白い紐と千切れた黒髪が強風に乱れて飛んだ。白衣を着た男を取り巻く兵士の銃口がまっすぐとタクヤに向けられている。 「いい子だから、こっちへ来なさい」 後すざるタクヤは埃のついた壁に背中を押し付けた。タクヤにとって当たり前の脱走に失敗した結果がこの有り様だ。 タクヤを貴重なサンプルと見ている男だから手荒な真似はしないだろうが、愛想のない口調が不機嫌の度合いを明確に表している。 多分、次に動けばどこか撃ち抜かれるだろう。 「いい子だ。二度とこんな真似をしてはいけないよ。言うことを聞けない子は鎖を掛けようか・・・それとも檻に閉じ込めておこうかね?」 最初の言葉とは裏腹に男は自分から近づいてくる。諦めるのは慣れている。飲まされた薬の所為でまともに動かない体もそろそろ限界だし。 そっか、今度はゴルゴンもいないんだよな・・・。なっさけねえ、結局オイラはあいつがいないと何も出来ねえんじゃん・・・・・・ もう、会えないのかな・・・、あいつらにも・・・・・・。貧血でくらくらとする頭で考えながらタクヤはゆっくりと瞼を閉じた。 視界と思考の暗闇が待っていた。 ◇◇◇ 「ここがチョラモンマ・・・か」 そびえ立つ峰がどこまでも続いている。吹き荒ぶ風でドランの黒髪が激しく宙を舞った。 「ここに・・・主が捕らえられているのでありますか」 ロックが険しい目で見つめる先には、山岳の中腹に建つ白い病棟が闇夜に浮かび上がっている。 「ヒラヤマ記念病院。今は倒産して廃屋となっているはずだが、主を攫った輩がここに入ったと空影の矢文にあった。 確かに、この山で他に人が隠れ住めるような場所はそうは無いだろう」 病院には大抵、自家発電装置が備わっている。水と食料を確保すれば住居として寒暖を問わず過ごせる最適の場所だ。 最も、チョラモンマという土地自体も往年の環境変動の影響を例外なく被っていたが。 「空影は既に潜入しているのですね。中で合流して早く主を探しましょう」 「ついでに攫った奴も徹底的にシメ上げてやらねーとな!」 意気込む翼やハヤタの後ろで、レオンはダイとカズキをふり返った。 「主たちは我々とはぐれぬよう、しっかりついて来るのだぞ」 「うん、わかってる」 「ま、お前らの足手まといにならないように上手く立ち回ってやるさ」 「カイザー、ダイたち守る。レオンたち、主助ける、大丈夫!」 「ボクは心配だけどね〜〜はあ・・・」 元気なカイザーの横で対照的に焔が溜息を吐く。 「主があ〜んな事とかこ〜〜んな事とかされてたりしたら、って思うと居ても経っていられないよ〜」 「ガー」 ゴルゴンが一声で焔を諌めた。いつもと変わらない金属の瞳の中に強い決意と確信が満ちている。 その眼差しを見て、ドランも頷いた。 「よし、皆行こう!」 掛け声と共に、一同は山の斜面を駆け出した。 「おい、そこの奴止まれ!」 けたたましい警報が鳴り響く中、見張りの男の暗視スコープを白い影が横切る。 兵士にしては不器用な手付きで男は銃を構えた。隠し砦での実戦なんて初めての経験だ。 大体こんな辺鄙な場所に乗り込んでくるような奴などいるものか。実際今までが暇で仕方なかった程なのだから。 腕が痺れてくるのを我慢して狙いを定め続けていると、物陰に隠れていた不審者がゆっくりとこちらに顔を向ける。 「・・・女?」 それもとびきりの上玉だ。色が抜け落ちたような白い肌に灰銀の髪、この地方では滅多にお目にかかれない色だ。 雪女のような美貌を忍ぶように不思議な紋様の描かれた眼帯が横切っている。 切れ長の瞳を持つ乙女が纏うのは寒椿模様の絞り衣。着流しに羽織るストールが幻想的に宙を舞う。 