宝物。いつも自分を守ってくれたお守りのようなものだった。不思議な色合いで光る石。 今日はどこか嬉しそうに輝いている・・・気がする?
「あれ?」
不思議に思って目に近づけようとしたとき、ドンドン、とかなり乱暴に扉がノックされた。 はっと気が付いて焔は医者の顔に戻る。石はポケットの中にしまった。
「はいは〜い」
それでも声は呑気に、やかましく殴打され続けるドアに向かって歩き出した。 どうせ、高熱を出した子供を背負った親御さんがせっかちに叩いているんだと思っていたが・・・ 扉を開けた瞬間、そんな予想は吹き飛んだ。 何しろ、目の前には無意味に威圧感を放つ大男が仁王立ちしていたのだから。
「・・・・・・」
思わず呆けてまじまじと眺め込んでいた焔を、見下ろすような視線で男は口を開いた。
「お主は、ヤブか?」
「・・・は?」
あまりの質問の内容に、一瞬意味が分からなかった。
「お主は薮医者か、と聞いているのだ」
くり返し言われて、やっと焔にもふつふつと怒りが沸き上がってくる。
「し・・・っ失礼だなあ!扉のプレート見なかったの!?ほら、『神経』認定の医師免許スペシャルA! 自慢じゃないけど医療資格の中じゃトップランクなんだからね〜!」
「能書きはいい。問題はそれに見合う腕前かということだ」
「じゃあ自分で証明してみれば!?言っとくけどねえ、ウチの専門は小児科なんで、 あんたみたいなデカイ野郎なんざ 診る気も触る気もさらさら無いね!冷やかしならお断りだよ、帰った帰った!!」
「診てもらいたいのは『子供』だ」
睨みつける焔に平然と男は小脇に抱えていた少年を差し出した。思わず焔は手を差し出して受け取るが、 少年は気を失っているのか、ぐったりとして動かない。
「っちょちょっと、この子どうしたの?」
「医者なら見れば分かるのではないのか?」
「あのねえ!!」
「レオン殿、幾ら何でもその言い方は・・・」
「ガピガー」
後ろからおずおずと、目の前の男よりは少し若い青年と金色の派手な人型ロボットが顔を出した。
何だか珍妙な一行だなあと思っていた焔と、心配そうな若い青年の視線が交差する。
「あれ・・・?」
「あ・・・」
「あああ〜!?君、どっかで会ったこと無い?いーや絶対どっかで会ってる!あ〜でも思い出せないっ!!」
「自分も・・・何故か貴殿にはどこか懐かしい感じが・・・いやそんなはずは」
「ねねねねえっ!!君たち実はもしかして!!」
騒ぐ焔とロックの間に、ぬっと長刀の鋭い刃先が押し出される。
「騒がしい」
「「・・・はい」」
実は一番切羽詰まっているらしいレオンの一言に、2人は大人しく従った。

真っ白いシーツの敷かれたベッドの上にタクヤを寝かせ、一同は寝室の隣の部屋で様子を見守ることになった。 焔の入れたホットティーをレオンが優雅な手つきで口に運び、ロックはしきりに隣の様子を気にしている。
「そんなに心配することないって〜。軽ーい貧血を起こしてるくらいだから、安静にしてればじきに目を覚ますよ〜」
陽気な焔の言葉にロックはようやく胸をなで下ろした。
「ところでさ〜さっきからあの子のこと『主』『主』って呼んでるけど・・・もしかして?」
「っ!やはり焔殿も『主』を知っているのでありますか!?」
「まあ待て。もしお主が私たちと同じ仲間であるのなら、これと同じ石を持っているはずだ」
言いながらレオンが懐から取り出したのは、拳大の赤い宝石だった。不思議に淡い光を放っている。 ロックも自分の石を差し出した。こちらは緑色に光る石。
「・・・・・・やっぱり夢で見た通りだ〜」
「何?」
にっこりと笑って焔は先程ポケットにしまった石を取り出した。 淡く光り輝いているそれは、レオンやロックが持っているものと寸分も違わなかった。
「それは・・・!」
「そう!会った時から気になってたんだけど、やっぱり仲間だったんだね〜!会えて嬉しいよ。
ってことはもしかしなくてもあの子が『主』?そっかあ〜そんな気がしてたんだよね〜えへへ〜〜」
照れて嬉しそうな焔の態度にレオンが水を差す。
「それにしても、何故その方は主を探そうともせずこんな場所で医者などやっているのだ。 この私でさえ旅すがら探し続けてようやく主と巡り逢えたというのに」
「うるさいな〜こっちだって色々と事情があるんだよ〜。それよりも、他の主たちはまだ見つけてないの〜?」
「空影という者の情報では別の仲間が2人の主を見つけたという。その者たちと合流できれば、おそらく全員が揃うであろう」
「じゃあ、主が起きたらすぐに出発だね〜」
「・・・いや、向こうには悪いがしばらく様子を見た方が良いだろう。体の傷も相当なものだ」
沈んだ面持ちで先ほどのロックと同様に壁を見やる。やはりレオンも気になって仕方が無いのだ。
「ああ、あの傷ね。確かに凄い数だったけど、応急処置が良かったんだろうね。もうボクが診るまでもなく塞がってるよ〜。 ただ・・・背中にある傷。あれ・・・鞭の跡?」
ロックが沈痛な面持ちで頷く。焔は深いため息を吐いて額の髪を掻き上げた。
「・・・そっか。あれは・・・ずっと残るね。全く可哀相だよね〜女の子なのに」
最後の一言にレオンが訝しげな目をする。
「女の子?主は少年だろう」
「女の子だよ〜?」
「いや、男だ」
「・・・女の子、であります。今は・・・おそらく」
言い争いに発展しそうだったレオンと焔を、ロックの弱々しい声が遮った。隣に座るゴルゴンも無言で頷いている。 事情がありそうな2人の様子に、今まで呑気だった焔の態度がすうっと変わる。
「どういう事か・・・話してくれる?」