ある種の異空間がそこに構築されていた。やかましい警報さえ耳に入らない。虜になった見張りの男が誘われるように 一歩一歩近づいてくる。濡れるような赤紫の唇が誘っている。 「・・・・・・・・・・・・」 ふらふらとした歩みが至近距離まで迫ったとき、男の首筋に細い針が突き刺さった。空影の隠し武器である。 「せーの!」 それが合図となったように翼とロックが後頭部に強力な一撃を加えた。呻き声さえ上げず男が昏倒する。 手から滑り落ちた銃を地面すれすれの所でハヤタが受け取った。 「っと危ねえ・・・、ま、ともかくナイスコンビネーション!」 「拙者1人で十分でござったのだが・・・」 「たまには協力するのもいいだろ?・・・しっかしお前って矢文とか女装とか妙な特技ばっか持ってるなー」 見上げるカズキにそっぽを向いて空影は毒々しい色の口紅を拭った。 「今日はいつもより地味・・・というか普通だと思っていたらこういう訳でありますか」 「空影、キレイ。メスみたい」 「顔が良いと便利だよね〜ホーント」 「これ、空影を苛めるのはそのくらいにしておけ」 レオンが倒れた男の懐から通信機のようなものを取り出した。何度かいじっている内にモニターに建物の全体図が表示される。 「しかしこれだけ探しても見つからぬとは・・・一体主はどこに捕らえられているのだ」 「空影がちゃーんと調べといてくれりゃ世話なかったのになー」 「・・・拙者は正確な情報しか売らぬ」 さらりと申す空影に思わず拳を握ったハヤタだが、やんわりと翼と焔に抑えられた。 「しかしこのままこうしていても埒があかぬ。いっそのこと二手に分かれて探すか?」 がしん 「奴らの頭目に直接聞き出すという手もありますね」 「誰でぇ、なるべく穏便に済ませたいとか言ってた奴」 がしんがしん、がしん 「これだけ騒ぎになりゃどっちでも・・・・・・っておいゴルゴン、何処行く気だ?」 カズキの呼びかけに倒れている男を踏み越えつつ先へ進もうとしていたゴルゴンが止まった。 首だけで振り向いた顔は何故立ち止まる必要があると言わんばかりである。 「もしかして・・・、ゴルゴンはタクヤ君の居場所がわかるの?」 思いついたようなダイの発言に皆まさかと不審な顔になる。こちらに向き直ったゴルゴンは、おもむろに胸元の装甲を外した。 途端、ドランは強烈な既視感に襲われる。 「ああっ!」 「それ・・・タクヤ君の!!」 ダイも、覗き込んだカズキや他の者も驚きの声を上げた。その場所に収められていたのは小さなバッジだった。 宝石を横から見た形の中心に赤い石が収まり、脇からV字型に羽が伸びている。純金製のかなり高価な代物だったが、 それは間違いなく、タクヤのものだとカズキとダイは確信していた。 「そっかあ、ゴルゴンはずっとタクヤ君の「お守り」だったんだね」 「確かにそれなら真っ先にタクヤがいなくなった事に気づいてもおかしくないよな」 ゴルゴンがタクヤと一緒にいる理由がわかった。たとえ離れて失われてしまっても、互いに引きあう。 ダイやカズキが持っているお守りや、ドラン達のパワーストーンの様に。 「ならばドラン、その方等はゴルゴンの先導で主を探せ。私は管制室に行って・・・このうるさい警報を止めてこよう」 「心得た。そちらの武運を祈る」 別行動を取ろうとするレオンに焔がボクも行くよ〜、と手を挙げて加わった。 「ならば拙者も制御室の方に参ろう」 「あ、俺も・・・」 空影に続いて加わろうとしたハヤタをにっこり笑顔で焔が押し止める。 「こーゆうのは頭脳派のお仕事♪それに主たちを守るのが先決でしょ〜?」 「隠密行動に多勢はいらぬ」 「こちらでも主の明確な位置が判れば連絡しよう。持っておれ」 と、通信機を放り投げるとレオン、焔、空影の3人はあっという間に階段を駆け上がって行ってしまった。 「何だ・・・?あいつら」 「彼らにも何か考えがあるのでしょう。さ、我々も行きますよ」 唖然と呟くハヤタの手から翼が通信機を奪う。慌てて追いかけるハヤタとドラン、カズキ、ダイ、 ロック、カイザーの計7名はゴルゴンを先頭に暗い病院の廊下を駆け出した。 ◇◇◇ 打ち寄せる波のように眠りの遠浅を行き来している。目覚めても現実は闇で、いつしか夢の中が現実となっていた。 夢の中ではいつもあいつらと一緒だった。 あいつらは何でも言う事を聞いた。タクヤがいくら無茶な命令をしようとも、 あいつらは難なくやり遂げてみせた。だから少しわがままを言ったこともある。 怪我を負い、いつも忠実だったあいつらがいなくなった事もある。それまでは何でもできるオモチャだと思っていたあいつらが、 誰よりもタクヤを気遣い、心配してくれていた事を初めて知った。あいつらはタクヤを守り、怒って、笑って、冗談を言った。 それからはもうあいつらは、友達だった。 「てやっ、流星斬りーーっ!」 ガコン!! ハヤタが鍵を壊し、ゴルゴンが蹴り開けた扉の向こうはどうやら手術室のようだ。 埃と錆の浮いた寝台や忘れ去られた器材などが当時の面影を残している。乾いた洗面台の上に赤いジャケットと靴が無造作に置かれていた。 「!?これは・・・主の!」 「やっぱりこの近くに捕らえられてるのでありますか!」 「タクヤくーーーん!!」 ダイの声が静かな空間に木霊する。警報はとっくに鳴り止んでいた。レオンたちが管制室に辿り着いたのだろう。 ここまでドランたちを導いてきたゴルゴンは動こうとしない。翼やロックはどこかに閉じ込められているのではないかと、 壊れた戸棚や机の下を丹念に調べ回り始めた。 (主・・・・・・!) 打ち捨てられたジャケットをドランは手に取った。今更ながら攫われた時の思いが蘇ってくる。 ゴルゴンの叫びがなければドランは気付くこともなかった。己の不甲斐なさへの悔恨が込み上げてきて、 ジャケットを握り締めて俯いたドランの目に、自分の足跡が見えた。土埃と泥砂でくっきりと浮き上がった足跡が周囲に散らばっている。 歩き回る仲間たちのものもあるだろうが、ドランはその中に明らかに違う方向へ続いているものを見つけた。 その足跡は一定の方向を往復するように一本の道となっている。 「・・・・・・・・・?」 足跡が消えた先は何も無い壁の前だった。何気なくドランは手を伸ばし壁に触れてみる。 「・・・っ、うわっ!」 あるべきはずの感触がなかった。そこだけ立体映像だったのだ。思わずバランスを崩してドランは壁の中に派手に転びこんだ。 「・・・っ・・・・・・隠し扉か」 立ち上がって埃を払いつつ周囲を見渡す。そこは先程の廃虚のような部屋でなく、簡潔に整頓された中に様々な機材がずらりと並んでいた。 ある意味手術室というよりも実験室に見える。無機質な白さを持つライトが、中央の手術台を明るく照らしていた。 「・・・・・・主!」 そこに寝かされていたのはタクヤだった。駆け寄ったドランはベッドの縁に手をかけて身を屈める。 タクヤは目を閉じていた。眠っているのだろうか。いや、眠らされていると言うべきか。 強い光の照り返しで肌が一層白く見える。僅かな呼吸以外、微動だにしない体がドランに無性に不安を抱かせた。 「主、主!」 多少乱暴な手加減でドランはタクヤを揺さぶった。