ロックがたどたどしく述べる説明に、焔は知らず石を握る手の力が徐々に強くなっていた。 レオンは明らかになる事実にただただ驚いている。ゴルゴンは終始沈黙を守っている。
「じゃあロック、あの子の・・・主の体が『変化』するのは大体15日ぐらいの周期なんだね?」
「はい・・・自分も知ったのはつい最近のことなので詳しくはわからないでありますが・・・タクヤ殿の話では、 1年ほど前から変わるようになったそうであります。変化の間は体調を崩しやすいので大人しくしているはずだったのでありますが・・・ 今日はやはり無理が祟ったのでありましょう」
焔は医者らしく要点だけを的確に質問していたが、尋ねれば尋ねるほど自分の中に浮かび上がってくる疑念を捨て去りたくてしょうがなかった。 けれど、疑念は確実に結論へと近づいていく。
「なんてこった・・・」
「どうかしたでありますか焔殿。何か思い当たることでも?」
「1人で悩んでいないで我々にも分かるように説明しろ」
はっきり言って、説明したくなかった。自分でもこんな結論を信じたくなかった。 発言を急かすレオンや心配そうなロックに向けて、焔はある一つの単語を口にする。
「・・・『フィーデアヒーツェンルフト』だよ」
「何だ、それは」
「陽炎の妖精。別名月の落し子とも呼ばれる、ずっと昔の時代に他星から移住してきた異星人の末裔。 以前、『神経』の医学資料で読んだ事がある。彼らの特徴は、そのものずばり雌雄同体。 子孫を少しでも多く残すために、思春期になると概ね半月周期で『男性期』と『女性期』が訪れるんだ。 身体も感情も、体内に流れるホルモンでさえも全て変化してしまう。そういう体質の一族だったんだ。 記録ではもうとっくに絶滅しているはずなのに・・・まだ生き残っていたなんて」
「そういう言い方はないだろう。たとえ姿や種族がどうであろうと、あの子が我が主であることに変わりはない」 「自分も同意見であります。自分は、何があろうと主を守る覚悟であります!」
決意や覚悟ならいくらでもできる。焔だって思いは同じだった。 だけど焔は知ってしまっている。だから・・・続きを告げなくてはならない。
「じゃあもしあの子がこのまま成長したらどうなると思う?大人を見れば分かるけど、男と女の体の造りって全然違うだろ? 発達した骨格の変化に肉体の方が耐えられなくなるんだ。それこそ『変化』には激痛を伴うだろう。 ・・・だから、陽炎の種族も小柄で、大人でもまるで子供のような体格でしかいられなかった。妖精は成長できなかったんだ。 それが、この星で彼らが淘汰されてしまった理由のひとつ。 もうひとつは・・・簡単さ、自分達を滅びに招く進化をあえて選び取らなくてはならなかった根本の原因・・・」
一番大事な人に難病を告知をする時の心境って、こんな感じなんだろうな。
冷静な眼差しでレオンたちを見つめながら、焔はどこか場違いなことを考えていた。 まるで・・・一番見たくない夢を繰り返し見続けているようだ。幼い頃から見続けた夢は、決して楽しいものだけじゃない。 一番嫌なそれを見たくなくて・・・夢を現実にしたくなくて、焔は医者という道を選んだのに。