振動でタクヤの白い顎が仰け反る。 湧き上がる衝動を打ち払いつつ、必死にドランはタクヤを喚び続けた。 「起きてくれ、主、タクヤ、タクヤ!」 ◇◇◇ (タクヤ・・・!) 呼んでいる。行かなければ。タクヤは仲間たちと旅の中にいた。追いかけるように誰かがついてきた。 どんなに遠くへ行こうとも、いつもいつでも仲間が一緒だった。けれど、そんなあいつらとも離れる時が来る。 それは冒険の終わり、そして夢の終わりだった。目覚めればあいつらは消えてしまう。忘れてしまう。 それでも体は本能のまま覚醒を願う。急速に意識が引き戻され、タクヤは瞼をゆっくりと開けた。 「主・・・!!」 朦朧とした頭で徐々に現実を認識する。目の前に顔がある。あいつらじゃない。だけどそれはよく知っている眼差しだった。 「ど・・・ラン?」 「主!良かった、・・・・・・あ、主?」 いきなりタクヤにしがみ付かれてドランは驚いた。しかし無理も無いと思い直す。 ここに捉えられている間タクヤがどんな思いをしたかは計り知れないのだ。よほど怖い目に遭ったのかもしれない。 (・・・え、何でオイラしがみついちまってるんだ?) 一方のタクヤも無意識の行動に混乱していた。今までも寝起きに抱き付いてしまったことはあったが、 ゴルゴンの時はそんなこと考えもしなかった。顔を押しつけた布の下からドランの心臓の音が聞こえてくる。 「あ、わ、悪ぃ・・・」 顔を赤くして離れるタクヤを見てドランは少しだけ残念に思った。だが迷った事もある。焔に見せられた時は実感が湧かなかったが、 直接触れた事でタクヤが少女の体であるということが明確に感じ取れてしまった。これでさらにまた男の体に変化するのだという・・・。 ドランは俄かには信じられなかった。 「それよりも主、どこか痛い所はないか?捕まった連中に酷い事をされたのではないか?」 「え、いや・・・分かんねえ。ずっと寝てたから憶えてねーし。ていうかオイラ寝てたの?って感じなんだケド」 不思議そうに首を傾げるタクヤを見つめながら、むしろ何も憶えていない事にドランは感謝した。 仮に何か酷い仕打ちを受けていた場合、その記憶が凄惨なものであれば、心の底に傷として残ってしまうから。 「なあ、他のみんなは?カズキやゴルゴンはどーしたんだよ?」 「皆私と一緒にここへ来ている。すぐ隣の部屋だ」 ドランに手伝ってもらって手術台から降りると、タクヤは上着を来ていない事に気がついた。 きょろきょろと探しているタクヤを察して、ドランが赤いジャケットを差し出す。 「サンキュ」 少々埃で汚れたジャケット手で払って羽織ると、タクヤはにっと笑顔を見せた。 「靴は?」 「あ、ああ、それも隣の部屋だな」 「何だよ、気ぃ効かねえ奴だな」 減らず口に苦笑するとドランは入ってきた入口に向かおうとする。 「待ちなさい」 「!!」 とっさに背後にタクヤを庇ってドランは振り返った。銃を構えた十何人もの兵士たちを従えて白衣を着た壮年の男が立っている。 「困るんだがねえ、勝手にサンプルを持ち出されると研究に支障が出る。さあ、こちらに渡してもらおうか」 タクヤがドランの服の端を握りしめる。勿論ドランがそんな真似をする筈も無かった。 「断る!主に手を出すものは何人足りともこの私が許さん!」 (私が奴等を引き付けているうちに向こうへ・・・!) 竜牙剣を構えながらドランはタクヤに小声で囁いた。後ろで僅かに頷いた気配を感じる。 「はあっ!!」 一呼吸の間合いを取った後、ドランは前に飛び出した。同時にタクヤは入口へダッシュする。だが・・・ 「あ、開かねえ、おい、出らんねーぞ!」 