「陽炎の妖精は・・・短命種なんだ。多分・・・僕らの年で30ぐらいまでしか、あの子は生きられないよ」


◇◇◇

天窓から太陽の光が差し込んでいて眩しかった。
まだ朦朧した視界のまま、タクヤは自分が寝ている場所を確かめる。白いシーツは優しかったシスターのベッドを思い起こさせる。 ずっと昔、奴隷にもなる前のずっと昔に暮らしていた孤児院の。
小さなタクヤにシスターはいつもいろんな話を聞かせてくれた。代わりにタクヤは夢の話をしようとした。 けれど、起きると夢はいつも靄がかかったようにわからなくなってしまう。 それなのに寝ているときはくっきりとまるで実際にあったことのように鮮明に思い出されるのだ。 シスターは、それはタクヤだけの大切なものだから、ずっと心にしまっておきなさい・・・と、そう言った。
「やあ、お目覚めだね〜?」
能天気な声が降ってきて、タクヤはベッド脇に白衣を着た若い男が立っているのに初めて気がついた。 猫っ毛でふわふわな赤い長髪を邪魔にならないよう後ろで一つにまとめている。 すらりとした小鼻の上に色ガラスの入ったメガネがちょこんと乗っていたが、あまり役立ってないような気がした。
「ゴルゴンは・・・?」
寝ぼけた声でタクヤは呟く。目覚めた後は、いつも金色のものが見たくなった。
「ああ、あのロボット君のことだね。ちょっと待ってて〜」
ご指名だよ〜という声の後、しばらくしていつもの足音とともにゴルゴンが入ってきた。 タクヤは、シーツの中から手を出してゴルゴンが伸ばした指に触れる。
「仲がいいんだね。何だか妬けちゃうなぁ〜」
「あんたは・・・?」
「あ、申し遅れました。ボクの名前は焔。この町一番の腕利きのお医者様で〜っす。キミ、体調を崩して倒れちゃったんだよ〜? 元気なのもいいけど、あんまり連れのおにーさん達に心配掛けちゃ駄目だからね〜?」
まるでネンネに話し掛けるような口調にタクヤは少しだけ不機嫌になる。
「わかってらい。オイラの体の事ぐらいオイラで分かるってーの」
「・・・本当に?」
ふいに、医師の青年がまっすぐな眼差しでタクヤを覗き込んだ。負けじとタクヤも覗きこみ返す。
「何だよ」
「ん〜別に?でも、その様子ならすっかり具合も良くなったみたいだね〜これならもう一安心、かな」


◇◇◇

トントン、とつま先で靴を履きながら、タクヤは支度を終えて出てきたレオンたちをふり返った。
あれから2日、タクヤの体調が回復するのを待って一行は出発することになった。焔の診療所で世話になっている間に、 タクヤは強引に風呂に入れられ垢やら何やらを全身隈なく擦られて(初め抵抗したが「幼児体形には興味ないよ〜」と言われて若干へこんだらしい) ロックやレオンは薪割りや掃除やゴルゴンの整備などに散々こき使われた。焔はある意味いい性格をしている。
「主、もう体の調子は良いのか?」
「おう、もうバッチリ回復、全快だぜ!」
にかっと笑ってVサインをするタクヤの格好は今までのものとは違う。
洗われて小奇麗になった体に清潔な綿の白シャツ、その上に赤色のジャケットを羽織っている。下はジーンズにスニーカー。 相変わらずぼさぼさの長い黒髪は後ろで一まとめに紐で縛った。
「何だか・・・主のその服装は随分と懐かしい感じがするであります」
「そーか?オイラもなーんかそんな感じすんだけど」
感慨深げに頷いているロックは、背中に愛用のグレートアックスを担いでいる。そうしていると、 一番最後に玄関から旅装に着替えた焔が医療鞄を提げてやってきた。後ろにスーツケースを抱えたゴルゴンが荷物持ちの如く従っている。
「あ、ボクのお下がりだけど着られたみたいだね。似合ってるよ」
にっこりとタクヤに微笑んだあと、レオンに向き直ってむくれた表情で睨みつけた。
「出発するならちゃんと言ってよね〜〜起こしてくれないなんて酷いじゃないか〜」
「お主には緊張感というものが足りないのだ」
「ってーかお前も来んの?」
一人だけ意外そうな顔のタクヤに当然、と焔は胸を張る。
「あったり前でしょ?何てったってボクはキミの主治医なんだからね〜」
「診療所の方は良いのでありますか?」
「平気へーき。ボクがいなくても看護婦のマリアちゃんがしっかりやってくれるし、町の皆にはお別れの挨拶もしたし。 それに、ボクだって主を守る仲間の一人なんだから♪」
そう言って焔が取り出した武器は、朱色に塗られたボウガンだった。肩には矢筒も背負っている。
「じゃ、そう言うことでこれからヨロシクね、あーるじ♪」
「お前もかよ・・・」
また自分を『主』と呼ぶ輩が増えて、タクヤはげんなりとした。けれど、不思議と悪い気はしない。 旅は道連れ世は情け。パーティが多いほど冒険は賑やかになるものだ。
「それでは主、参りましょう」
「ロック、号令は主の役目であろう」
「それじゃ・・・コホン、『主と愉快な下僕達』でれっつらご〜!」
「せめて『下僕』じゃなくて『ナイト』って言ってよ〜」
「注文の多い奴らだな〜。・・・それじゃ改めて、『豊沃のフウカイ』に向かって、出発進行ーっ!」
タクヤの号令と共に、一行を乗せた船は目的地に向かって出航した。



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