どんどんと壁を叩きながらタクヤが叫んだ。僅かにドランの注意が逸れる。飛来する銃弾がドランの頬を僅かに掠めた。 「・・・っ!!」 「無駄だよ。そこの扉はロックさせてもらったからね」 嘲笑を崩さずに男は左手を上げ、銃を構えた兵士たちが前に出る。銃弾の雨を掻いくぐりながらドランは片っ端から兵士達を切り崩していく。 「ドラン!」 背後から狙う兵士目掛けてタクヤがその辺にあった石を投げつけた。だがそれは逆効果だった。 血気に逸った兵士がドランからタクヤに照準を向ける。 「主っ!」 「撃つな!やめんか『妖精』に当たる!」 男が悲鳴のような声を上げる。ドランの背筋に戦慄が走った瞬間、 ドオン!! 「!!」 轟音と衝撃に床が揺れる。入口のあった壁の中央からみるみるうちに亀裂が走り、吹き飛んだ。巻き起こる噴煙でタクヤの姿が掻き消される。 「主ーっ!!」 もうもうと立ち篭める土ぼこりの中、崩れた壁に人一人が通れるほどの大きな穴が開いていた。 「ふむ、少々火薬の量が多すぎたか」 げほげほと咳き込みながらタクヤは声のした方向を見た。タクティカルベストと迷彩服を着込んだ山のように背の高い男が立っている。 ゴルゴンより大きいかもしれない。短く刈り込んだ黒髪に髭面の大男はそんなにつけて重くないのかという程様々な武器を全身に装備していた。 左肩に担いだショルダーランチャーからは今だ白い煙が立ち昇っており、どうやらこれで壁に穴を開けたらしい。 壁のこちら側に入ってきた男は周囲を見回し、あっけに取られているタクヤを見つけると、僅かに瞬いた。 「お前・・・・・・うわっ!」 ランチャーを下ろして男はいきなりタクヤを両手で抱え上げた。驚くタクヤだが何故か抵抗しようとは思わない。 タクヤの体を掲げてまじまじと見つめている男の唇が、低い呟きを洩らす。 「主は小さいな。やはり夢で見たとおりだ」 「夢・・・!?ではまさか!」 駆け寄ってきたドランに男は力強く頷いた。 「おーい、大丈夫かーっ!?」 「ドラーン!!」 壁の穴から次々と仲間たちが入って来た。走り寄ってきたダイとカズキの元に男はタクヤをゆっくりと下ろす。 「タクヤ、無事だったのか!?」 「良かったあ、心配したんだよ」 「ああ、ドランとあいつのお陰でな・・・って、あいつ誰?」 その言葉にカズキとダイは顔を見合わせて苦笑した。様子を見守るハヤタやロックも意味深な顔つきをしている。 指差された大男は怪訝な顔のタクヤの前に立ち、利き腕を胸に当てて礼をした。 「私の名はアドベンジャー。主よ、私に命令を」 「・・・・・・ああっ!」 ようやく思い出したように声を上げたタクヤを見てアドベンジャーは笑った。やさしい笑みだった。 「我々が向こうで入口を探しているときに、彼がやってきたのです」 「ドランが壁ん中に消えちまったって言ったら、いきなり壁ぶっ壊すんだもんなあ」 ハヤタが肘鉄を食わせるが、アドベンジャーはびくともしない。鍛え上げられた体は鋼のような強度を持っている。 「アドベンジャー、強い!強い!」 「で、タクヤお前ここで何してたんだ?」 「ん〜わっかんねえ、ちょっと怪しい科学者に売られて逃げ出そうとしたら薬飲まされて、 そんでずっと眠らされてたらドランに叩き起こされて、でその後ちょいとピンチだったんだけど」 タクヤの端的な説明にドランは今更気付いて部屋を見渡した。周りにはドランが倒した兵士や瓦礫に押し潰された者が死屍累々と倒れているが、 何度目を凝らしてもあの白衣を着た男の姿は見つからなかった。 ◇◇◇ 「何故だ、何故止める!君も医者の端くれなら分かるだろう?あのサンプルがあれば生物組織の研究は飛躍的に進歩する! あの繁殖能力があれば低迷する出生率や幼児の死亡率にも光明を見出せるんだぞ!?」 壁に背をつけて震えながら男は懇願する。ポケットに片手を突っ込んだままボウガンを構える焔はそれを冷ややかな視線で見下ろした。 「それであなたは自分を追放した学会を見返すんですか?教授。上手くすれば『神経』の名誉会員にも推薦されるかもしれませんね」 「そそうだ、だから・・・・・・ひっ!」 こめかみの脇数センチの場所に矢が突き刺さり男は言いかけた言葉を飲み込んだ。 目の前まで近づいた焔は今度は直接眉間にボウガンの先を押し付ける。 「それでどれだけの『妖精』が犠牲になったと思う?あなたも知ってる記録の通りだよ。それでも医学の歴史は変わらなかった。 それでお終いなんだ。だから、そんな下らないことの為に主のデータは使わせられないよ」 引き金に人差し指を掛ける。 「ま、待て!・・・何だったら君にも・・・・・・!!」 「無駄。世界と主を選べと言われたら、ボクは迷わず世界を捨てるから」 引く。矢を装填していないボウガンの振動であっさりと男は気絶した。視線を外した焔は前髪を掻き上げて溜息をつく。 「こちらの方は片付いたぞ、焔」 奥の通信室からレオンと空影が戻ってくる。レオンはちらりと倒れている男に目をやった。焔はいつもの顔に戻って応対する。 「ログファイルは抹消した。これでその方の望み通り主のデータはこれ一枚限りだ」 「悪いね〜悪事の片棒担がせちゃって〜」 「これは犯罪ではござらん。主の情報は主の為に使うべきでござる」 空影が差し出したデータチップを受け取って、焔は少しだけ苦笑した。 「ドラン達から連絡が入った。さあ、我々も主の元へ参ろう」 ◇◇◇ 「あ〜る〜じ〜〜〜っ!良かった〜心配してたんだよ〜〜??」 廊下の端から全速力で走って来る焔にタクヤはぎょっとして身を硬くした。案の定、殆どタックルするような形で抱きつかれる。 「ねえねえねえねえ変なことされなかった?どこも悪くしてない??」 「・・・おい」 遠慮なく体のあちこちを触診する焔に仏頂面でうめいたが、一応心配をかけてしまったのでタクヤはされるままにしていた。 さすがに胸やら腰やらズボンの前やらを触られた時は蹴りを入れたが。 「だだだって〜ぇ主そろそろ変化する頃でしょ〜?もしかしたらもう男の子になってるかと思って〜」 「触って確かめんなっ!ったく折角気にしないようにしてたのに考えたら来ちまったじゃねえ・・・か・・・うぅっ」 「あああ〜〜ホラ言わんこっちゃない〜〜っ」 大慌てでタクヤを抱えて近くの病室へ飛んでいく。その後を靴を持ったゴルゴンががしがしとついて行った。 どうやら出発にはもう少しかかるらしい。苦笑しながら見守るドランの元にアドベンジャーがやって来た。 「ドラン」 「ああ、アドベンジャー。先程の礼をまだ言っていなかったな、かたじけない。お陰で助かった」 「いや、礼には及ばない。それよりもこれで主と仲間たちは全員揃ったわけだな」 ドランよりも頭ひとつ分ほど高いアドベンジャーにドランは頷いた。3人の主と、仲間たち。 ここまで来るのに長い道のりが掛かったが決してそれは辛いものではなかった。 「ならば時は満ちた。ドラン、私は主たちを山頂へ連れて行こうと思う」 「山頂?そこに何かあるのか?」 訝しげに問い返したドランに、アドベンジャーは力強く頷いて、答えた。 「聖地だ」 |
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